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電車のアナウンスを聞き、飛び降りるようにして咲たちは電車を降りる。
知らない路線の知らない大きな駅だった。というか、電車も動いていることに驚いた。異世界とはいえ、基底世界とかけ離れているわけでもないらしい。
「本部はなんと超駅近やで。こっから見えんねん、探してみ」
電車が過ぎ去った後のホームを咲たちはぐるぐる見回す。
正直知らない駅なんだから周りの景色も知らない建物ばかりで、どれが本部と言われても信じてしまいそうだ。
しかし、その中でも唯一異彩を放つ建物があった。
茶色い建物だ。窓がたくさんあり、屋上もある。いや、それ以上に驚いたのが、大きいホームを覆いかぶせるほどに建物が大きかったこと。
ド田舎であるからこそ、土地代のせいで都会では見られないような馬鹿デカい建物など無限に存在するが、咲の野生の勘だろうか、非常に異常な物質として見受けられた。
「あの茶色いのですか?」
「せや。でかいやろ」
「あそこに俺らは住むのか?」
「そうなるで。ほな、れっつごーやな」
改札を抜ける。無光は人間の生活にさほど苦労していないように見える。人間のことは良く知っているらしい。
本部には案外すんなりと到着した。超駅近は伊達ではない、ざっと徒歩5分ほどだろうか。
建物は本当に大きそうだった。大き”そう”というのは、入った瞬間機密情報がうんたらかんたらとかで目隠しされて移動し、会議室的な場所に通されたからである。
そこで目隠しを外され、部屋外には出るなと厳重に注意された。咲には破る理由もないし、無光のことで目立つような行動もしたくなかったのでおとなしく会議室にこもることにした。
会議室は、本部の外見に見合った広さだった。60人は入らないほどで、三人ずつ座れる長机がずらーっと並んでいる。
咲達は二番目くらいだったらしい。既に10人ほど入っている。事前情報によれば、咲達西支店組の二人という結果は一番少ないらしく、他三つの支店は最低でも二けたは突破しているらしい。
前から詰めて座ってねー制だったため、咲と無光は奇跡的に同じテーブルに座れたものの隣に別支店から来た奴が座っていた。
その人は咲と同じでポニーテールが特徴的な女性であった。平均身長ジャストの咲よりもいくらか背が高いあたり、女性では長身の部類に入るのではないだろうか。金髪なのに髪は痛んでいないように見える。髪を分けてヘアピンで留めるでこ出しスタイルで、目の色的にもハーフっぽさがある。金髪も地毛なんだろうか。
彼女は所謂つなぎ的な服を着ている。赤と白の横縞のTシャツにつなぎで、余計に彼女の海外感を強調している。
咲達が入室した時、彼女は驚いて声を出していた。
「えっ、西支店って二人しかいないのね?!」
「そうだけど。あんたらは?」
「私達は東支店から来たのよ。……というか、なんで3人しか座れないのかしらね、私だけハブられちゃうじゃないの」
「あー……お疲れ様」
「でも、二人だけって凄いわね。なんだか、少数精鋭って感じで」
ふと、無光が急に咲との距離を詰めた。この時の意味をもうすっかり咲は覚えてしまった。「この言葉なんて意味?」である。
「少数精鋭ってなんだ、咲」
「人の数が少ない分一人一人が強いって意味の四字熟語。あの人は褒めてくれてる」
「そういえば、お二人のお名前を聞いてなかったわね。なんて名前なのかしら」
「私は枝野咲。こっちは……仇桜無光」
「咲さんに無光さんね」
「あんたの名前は?」
「私は花里 瓜香よ」
とりあえず、この喋り方が咲と真反対な瓜香とやらには無光は人間として見えているらしい。別支店の人ということもあり、無光は緊張しているのか全く話さない。まあ、咲らに対しても饒舌なタイプではなかったが。
しばらくすると、瓜香は何かを思い出したかのようにこちらに振り向いた。
「ねぇ、お二人は希望武器とかあるのかしら」
「希望武器?」
「あら、知らない?私たちは段ボールカッターで戦わさせられたけど、この試験中は私たちが希望する武器で戦えるのよ」
「え、初耳。久東の奴ちゃんと説明しろや」
「何か希望があったり?」
「そーだなー……私はちまちまやるの好きじゃないし、ドカーンって感じの武器がいいな」
「お、わかってるわね!」
瓜香の声のトーンがいくらか上がった。声が若干上ずっている。
「私、絶対ハンマーにするって決めてるのよ!」
「は、ハンマー……?」
珍しく無光が反応した。まあ当然の反応である。ちなみに咲は「ハンマー!?!?!」と叫ぼうとして理性が働いた。
いくら身長がでかめだからといってハンマーは無理すぎる。瓜香がどんなサイズのハンマーを思い浮かべてるか知らないが、ハンマーを振り回せるほど筋肉質な体系をしているようにも見えない。
第一、ハンマーを扱えるのなんて男でも一握りの筋肉馬鹿だろうに。ちょっと背丈がある女が軽々と使える武器じゃない。
「ハンマーって、流石に無理くね?あれ相当な筋肉ないとだめでしょ」
「まあ、私もそう思ってたんだけどね、うちの支店凄い特殊なの。なんでも、今までに類を見ないほど強い人がいるらしくてね、その人に怪異をほぼやっといてもらって、最後の一撃だけ私らが貰う……というやり方をして、東支店は全員が超異力を持ってるのよ。私の超異力は怪力。それでハンマーはいけるってことね」
「え、そんなにやばいやついんだ」
「そうよ」
瓜香は彼女の前方に腰掛けている男性を指差す。身長は瓜香と同じくらいっぽく、黒いフードを深く被っていて顔立ちは分からない。有線イヤホンのコードがフードから垂れていて、持っているスマホの画面に見知ったアーティストのアルバムジャケットが表示されているあたり、おそらく音楽を聴いていそうだ。当然他の人と話す素振りはない。クール気取りなのかコミュ障なのか。
「なぜかわからないけれど、あの人の苗字を呼ぶと怒っちゃうから名前だけ教えるわ。……葉泣って言うの」
「どういう漢字書く?」
「ハは葉っぱ、キュウは泣くで葉泣ね」
「珍し。無光を超えて来たか」
「なんだか、珍しさの平均が上がっちゃったわ」
そんな話をしていると、残りの北支店と南支店がほぼ同時に入場してきた。二つ合わせて30人くらいだろうか。多い。
そして、久東・チャラそうな男・ぱっつんの女が前方から入場し、
「はーい、注目。これからあんたらの歓迎式兼私らの自己紹介、兼こっからの説明会をお開きにしますー」
という久東のセリフから、この会議室での試練が始まった。
「まず、あんたらはどこかしらのもよんまーとに入店し、怪異という頭体おかしい連中がいる異世界にぶっ飛ばされてもうた。そしてなんだかんだいって怪異を倒せた。じゃあここはなんやねんって話やと思うけど、ここは怪異対策本部。怪異を最終的に全滅させることを目標としとる。もし、そんな壮大な計画に巻き込まんといてってやつがおったら、ここから出てってもろても構わん。ま、この世界から出る方法は見つかってないねんけど」
早速何人かが出て行った。久東以外の二人のうち、チャラそうな男の方が出て行った奴をどこかへ誘導している。
咲は無光がいる手前出ていけない。というか、ここまで来てしまったら怪異全員ぶっ殺そうぜ、というなんとも度し難い感情が生まれていた。無光は複雑そうな表情をしていたが、咲からの視線に気づくと慌てて無表情になった。
東支店からは一人も出て行っていない。まあ超異力をこんな初期にゲットしてしまっていたら有頂天にもなるだろう。
「ん、もう出ていきたい奴は消えたかな。そんなら、早速あんたらにこれからしてもらうこととかの説明に入りたいところやけど、あんたらの中には私やそこの馬鹿二人を知らんやつもおるよな、せやからまずは私らの自己紹介から」
久東は先陣を切るように改めて前に一歩進み、一度深呼吸してから話し出す。
「久東 流瑠や。西支店の店長を務めとる。店長内ではいっちゃん強いんで、まとめ役兼リーダーや。超異力はいっぱいあんねんけど、蛸みたいな触手を出せたり、分身を作れたり、色々や。相棒は日本刀の鈍器ちゃんと、釘バットの刀ちゃんや。よろしく」
早速ざわつき始める。咲達ですら知らなかった超異力と釘バットの存在もあってか、咲もかなり驚いた。その騒々しい雰囲気にシャッターを下ろすように、久東が話を続ける。
「次は東支店の癖アリ馬鹿。あんたら、金の準備はええ?」
チャラそうな男が出てくる。金髪のちょっと遊ばせた髪に、若干サイズが合っていないサングラスが印象的だ。白いTシャツとジーパン、それから首にチェーン型のネックレスを着けている。いかにもチャラそう。
「誰か金貸してくんない?」
久東にぶん殴られている。情けない悲鳴が上がった。確かにイメージ通りだが、こんな自己紹介あってたまるか、といった所だ。
「自己紹介ね……よし、名前は須田 美王。趣味は競馬競輪ボートレースパチスロオンカジ麻雀違法賭博。東の店長。超異力は錬金。武器は大斧。誰貸してくんない?」
また久東に殴られた。
「いやー、あいつはああいう奴なんよ。ちな、店長内でいっちゃん弱いからそろそろ春部にその座を奪われそうや。これ聞いて須田死ねって思った奴は西支店の春部っていう激強新人を応援しとき。あと、顔に気取られてイケメンやなーとか思た奴は多分ホストにはまりやすいから気ぃつけや」
春部、頑張れ。多分会場内の8割くらいがそう思った。というか、そろそろ店長になれそうレベルで春部に実力があったことに咲は驚いた。そりゃあ無光も逃走するわけだ。
隣を見ると、瓜香は目を輝かせている。確かに面はいい方だと思うが、面食い気質なんだろうか。
無光は人間のエゴに引いている。しょっぱなからこんなひどい奴を見せられて無光も可哀想に。
久東は次に、と話題を転換し、遺影みたいな写真を持ってきた。
遺影には髪を結んでいる男性が映っている。長髪による女性らしさはごつい体格でかき消されている。
「こいつや。名前は輝煌 壊。北支店の店長なんやけど、超シャイかつめんどくさがり屋なせいでめったに姿を見せん。北支店から来た奴は助けた後は別の後輩にバトンタッチして自分はとんずらこいたクソ野郎や。ほんま、うちの男にはろくなやつがおらへんなあ」
「超異力はなし。体質的に超異力がつかへんらしくて、極稀に起こるんやって。でも二番目に強いで。単純に他の人と話す時間を鍛錬に使ってるんやろな。んで、武器はタイヤにロープくっつけたやつや。選抜には出るらしいから、そん時はよろしく」
すると、久東は持っていた壊の遺影を突如掲げ、その後振り落とし、落ちた遺影を蹴り始めた。
何度も何度も蹴っている。その後、美王らも参加した。
ただでさえざわついていた現場がさらに騒々しくなる。
「ほんまこいつのせいで!!どんだけ苦労しとると思ってんねんこのクソ野郎!!!!!」
「金貸せやゴルァア!!!!」
「み、皆さん、やめましょうよ……僕たちの仲間なんですよぉ……」
泣きそうな声の女性が乱入してきた。ぱっつんの前髪でショートボブ。上はオーバーサイズのパーカー、下は半ズボンのアンバランス・ファッションが特徴。おそらく店長で、自己紹介が終わっていない唯一の存在。
「お、最後にこいつの紹介せな」
「は、はい……富良野 雨好です。超異力は炎を出すことです。武器は炎を出せるので特にないです……えっと、それで」
「こいつの性別どっちやと思う?」
突如舞い降りた究極の二択に、聴衆は困惑し、そして考察の顔になる。
確かに声も高くてショートボブで体格も小さくて女性すぎる。だが、妙にニヤついている久東と半ズボン、一人称の僕が思考を妨害する。
咲は単純馬鹿のオタクなので、このパターンの時性別がどっちになるかを知っている。
そして、東支店から単純馬鹿が一人。
「女性だろ!」
それに合わせて他の野郎どもも口をそろえて「女だ!」「女子だ!」と言い出す。
久東がこんな変な質問してきたというのがディスアドになっているが、それを思考から抜けば多少ボーイッシュな女子で済まされそうな見た目ではある。
そして、案の定願いむなしく。
「ついてるで、こいつ。男や」
罵声と悲鳴が1:1で飛び交った。文字に起こすのも恐ろしいくらいの。
「ひぇぇえ!!ご、ごめんなさいぃ……。僕は悪い子です……」
何人かの脳が爆破される音が聞こえた。
「に、ニンゲンは……その……罪深いんだな……」
「……ごく一部だからね、無光」
「うし、これで自己紹介は終わったことやし、これからの説明をちゃちゃっとするで。こっから、あんたらは寮生活になるから、まずは部屋に移動してもらうで。部屋のパートナーはランダム。生存権は存在するから安心せえ」
「んで、部屋入ったら翌日に武器選び、したら早速選抜試験があるで。この試験にクリアできんかった奴はさっきみたいに出て行ってもらう。全部で八人要るな」
誰かが「八人?!」と驚いた声を出した。当然である。ここには大体50人弱がいるというのに、約五分の四は不合格になるというのだから。正直咲も合格できる保証はない。なんせ超異力を持ってるやつが十人いるのに超異力なしの咲が滑り込めるとも思えない。咲は身震いした。
無光と瓜香も心なしか険しい表情をしている。春部が超強かったことが判明した以上、無光の真価がどれほどか計り知れなくなってしまった。もしかしたらとても強いかもしれないし、あまり強くないかもしれない。無限の可能性を秘めている。
「選抜試験の内容は、簡単に言えば怪異を倒せってことや。事前に捕まえといた怪異を大量に放出しとるから、とどめを刺した奴で早い順に八人抜ける。人を攻撃するのも漁夫の利するのもなんでもありや。ちな、過去には試験官を買収したこともあったみたいやけど、今年の試験官は私・久東やから買収は効かへんで。よろしくな」
何人かの落胆する声が聞こえた。なんで落胆するのか咲には分からない。
咲にとってこれはチャンスだ。たとえ横取りしようとラストに攻撃すれば超異力を獲得できる。そうすれば東支店の十人とも同じラウンドに立てるだろう。しかし、東支店はもう既に超異力を持っている奴らだ。その時点でアドバンテージなのを咲はまだ知らない。
「じゃ、この辺でお開きにしよか。まずは明日の武器選びに向けて寝ろや。よし、早速部屋にれっつごーや」
寮は性別によって棟が分けられている。よって、咲は無光と直前に渡されていたスマホの連絡先を交換し、それぞれの棟へ入った。
咲は見事に角部屋だった。運がいいのか悪いのか……。
そして、咲が扉を開けるとそこには。
「あ」
「久東さん」
久東が立っていた。
「咲は無光に押し付けた動くか怪しいスマホに連絡先ぶち込んだん?」
「あ、はい」
「せやったら、無光に『あんまり派手に動きすぎんなよ』って言っといてくれや」
「あー、バレない様にですか」
「おん。人間の実力や生活は三日間で教えたはずやけど、まだ変な所はあるやろしな。ま、男子棟にも店長はおるし平気やと思うで。ただ、ちょっとペアが……その、何て言ったらええか……曲者やねん」
「誰ですか?」
「咲も知っとると思うけど、東の超強いあいつや」
「葉泣でしたっけ?」
「せや。ま、それはこっちでなんとかする」
「おけです」
久東は部屋から出ていき、その一分後に瓜香が入ってきた。
「え、瓜香?」
「あ、咲じゃないの。私達ペアだったのね」
「マジか。知らないやつだったら困ってたしいいや」
「同感よ」
瓜香は用意されている二段ベッドの下に寝っ転がる。割とリラックスできるタイプみたいだ。
咲はすかさず瓜香から見えない角度でスマホを開き、無光に「久東さんが目立つなって言ってた」と送る。
しばらくしてメッセージが返ってきた。「了解した」「ペアのやつがとても酷い性格なんだが、ニンゲンはみんなこうなのか」
「少なくとも、私は違うよ」返信する。無光から返事はない。お笑いを分かっているのか?
しばらくして、瓜香が話しかけてきた。
棚から出てきたの、と誇らしげに語る彼女の右手に握られた「UNO」という文字に、咲は心底喜んだ。
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