今まで我慢してきた感情が爆発してひとしきりお母さんの胸で泣いてしまった。いい歳してこんなにも泣いてしまうなんて少し恥ずかしい。
ようやく落ち着きを取り戻した私はお母さんの胸から離れてお礼を言う。
「お母さん、ありがとう」
「いいのよ、辛くなったらいつでも甘えてくれて」
お母さんはニコニコした笑顔でそう言うけどさすがに何度も何度も甘えるのはちょっと恥ずかしい。でも、たまになら良い…かな。
「私ね、本当にオルタナさんには迷惑をかけっぱなしで…私、何も返せていないんだよね。攻撃魔法を使えるようになって役に立てるようになるんだって思ったのに、自分で無意識に出来ないようにしてたらしいの。無意識に戦うことが怖かったのかなって。そうだとしたら、私って冒険者向いてない、よね…」
「ルナ…」
私は本気で冒険者に向いてないんじゃないかって思っていた。戦うことが苦手なら冒険者なんて向いているはずがない。だったらもういっそのこと辞めた方が良いんじゃないかって、そう思い始めていた。
「あのね、ルナ。お父さんのこと覚えてる?」
「えっ、お父さん…?もちろん、覚えてるよ」
すると突然お母さんは昔に亡くなったお父さんのことを話し出した。お父さんはミサが生まれてすぐに亡くなったからブランとミサはあまり覚えていないと思うけど、私ははっきりと覚えている。
だって私はお父さんに憧れて冒険者になったのだから。
「ルナはね知らないと思うけど、実はお父さんってすごく怖がりだったのよ。それも魔物を目の前にしたら足がガタガタ震えちゃうくらいにね」
「えっ、そうだったの!?」
突然の衝撃的な話に驚愕した。
だって私はお父さんが勇ましくてカッコよく冒険者をしている姿しか見たことがなかったのだから。そんなことを言われてもすぐには信じられなかった。
「お母さんがまだ冒険者だった頃に初めてお父さんと出会ったんだけど、その時なんか森の中で魔物に腰を抜かして震えてたんだから。それでお母さんが魔法でその魔物をやっつけたんだけど、その時のお父さんったらしばらく立てないほどだったのよ」
お母さんが懐かしい思い出を話しながら嬉しそうに笑っていた。私は初めて知ったお父さんの意外な一面に驚きを隠せなかった。
「じゃあ何でお父さんはそんな怖がりだったのに冒険者をしていたの?」
「それはね、大切なものを守れる強さが欲しいからって言ってたわ」
「守れる強さ…」
お母さんはそう言うと優しく私の頭を撫で始めた。
「お父さんはね決して強くはなかったし怖がりだったけど、それでも心が折れたり諦めたりすることはなかったの。もう二度と大切なものを失わないようにっていつも頑張ってたわ。たぶん昔に何かあったのだろうけど、結局最後まで聞けなかったわね」
「そう、なんだ…」
「ルナはこの話を聞いてお父さんに失望した?お父さんのことカッコ悪いって思った?」
「そんなことない!お父さんは、今でも私にとって憧れのカッコいい冒険者だよ」
私は本当のお父さんのことを聞いて益々尊敬した。怖いはずなのに、強くないのにずっと冒険者を続けて強くなろうとし続けていたんだと思うとカッコ悪いはずがない。
お母さんはそう答えた私を見てどこか安心したような笑顔になった。
「お父さんもルナがそう言ってくれるの喜んでると思うわ。それでねルナ、戦うのが怖くて震えながらでも強くなるために戦っていたお父さんはカッコいい冒険者なんでしょ?だったら私も無意識に怖いと感じていても頑張ろうとしているルナのこともカッコいい冒険者だとお母さんは思うわ」
「お母さん…!」
私はお母さんの言葉にハッと気づかされた。
私、お父さんと一緒だったんだ。あの憧れていたカッコいい冒険者のお父さんと同じだと思ったら諦めたくないという気持ちが強く湧きあがってきた。
「お母さん、私間違ってた。憧れてたお父さんが怖くてもずっと諦めずに最後まで戦い続けたんだから、私もずっと諦めずに最後の最後まで戦い続けたい!私もお父さんのように強くなろうとし続けたい!!」
「なら、お母さんもルナのこと応援するわ!ルナはあのお父さんの娘なんだから誰よりも強くなれるわ。でもね、無茶はしないでね。命があっての冒険者なんだから」
「うん!」
私は強く頷くと再びお母さんの胸に飛び込む。
そして今度は笑顔でお母さんのことを強く抱きしめた。
私はまだ自分の気持ちとの折り合いを完璧にはつけられていないけど、その弱さもちゃんと受け止めてこれからも前に進んでいきたいと思う。
だってお父さんもたぶんそうしていたと思うから。
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ルナへの授業が終わって解散した後、俺は彼女のことが心配になっていた。
あの時は何の配慮もなく考えていたことをズバッと言ってしまったから、ルナが落ち込んでいないかが気になっていた。元々人付き合いというのは得意ではない方なので、あとからこうやって反省することは前々からあった。
ここ最近は誰とも深く関わることがなかったのでなかったが、ルナとパーティを組んでからはまた少しづつ人との交流が多くなっているような気がしている。
それについては良いことだとは思うが人付き合いの悩みが増えるのは少し難点だ。
そんなことを考えながら俺は久しぶりにエイアの店へと足を運んでいた。
カランコロンッ
店の中へ入るといつも通りの静かな雰囲気がそこにあった。いつ来ても変わらないなと妙な安心感を抱きながら奥へと進んでいく。
「エイア、いるか?」
俺は少し大きな声を出して店の奥にいるであろうエイアを呼んだ。すると数秒の静寂の後、ドタバタと慌ただしい音と共に店の奥から人が出てきた。
「はーい…って、オルタナじゃない。何か用?」
「相変わらず研究か?程々にしておけよ」
「ここしばらくはあの治療薬の発表や問い合わせの対応で忙しかったんだから少しぐらいいいじゃない。私にとって研究は生きがいなんだから」
魔力欠乏症の治療薬の対応の件について言われると俺はこれ以上何も言えない。
治療薬の開発において得られる利益や名声はほぼ全て彼女のものではあるが、逆にエイアのみが開発者とされているので薬に対する対応は全て彼女が担っている。
その点に関して負担が全てエイアにいってしまっていることは大変申し訳ないと思っている。
「その治療薬についてはどうなったんだ?」
「そうね、概ね順調よ。各地の薬師から治療薬の製造方法を教えて欲しいとかいろんな商会から治療薬の流通販売を任せてほしいっていう手紙が来ていたし、それに王立学園から治療薬の開発の経緯や魔力欠乏症の原因についての問い合わせも来ていたわね。その対応もかなり終わらせて今では少しずつ使用料や販売の取り分が入りつつある状況よ。学園の件に関してはまだ調整中って感じかな」
「大変なことを押し付けた形になってしまって申し訳ない」
「別にいいわよ、その対応も込みで最終的に利益の取り分を私3あんた1にしたんだから。正直、最初の取り分でもかなり私の方が得していたと思うのだけどね」
エイアは少し微笑みながらも何だか呆れたと言いたげな表情でこちらを見ていた。まあ得していると思っているのであれば俺の方も何も言うことはあるまい。
「で、結局何しに来たわけ?ただ治療薬のことを聞きに来たわけじゃないんでしょ?」
「ああ、少しルナのことについて聞きたいと思ってな」
「ルナちゃんのこと?何、喧嘩でもしたの?」
そう言うとエイアはニヤニヤと気色の悪い笑顔になって簡易的な椅子を二つどこからともなく取り出した。一つを俺に渡し、もう一つをカウンターの近くに置いてそこに腰かけた。俺もその場の流れで渡された椅子をその場においてそこに座る。
「喧嘩ではない。実は今日から彼女に魔法を教え始めたんだが…」
俺は今日あった出来事を簡潔にエイアに話した。ルナに攻撃魔法を教え始めたこと、攻撃魔法が使えない原因が彼女の心かもしれないこと、そして配慮が足りなかったかもしれないことなどを包み隠さずに伝える。
彼女の元を訪ねたのはこのためで、俺の知らないルナの内面に関する情報を少しでも聞くことが出来ればもしかしたら攻撃魔法を教える際の役に立つのではないかと思ったからである。
一番俺が面識のある人でルナのことをよく知っているといえばエイアだけだったから、こうして相談しに来たという訳だ。
すると聞き終えたエイアはふーんと一言呟いて大きく息をついた。
「オルタナって思ったよりも心配性なのね」
「別に心配というよりかはルナが..」
「はいはい、分かってるわよ。ルナちゃんが攻撃魔法を使えるようになるためにって言いたいんでしょ?それなら心配する必要はないと思うけどね」
何を根拠にそう言えるのか俺には分からなかった。俺が思うにルナの抱えている問題はかなり深く根付いた難しいもののような気がする。
「なぜそう思うんだ?」
「ん~、勘かな」
「はぁ…」
「ねえ、露骨に呆れないでよ。確かにあの子は少し気が弱くて臆病なところは昔からあったわね。だからオルタナの言う通り、攻撃魔法が使えないのが無意識に攻撃するのが怖いと思っているからというのはあり得ると思うわ。でもね、そのことをルナちゃんに伝えたのなら大丈夫なはずよ。あの子ならきっと乗り越えられるわ」
エイアは何の心配もなさそうにそのように言う。ルナのことをよく見てきた彼女がそう言うのだからその可能性が高いのだろうけど、それでも少しそわそわとした気持ちになるのは何故だろうか。
「てか、あんたSSランクの冒険者でしょ?こういう時はどーんと構えてあの子のことを見守ってやりなさいよ」
「…そういうものか?」
「そういうものよ」
何だかルナのことを聞きに来たのに俺が励まされているような気がするんだが。まあとりあえず、エイアのことを素直に信じてみよう。
そうして俺はエイアに礼を言って彼女の店を後にする。まだモヤモヤが完全には晴れていないが、彼女の言う通りどーんと構えておくことにした。
そして次の日、俺がギルドで新聞を読みながら待っていると入り口の方から人影がこちらへと歩いてきたのが横目で見えた。
俺は新聞から視線を外し、俺の元へとやってきた人物へを見る。するとそこには昨日とはどこか違う雰囲気を感じるルナの姿があった。
「オルタナさん、おはようございます!」
「ああ、おはよう」
確かに、これは俺が心配し過ぎだったかもな。
俺はエイアに言われたことを思い出しながらゆっくりと立ち上がる。
「ルナ、調子はどうだ?」
「ばっちりです!今日もご指導よろしくお願いします!!」
エイアの言っていた通り、ルナは自力で乗り越えようとしている。俺もまだまだ未熟だなとそう思った。
そうして俺たちは今日も魔法の練習をするべく昨日の森へと向かった。おそらく彼女がこの壁を乗り越える日はそう遠くないのだろう。
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