ーーホシノが学校を去る事になってしまった数時間前。
アビドス高校の空には彼女とは裏腹に数多の煌めく星が浮かび上がっている。風は程よく、冷たく吹いている。彼女を荒れた心を一時的に休ませには、あまりにも完璧すぎる夜。
そんな皮肉られた理想郷の中、校舎の屋上で立ち尽くしているホシノはただ、ぼおっと星空を眺めているだけだった。眩いほど燦然と輝く星々を捉える瞳。その幼い瞳には深い深い葛藤が映り込んでいた。
葛藤の理由は……彼女の手の中にある紙切れを見れば一目瞭然だろう。
『退部・退会届』
一度は断ち切ったはずの感情が、再び露わになっていた。
「はぁ……」
夜の静寂に溜息が一つ溶ける。その儚い息にどれほどの重荷を背負うとしているのか。その全てが詰まっているような気がした。
ーーガチャッ。
そんな最中、物悲しく星空を漂流を嗜むホシノの背後に取り付けられた扉が不意に開かれる。
「よぉ。こんな所で何やってんだ?」
「……ヒースクリフ?」
ホシノが振り向くと、そこに立っていたのは副先生のヒースクリフだった。こんな夜遅くに訪れるとは思いもしなかったか、彼女は面食らう表情を作る。ヒースクリフがゆっくりとホシノのもとに辿り着く合間に、彼女は必死にこの場にいる理由を作る。
「いや〜、今日の星空は綺麗って聞いてたしさぁ。わざわざこんな夜遅くまで起きて観察してたんだよ」
「借金抱えてる癖に呑気だな?」
「普通のことじゃない?時には休息が必要ってもんだよ〜」
些細な会話をしている内にヒースクリフはホシノのもとへ辿り着き、ごく自然にホシノの隣に並び立った。
「それでぇ〜?おじさんに何のようかな?」
「まあ聞きたい事が色々あんだが……」
ヒースクリフは一度言葉を切って、少し考えるように夜空を見上げる。そして数ある質問の中から選ばれたものは至って直球的なものだった。
「お前学校辞めるってホントか?」
「うえっ!?ば、バレちゃった……?」
「うん、まあ……シロコのヤツから聞いた話だったんだが、まさかホントだったとはな」
核心を明確に射抜かれてしまい、困惑するホシノ。そんな彼女の様子を気にもせずに次々と口を開くヒースクリフ。
「いや、別に許せねぇって事じゃなねぇ。そりゃ借りた金が知らぬ内にいっぱい溜まってるもんだからな」
「……ヒースクリフ君は私の退学を後押しする気なの?」
「違うな」
ヒースクリフはキッパリと否定した。
「一回断ち切ったらしいが……そんなに辞めたがる理由は何だ?」
ヒースクリフは震える彼女の手の中にある破いた形跡のある紙の存在に気がついたらしい。核心をつくヒースクリフに対してホシノは少し黙ってしまう。
「……言いづらかったか。それなら、お前はこの学校が好きか?」
「この学校が好きかって?好きって言えるかな……。うーん、私が入学する頃には既に本館は陥没。この校舎にも私と先輩以外も立ち去ってて、物寂しかったかな。所々積もる砂の山を横目になんとなく過ごしてたらいつの間にか先輩はもう旅立ってて……。その間は嫌だったけど、去年に入って、シロコちゃんにノノミちゃん。あとアヤネちゃんにセリカちゃん、そして先生までこの学校に来てくれて……何だか嬉しかったかな」
「言えてるじゃねぇか」
「あ、ありゃ?ほんとだ」
ホシノは少し照れくさそうに笑った。
「まあ、こんな場所でも好きだと言えるモンがあるってのは良いことだ。……少しオレの話になるがな。オレは小さい頃にある家に拾われてそこで過ごすことになった。だけどよ毎日毎日、オレを嘲笑う忌々しい声が聞こえてきて、何もかもが嫌になりかけたことがあった」
「……なのにどうしてヒースクリフ君はそこに留まることができたの?」
「『好き』なモンがそこにあったからだ。それさえあればなんだって乗り越えられる。そう思ってた。……だけどある日その『好き』が『嫌い』になりかけちまったんだ。オレはそれが嫌で勝手に、その家から飛び出した。でその『好き』をそこに残したまま逃げ出したオレはどうなったと思う?」
「……」
ホシノはその問いに答えることができなかった。 それを見たヒースクリフは、一度静かに目を閉じると……暗く、そしてどこまでも静かな声で続けた。
「――何もかも消えちまったんだ。俺が好きだったモンすらもな」
その声は後悔という言葉だけでは到底表しきれない、重い響きを持っていた。
「……そっか」
その独白を聞き遂げたホシノはただ相槌を打つだけ。その話を聞いて生まれ出した胸糞悪さと罪悪を押し殺して。
「まあつまり理由はどうあれ、ここに好きがあるなら離れんな」
「……たとえ、みんなの為だとしても?」
「ああ、一番駄目だ。そんなことでするならみんなに言えばいい」
ホシノが退学を望む理由の一つ、みんなの為に1人で借金を解決させるという理由は最悪だと断言されてしまった。
「……そういうことなら、おじさんは学校を辞めない事にするよ。ヒースクリフ君の説教が良かったらね」
ホシノは振り向き笑顔でそう宣言した。星空をバックに微笑む彼女を見てヒースクリフは思わず口元を緩くしてしまう。
「おやぁ?おじさんがここに居続ける事が嬉しくて堪らなかったかな?」
「うおっ!?いやっ……合ってるが……」
「ならそんな感じで隠さないでよ〜、悲しくなっちゃうって。それで?ヒースクリフ君はおじさんと一緒に星空観察でもする?」
「あぁ……それがな、あっちの方が忙しいらしいからな。すぐ戻らねぇと」
「なんでここにきたの?」
ヒースクリフの挙動不審な行動に呆れたように口を開いた。その後はもう用が済んだか、ヒースクリフは会話を続けず、「またな」と一言残して扉を開けてこの場を後にしてしまった。
「……はは。やっぱりヒースクリフ君は面白いなぁ〜」
ホシノは勢いよく閉められた扉に視線を向けながら笑った 。いや笑うことしかできなかった。
確かに、確かに彼の説得は響いたはずだ。実際にホシノは退学の決意をした物悲しい表情をもう見せていない。
しかしーー。
「私は……私が……⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎先輩を殺したんだ」
「ううっ!?」
未だに脳裏にこびりつき映し出されるあの声。蘇らせたくなかったあの記憶。そんな胸が痛む心象をフラッシュバックしてしまい再び嗚咽してしまう。
「うえっ……!?うぐぅっ……ぉえ……やっぱ駄目かな……」
涙を浮かべ、必死に口を片手で抑える彼女の目には……押しつぶす自責と後悔、そしてそれでも引き返せないという深く沈み込んだ決意が浮かんでいた。
「ごめん……みんな……やっぱり……私は……」
涙を拭き再び見え上げる。相変わらず数多の星々が、互いを引き立たせんと綺麗に輝き続けていた。
それホシノは目に焼き付ける。まるで最後の星空を見るかのように。
「ホシノ先輩っっっ!!!」
アビドス高校のとある一室、セリカの怒声が木霊した。
「何なの!?あれだけ偉そうに話しておいて!!切羽詰まったら何でもしちゃうって、自分で分かってた癖にっ!!こんなの受け入れられるわけないじゃない!!」
「私が行く。対策委員会に迷惑がかかるし、私一人で……」
「落ち着いてください、今はまず足並みを……」
彼女の声を仕仕切りに次々と混沌に満ちる室内を見て、大人達は努力して制止させようとするが……。
「アヤネさんの言う通りです、ここで慌ててしまっては何の得にもなりません」
「ん、こんなことで落ち着いていられると思ってるの?」
切羽詰まった彼女らには、制止の言葉は無意味となってしまっている。この具合だと、いくらシャーレの先生であっても収めさせることは難しいだろう。生徒達の暴れっぷりを尻目に私は解決法を見つける。ここは私の能力のついてでも話した方が手っ取り早いだろうか。
これは私の持論だが、昨日のホシノの嗚咽の原因は私の能力の一つである、誰かの記憶あるいは心象を覗く力だろう。本来は囚人のみ、もしくは黄金の枝付近に限り囚人以外の心象を見れるはずだが
……これが黄金の枝の暴走……というやつだろうか。
ーーと、なると……。
〈その……言い出しづらいんだが……多分、ホシノがああなっちゃったのは私のせいだ〉
「ダンテさんのせいですか……?」
「な、何言ってるのよ?」
うん、予想通りの反応だ。その後私は彼女らが理解できるようにある程度簡潔に説明した。
「な、なるほど……。やっぱりダンテさんは蘇生の件といい、色々異常ですね……」
「うん。言ってることは滅茶苦茶だけど、前例があるから」
〈そ、そっか……〉
うまく理解してくれなかったが、とりあえず事情も説明する事ができた。
しかし、その時ーー。
「……ヘリコプターの音?」
「えっ?」
突如、シロコが不穏な事を呟く。私達はその言葉を間に受け、恐る恐る窓の方へ目をやると……。
“へ、ヘリコプター……!?”
「あ、アヤネちゃん……あれって勝手に動いたヘリコプター……ってわけじゃないよね?」
「い、いえ……」
私たちの目の前に不意に現れた一機の武装ヘリコプター。 その銃口をまっすぐこちらに向けながら、ホバリングしている。
「……ってことは」
「お前ら! 逃げろ!」
ドドドドドーッ! ドーン!!
ヒースクリフの怒声が響いた瞬間、ヘリコプターの銃口が火を噴き、銃弾とミサイルの群れがこちらに向かってきた。
彼の咄嗟の判断のおかげで、私たちはそれらが衝突する寸前にこの部屋から抜け出すことができた。だが、少し遅れてやってきた衝撃波に身をぐっと前へと押されてしまう。
“いてて……。みんな無事か!?”
「ええ、何とか……。ヒースクリフさん生きてますか?」
「何とか生きてるぞ。クソっ、煙が濃すぎる……」
「よ、よか――って、また、前に来てるわよ!?」
幸い死者は出ていない。 だが安堵する暇もなく、爆風で大きく穴が開いた壁から再び、ヘリコプターの銃口がこちらを覗いていた。
「――させませんっ!」
立ち上がったノノミは、すかさずミニガンを構え乱射する。 その弾幕が上手くいったようだ。ヘリコプターはそれ以上の攻撃をせず、一旦後方へと退却していく。
しかし息つく暇もなく、また別の刺客が現れた。
「――突入し、赤い時計頭を見つけ次第速やかに確保しろ!」
「ま、また!?」
〈ままま待て!? 今私のことを狙ってなかったか!?〉
一階の辺りから、物騒な号令がここまで聞こえてきた。 まだ何者かは分からない。だが、どうやらその標的は私のようだ。
「てか話的にもう、この学校に入り込んでるじゃないの!?」
「ここで戦闘を行えば、施設がさらに破壊される可能性がある。何とかそれは避けたい」
“そうだね。できるだけ戦闘は避けてここから脱出しよう”
「でしたら二手に分かれましょう。標的はダンテさんのようですので、ダンテさん側に人を――」
「そんなこと言ってる暇があるか!? さっさと別れるぞ!? 3、2、1!!」
「えっ!? 嘘でしょ!? ま、待って!?」
この危機的状況から脱するための方針は即座に決まった。 だが、どうにも時間の猶予がないらしく、ヒースクリフの強引な号令で、即席で二手に分かれることになってしまった。
廊下の左か、右か。 メンバーや人数によっては詰んでしまうかもしれない。 しかし、そんなことを考えている時間もない。ここは運に任せるしか……!
そうして私は左手を選んだ。 その結果。
「あっ、ダンテさん」
「だ、ダンテ!?」
「あ、あらら?」
「ん……」
……まずい。
私と共に左手を選んだのは、アビドス対策委員会の生徒全員だった。 囚人のように、直接私の声が聞こえるわけでもなく、先生のように便利な翻訳アイテムを持っているわけでもない。 最悪の人選となってしまった。
ダダダダダダッ!
しかしながらここでもう一方へ行くわけにはいかない。無論、あの弾丸の雨をもろに喰らったら死ぬだろう。
仕方ない。
〈その……取り敢えず道なりで進もう!〉
「前を指してる……成程、前進か」
私はカチコチ言いながら前へ指差す。私の指示に対して生徒達は何となく意図を汲み取り、足の回転を高める。
「ここを曲がれば階段に辿り着きます。ですが……」
武装ヘリコプターに捕捉されないよう素早く移動し一階へ降りる階段は目前……だがやはり邪魔者が現れる。
その邂逅する刹那、私は咄嗟に前方へ走り出す。
「ダンテさん!?」
〈伏せて!〉
生徒達と兵士達の間に飛び出した私は警鐘を鳴らしながら、手を下へ振る。前へ出たのは指令が通りやすくするため……!
ダダダダダダッ!
直撃を避けるため一足早く伏せたその頭上を、激しく空を切り裂く音が通り過ぎる。
その嵐が止んだと察知し頭を上げ振り向くが、生徒達はなんともないようだ。
「ふん、意外とすんなり捕まえられそうだな」
ダンッ!
「ぐあっ!?」
「ダンテ。私達からのカバーが入るかって、無闇に前に出ないで」
〈いやぁ……まぁありがとう〉
生徒達のカバーのおかげで何とかここから脱出できそうだと確信した。次々と迫り来る敵のを確認し、なるべく戦闘を避けるように、一階へ素早く移動する私達。その道中でーー。
「うわぁっ!?なんかすっごい振動が……!」
「あちら側からの……いえ、杞憂だといいですが」
囚人と先生が向かった方向から、とてつもない大きさの振動や爆音が響く。向こうで数多の敵兵との戦闘が起きていると嫌でも理解してしまう。
しかしここでこそ、仲間を信頼する時だろう。私は唸りたい気持ちを抑え、冷静に手振りで指示を飛ばした。
幸い、私の部隊で戦闘はそう多くは発生しなかった。偶にあった戦闘でも生徒達の巧みな戦術の陰であまり苦労はしなかった。
「ダンテさんの校舎からの脱出は成功しましたが……」
「けど先生達が心配。さっきからうまく連絡ができない」
ここは学校から少し離れた市街地の一辺。私達はそこで一時的に身を隠し、先生と囚人の合流を待っていた。だがこの場が必ずしも安全だと断言できない。 アヤネの偵察によると、この付近でも同様の襲撃が相次いでいるようで、この場に押し寄せてくるのも時間の問題だと言う。
だからといって、私がこの場で最適な作戦を思い浮かぶわけでもない。そのような戦術設計は私の専門外、センスで練り上げることができない。
「……!当ビルから100mにこちらへ接近する人物4人と捉えました!」
「本当!?先生達だわ!!」
「一応警戒しておこう。私が行く」
先生一行だと伺える集団と接触するため、シロコが飛び出した。そして数分もしない内にシロコが戻ってきた。
「アニョアニョ〜。何とか合流できたよ〜」
“みんなお疲れ様”
「先生!無事だったんですね!」
シロコの後に現れたのは逸れてしまった4人だった。見たところ外傷はなさそうだ。
「ったく、なんでオレらの所にだけあんな敵が押し入ってくるんだ?」
「さあ。今は無事に辿り着いたことに噛み締めた方がいいのでは?」
遅れて合流した一同は、腰を下ろし休憩を取る。
〈そういえば、学校の敵兵は?〉
「オレらが相手してたヤツらは全員ぶっ倒したが、それ以外はわからねぇ」
“学校の襲撃、それに市街地の不法占拠。おそらくアビドスを徹底的に支配する為に実行したのかな”
「な、なんでよ?市街地はおろか学校まで襲撃するって頭沸いてるんじゃないの!?」
「遂にアビドス全域を買収したのでしょう」
そういえばどこかで明言したかどうかは不明だが、今回の犯人は十中八九、カイザーだろう。 ただのチンピラ集団の規模ではない。それにこれまでの火種を考えれば明らかだ。
しかし、ここまで大々的に攻め入ってきたのはこれが初めてだ。 何かきっかけとなるような出来事があったのだろうか。
休憩中に長考しているとーー。
「……っ!?このビルに集団が押し寄せてます!」
「ん、カイザー?」
「恐らく……」
「もう〜、まだ疲れが取れてないって言うのに……」
“この部屋だと尚更危険だ。左右によけて、すぐに抜け出せる準備を”
接近の知らせに各々が武器を取り出し、出入り口に警戒を注ぐ。
コツコツと、外から足音が少しずつ響き出す。その音が強くなっていくと共に、数も比例して増加する 。
「学校を留守にしていると思っていたが、こんな陳腐な場所にいたとはな」
「カイザー理事……」
この場所に訪れたのはカイザー理事だった。無論、単独ではない。男の後方にオートマタの気配が感じられる。
「これは何の真似ですか?企業が街を攻撃するなんて……いくらあなた達が土地の所有者だとしても、そんな権利は無いはずです」
「それに、学校はまだ私達アビドスのものです!進攻は明白な不法行為!連邦生徒会に通報しますよ!」
生徒達が、男の圧に負けじと強く言い放つ。しかし男はその言葉を気にせず周囲を見渡しながら、呆れたように口を開いた。
「……くくくっ、何を言ってるのやら。今まで何度も連邦生徒会に嘆願してきたのだろうが、その中で一度でも動いてくれたことがあったか?」
「テメェ……」
誰かの一層握りしめる音が響く。
「無かった筈だ。何せ連邦生徒会は今、動けないからな。それにたとえ他の学園でも、君達には手を差し伸ばさないだろう。つまりだ……」
“これ以上、生徒達を絶望させないでくれ”
男の言葉を黙って聞き続けることができなかった先生が、冷たい声で割って入った。
「……シャーレの先生。君はこのアビドスの状況をどう見ている?」
“誰も手を差し伸ばさなかったわけじゃない。ここに私と、後ろの大人達がいるから”
「ふむ、一理あるな。だが、ぽっと出の無名の企業と君一人で何ができる?」
「ねぇ!?さっきから私達のことを下に見過ぎじゃないの?」
ロージャの怒声もカイザー理事の意に返さず、男は自分のペースで語り続ける。
「だが何故生徒でないこの子らを守る必要がある?」
「えっ!?」
“……生徒じゃない?”
「そうだ。アビドス最後の生徒会メンバー、小鳥遊ホシノが退学した。アビドス生徒会はもう存在しないのも同然だ。君達は、何者でもない」
カイザー理事は続けて、仲間の誰かの逆鱗を撫でるような言葉を言い放った。
“それでも、この子達は私の生徒だ。真実がそう言っても、私は彼女らの先生であり続ける”
それに対抗する先生も揺るがず、強調して己の主張を述べた。言葉という言葉が衝突するこの場に、段々と火薬の匂いが入り込んでくる。そのような予測をしてしまう。
「もういいんです、先生……。結局、最初から詰んでたのですから……」
“ノノミ……”
「くっはははっ!ほらシャーレの先生よ!君の可愛い生徒がそう言っているのだ。生徒の思うがままに動くのが先生の役割だろう?」
ふと思い返したのか、生徒達が自分のこれから未来が見えないと諦め嘆いてしまう。そして例の男は彼女らを見て嘲笑、煽てるのだ。
「はぁぁ……これ以上黙って見るのはやめだ」
「ここは理性的に行こうか。感情に身を任せるのは愚策だと……」
〈そうだね、ヒースクリフ〉
しかしこれ以上、男にターンを譲ってはいけない。籠絡されてはいけないのだ。
「ダンテさん……」
〈私にいい案がある〉
ここは私からも何か言ってやらないね。少し恐怖心というものがあるが、今までの試練と比べたら大したことはない。この気持ちを胸に私はカイザー理事の前へ踏み出した。『人格碑』を手の中に隠し持って。
〈さて、お前もこれ以上の対話は無意味だと考えている。私もそうだ。これ以上、生徒達が俯く姿は見たくない〉
「舐めた口を叩くな、時計頭。お前がいくら助言を入れようが何も変わらない」
相変わらずなんともないように見下す男。
〈私がそこまで達観してわけじゃないけど。大海原という世界には、立ち向かわなければならない大きな波が押し寄せることがある。確実に避けられない災難、私達はただ立ち向かっては、ただ苦労するだけ〉
〈だから他人を、『奇跡』を信じる必要がある。そして断ち割るんだ〉
「何を夢見た話をしている?もう夢は覚めーー」
〈私は、そんな夢見たいな話を実現できる〉
その言葉を言い終えると同時に、私は人格碑をPDAに差し込んだ。
〈ヒースクリフ!!〉
人格《終止符事務所フィクサー ヒースクリフ》
ヒースクリフの姿の変化を横目に、私は攻撃の警鐘を鳴らしながら素早く伏せる。
ドンッ!!
「ぐあっ!?」
重圧を感じる発砲音に紛れて、カイザー理事の断末魔が響き渡る。長身のスナイパーライフルに似た銃を構えたヒースクリフが、見事に的中させたのだ。
「理事が撃たれた!発砲を許可する!!」
カイザー理事の転倒に遅れて、向こう側の兵士の一人が叫び出す。すると次々と敵が銃を構え出し、引き金に指をかける。間もなく銃弾が飛び掛かるだろう。
「んっ!」
引き金を引くより先に前に飛び出す影が一人。物哀しい顔でそっぽ向いたシロコだ。私達と敵の間に入り込むと、いつからか背負っていたか分からない、黒いカバンのようなものを取り出しーー。
「あれって、ホシノ先輩の盾!?」
重々しいホシノの盾を前方に展開させて、力強く床に叩きつける。そびえ立つ金属の塊を前にいくら集まろうとも、銃弾は貫けず跳ね返されてしまう。
「先生、ダンテ……ごめんね。私達、どうかしてたみたい」
〈責める必要はないよ。シロコ、大事なのは立ち上がる意志だけ〉
私の文字に、シロコはふふっと微笑む。
“何も心配する事はないよ。まだ君達は、正式な生徒だからね”
「ど、どういうことですか?」
“ふふっ、それは追々話すとして……”
先生は何か秘策があるらしい。しかし彼が急に真面目な顔に戻り、正面を向いたので詮索する事は出来なかった。
「……お陰様で目が覚めました。こうして止まってる時間はありません」
「何よりもまず、ホシノ先輩を取り戻さないと!!」
大人達の言葉に、項垂れていた生徒達が次々と決意を固め始めた。
「また敵達を、ぶっ飛ばして行くのね!」
「ま。こっちの方が得意だしな」
「野蛮ですね……」
闘志を沸かせる囚人達を横目に、いつでもPDA端末に差し込めるよう、 懐から別の人格碑を取り出す。
“さあ、皆んな。ここから反撃の時ーー「伏せてみんな!」ーーえっ?”
先生の台詞が決まろうとした瞬間、どこからか女性の声が割って入ってくる。その時ーー。
ドドドドドカーーンッ!
「うぇぇ!?爆発!?」
予兆もなく前方が激しく爆発。至近距離であったが、幸いホシノの盾の後ろに立っていたため、衝撃波や破片からうまく逃れるようにはなった。
「これ、カイザーの攻撃ですか?」
「いえ、さすがのカイザーでも仲間ごと巻き込む事は……」
目的が不明な爆破攻撃に頭を悩ませると、この部屋の入り口からコツコツと優雅に歩くような足音と共に、赤い髪がふわりと現れた。
「……便利屋68陸八魔アル。助太刀に来たわ!」
〈……来るの遅くない?〉
「ちょっと!?言うタイミングを……いやそもそも言わないでよ!?」
なんとこの場に、便利屋が颯爽と参上。これまでにない最高の助太刀だが……。もっと早くここに来れば良かったのではないかと、思いがけず口から漏らしてしまった。
「本当は、もっと前に手助けする算段だったけど……あんた達が自力で立て直しちゃったから、こっちが出る幕が無くなくなってね」
「カヨコ課長!?」
「あら、そうだったんですね?」
これまたふわりと現れたカヨコが経緯を説明した。
「ま、久しぶりにラーメンでも食べに来たらなんだか酷い有様だったから、共闘したよしみで助けに来たってこと」
“そうなんだね。にしても助かったよ、このままどうなるかって心配しちゃって”
〈まさか信頼してない?〉
追求したかったが、カヨコがインカムを通して情報共有し出したため叶わなかった。
「ムツキ達が、ついさっきこのビルの護衛粗方倒したって報告が来た。そっちで準備が出来次第、すぐここから発つよ」
「ん、了解」
「アビドスの方は問題ないですが、ダンテさんの方はどうでしょうか」
〈うん、今から人格を被せる。すぐに終わるから、先に出発していいよ〉
“分かった。それじゃあ、このビルから出るよ”
先生の号令で生徒達は銃を持ち直し、流れ込むように出入り口へ入っていく。私は彼女らの背後を背に、PDA端末に人格碑を差し込んだ。
コメント
4件
終止符ヒース鬼つええ!このままカイザー全員ぶっ○していこうぜ!
理事長がくたばった!これはこのままホシノを救えるのでは!?問題はこの戦闘にアブノマ達が投入されてないことを祈るばかりだけど