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|新藤《しんどう》|鈴々《りり》先生 著
会社を辞めた俺と|葵葉《あおば》。
俺たちのことを誰も知らない場所へ引っ越した。
静かな海沿いの町である。
モブ子に苦しめられ、周囲の偏見が辛かった日々が、まるで嘘のようだ。
「俺のせいで、|凱斗《がいと》は出世も両親も失っちゃったね……」
「馬鹿。お前がいれば、それでいい」
何度言っても、葵葉はうつむき、そして申し訳なさそうにしている。
こんなに幸せだというのにな。
一緒に暮らすとお互いの嫌なところが見えてくるなんていうのは嘘だ。
もう俺は凱斗がいないと生きていけない。
今までの苦しみはこの幸せのためにあったんだ。
俺はそう感じていた。
「葵葉。なに泣いているんだ」
「ごめん、凱斗。幸せすぎて……。俺と凱斗が一緒にいられる未来なんて、あり得ないって思ってたから」
こぼれた涙が地面に落ちた。
美しい涙だ。
この涙も、俺たちが今まで流した涙も、新しい芽が息吹くための一滴となるだろう――
【了】
タタッーン!
いつもより軽やかな指の動きでEnterキーを叩いた。
『俺を激しく愛してくれよ!』がとうとう完結した!
「ふー。いい仕事をしたわ」
「なにがいい仕事だ。ふざけんな! 鈴子!」
「貴仁さん。背後から画面を覗かないでください。ゲームしていたんじゃないんですか? アイドルユニットが気に入らないとか言ってませんでした?」
アイドルを育成し、ドームコンサートを成功させるゲームらしい。
けっこうあれに課金していることも知っている。
けれど、お互い趣味に使うお金は、口を出さないルールだ。
特に趣味に関しては、貴仁さんからの提案で、不可侵条約が結ばれた。
もちろん、私は快諾し、条約を締結した。
「俺のプロデュースは完璧だ。どんなメンバーであってもトップに立たせてやる! プロデューサーとして!」
今の彼はプロデューサー。
アイドルユニットをプロデュースする敏腕プロデューサーらしい。
昨日まで戦闘機パイロットだったのに、コロコロ変わる忙しい人だ。
『俺を激しく愛してくれよ!』の最終回を投稿すると、ちょうど日曜の朝アニメが始まった。
『魔法少女☆ルン』は大人気のまま、最終回の日を迎えた。
「とうとう最終回がきちゃいましたねー」
「これで晴葵がおとなしくなるな」
貴仁さんは安心しているけど、浜田さんの新作は私たちがモデルなんですよ?
これからが、ドキドキものだというのに……言えないけど。
BLから男女の恋愛マンガまで、マルチな萌えを持つ男。
でも、ハイスペエリートの裏の顔を知っているのは、ごくわずか。
「それにしても驚いたな。晴葵が浜田さんと付き合うとは」
「ま、まあ、お試しみたいですよ」
浜田さんは作品作りのため、葉山君に近づいた。
どうやら、私と貴仁さんをモデルにした作品で葉山君をライバルとして登場させたいからだとか。
「あんな真面目な浜田さんが晴葵のような男で大丈夫だろうか」
「大丈夫だと思いますよ」
彼女は私を上回る変態ですからね。
きっと葉山君の裸を見て、スケッチすることくらいやる。
むしろ、葉山君の貞操の危機では?
浜田さんが彼に薬を盛らなきゃいいけど……私は葉山君のほうが心配だよ。
『魔法少女☆ルン』がCMに入った。
そのスポンサーでもある我が社のCMが流れた。
大人気!パンダフィギュア!
大人も子供も夢中!
子供が嬉しそうにお菓子を食べ、パンダフィギュアを眺めるという心あたたまるCMだ。
「パンダの食玩も好評でよかったですね」
「そうだな」
この成功のおかげで、|紀杏《のあ》さんの次期社長としての地位は固いものとなった。
パンダフィギュアの食玩についているお菓子を食べ、紅茶を口にする。
お菓子はパンダの形をしたカルシウム入りクッキーだ。
カルシウム入りというところが、子供にもお年寄りにも優しいお菓子になっている。
そのクッキーを食べながら言った。
「貴仁さん。私、恋愛には疎いんですけど、紀杏さんは貴仁さんが好きだったんじゃないかなって思うんですよね」
「なんだ? 嫉妬か?」
「そうかもしれませんね」
貴仁さんは否定しなかった。
気づいていたかもしれないけど、あえて言わなかったのかもしれない。
クッキーを貴仁さんの口に入れた。
「甘い」
「そうですか?それじゃあ、口直しをどうぞ」
私からキスをした。
クッキーよりも甘いキスを。
そのキスを眺めるのはミニ鈴子たち。
『ごちそうさまでーす』
そう言いながら、ミニ鈴子は完結ボタンを押したのだった。
【了】