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どのくらいそうしていただろう。
私を抱き締めていた腕の力が少し弱まった頃、私も彼の背に回していた腕を解いた。
ふと顔を上げると、ひどい顔をした壱月と目が合う。
「ひどい顔だな」
「それ、私も思った」
お互いにふふっと笑うと、おでこがコツンとぶつかり合った。
その距離にびっくりして、私は慌てて体を離す。壱月も、ソファに座り直していた。
「ごめん……」
「いや、こちらこそ……ごめん」
しばし、ぎこちない空気が流れる。その空気を破ったのは壱月だった。
「……昨日のこと、忘れていいから」
「え……?」
彼の言葉に、きょとんとしてしまう。すると、彼はこちらを見ずに窓の外を向いたまま、続きを紡いだ。
「返事も、今はいらない。考えが浅はかすぎた。好きって気持ちだけじゃ、なにも大事にできない。もっとちゃんと、愛音と花斗に向き合いたいと思った」
「壱月……」
私はそんな壱月をじっと見た。彼の横顔は、優しくて、暖かくて、どこか寂しそうだ。
そういうふうに見えるのはきっと、壱月が涙を流した理由を知ってしまったからだろう。
彼の涙は、私を思う気持ちだった。
壱月は本当は、そんなに優しい人だ。
しかも私は、それをとっくに知っていた。だって私は、そんな壱月が、好きだったんだから。
「いいよ」
私はぽつりと、でも自信を持ってそう口にした。
「ああ。忘れてくれ。あんなこと、とっとと――」
「違う」
私が彼の言葉を遮ると、彼はこちらをはっと振り向く。
「……は?」
その意味がわからないというような顔に向かって、私は一度小さく深呼吸して、告げた。
「壱月と付き合うって、こと」
「……え?」
すると、壱月の瞳が徐々に見開かれてゆく。
「……本気で言ってるのか?」
「うん。間違いなく、本気」
戸惑うその瞳をしっかりと見て、答えた。
ずっと、気持ちに靄がかっていた。
それはきっと、壱月への〝好き〟の気持ちを誤魔化すために、〝最低な男〟というレッテルを壱月に貼り付けていたからだろう。
どこかで、セーブをかけてしまっていたんだ。私自身が。
「愛音……本当にいいのか?」
「……やっぱりやめようかな」
気恥ずかしくなっておどけると、そんな私は再び彼の腕に包まれた。
「やだ。やめないでくれ」
「『やだ』だなんて、花斗みたい」
クスクス笑うと、壱月は腕を解き、代わりに右手で私の顎をすくう。
それで、嫌でも壱月と目が合ってしまう。
「俺は、花斗じゃない」
「わ、わかってるよ」
そう言いながらも、どきまぎしてしまう。目線の先に壱月の顔が迫ってくるから、余計に心臓が騒ぎ出す。
「愛音」
「な、なに……?」
目前で名前を呼ばれ、私はついどもってしまう。
「目、つむれ」
「え……?」
思わず目を見開いてしまうと、壱月は「いいから」と私を急かす。
言われた通りに目をつむると、壱月の吐息が、顔にかかった。
ああ、これは……。
懐かしい、口づけの予感。
肩に、つむったままの目に、唇に、思わず力が入った。
そんな私に『ちゅっ』と優しく触れて、彼の唇は去っていく。
ゆっくり目を開くと、壱月は私の顎に触れていた手で自身の口元を隠していた。
その頬は、赤く染まっている。
「悪い、先走った」
「え……?」
「嫌だろう、急にキスとか」
それで、彼の言葉の意味を悟った。
「別に、もう大人だし」
「大人だからだ。愛音のこと、大事にしたい」
「壱月……」
そう言い切った彼が、なんだか急に愛しく思えてくる。
私はぐっと背筋を伸ばして、壱月の頬に口づけた。
すると、彼の目が見開かれる。
「……仕返し、的なやつ」
言いながら恥ずかしくなって、視線を逸らす。すると、壱月はもう一度ぎゅっと私を抱き締めた。
「少しだけ、こうさせて」
「うん」
私は壱月の胸に頭を預けた。
先ほどまでは聞こえていなかった彼の鼓動が、聞こえてくる。それも、うるさいくらいに高鳴っている。
嬉しい。壱月が、ドキドキしてる。
私も、彼の背中に手を回した。
今度は、泣いてなんかいない。幸せな、恋人同士の抱擁に、それだけで胸が満たされる。
これは、忘れていた、恋する気持ちだ。
「あのさ」
私を抱きしめたまま、不意に壱月が口を開いた。
「愛音にひとつ、言ってなかったことがあるんだけど」
「なに?」
顔を上げると、彼は前をみたまま続けた。
「愛音と連絡取れなくなった理由」
ああ、と返すと、背に回された手にぎゅっと力がこもった。
どうやら、前回のように『聞かない』という選択肢はないらしい。
私は覚悟して、彼の続きの言葉に耳を傾けた。
「あの日、俺の両親が死んだんだ。バタバタしてて、気付いたら結構経ってて。愛音に今さら連絡するのも躊躇してしまったんだ。……なんて、今更言い訳だけど」
壱月は「ごめん」と小さく呟き、私の肩に頭をのせた。
え……?
私は驚き言葉を失い、固まってしまう。けれど、小さく息をこぼし頭を私の肩に預けたまま、私を抱きしめ続ける壱月は、まるで大きな子どものよう。
私はそんな彼の背を、よしよしと撫でた。
「もう、四年も前なんだな」
「うん……」
体を起こした壱月は、私の背から手を退ける。そして、困ったように微笑んでから、「そろそろ寝るか」と私の両肩をポンっと叩いた。
「これから、よろしくな。改めて」
壱月は私の頭をぽんぽんと撫でる。
「こちらこそ」
答えると、壱月は立ち上がって私の手を取った。
私を立ち上がらせ部屋の前まで来ると、壱月は「おやすみ」とまた私の頭をぽんぽん撫でる。
彼はそのまま、自分の部屋へと入っていった。
コメント
1件
うわあ…2人、本当に結ばれたんだねえ🥺💕 「仕返し的なやつ」って言って頬にキスする愛音、めっちゃ可愛いし、壱月が「大事にしたい」って言うのも重くなくて優しくて。 それと、壱月の両親の話、4年越しに打ち明けるの、すごく勇気いったろうな…。 愛音が背中撫でて受け止めるのが泣ける。最後の「これからよろしく」でじーんとした。///