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その日のリハーサルが終わったあとだった。
「滉斗、ちょっといい?」
控え室でギターを片付けていた滉斗に、
元貴がふらりと声をかけてきた。
「…あ、うん。なに?」
無邪気な笑顔。
だけど、滉斗の心臓は、ズキンと痛んだ。
「少し、スタジオ戻ろ?」
それだけ言って、
先に歩き出す元貴。
滉斗は、抗えなかった。
スタジオに着くと、
元貴は背後でカチリ、と鍵を閉めた。
その小さな音に、滉斗は一瞬、眉をひそめた。
(……なんで、鍵……?)
不自然だ。
ふたりきりになるだけなら、
わざわざ鍵をかける必要なんて、ない。
胸の奥が、ひやりと冷たくなる。
滉斗は、無意識に一歩、後ずさった。
「……ねぇ、滉斗」
静かな声。
だけど、
その音色には、明らかな異質さが混じっていた。
「涼ちゃんと、なんかあった?」
核心に触れる言葉。
一発で、滉斗の心臓を貫いた。
「…な、なに言って——」
否定しようとした瞬間、
元貴はふっと笑った。
「ねぇ、言い訳とか、嘘とか、いらないからさ」
静かに、でも一歩一歩、滉斗に近づいてくる。
滉斗は後ずさりした。
でも、背中はもう壁にぶつかっていた。
「見たんだよ、全部」
耳元で、甘く囁くように。
「涼ちゃんの顔、滉斗の声、触れ合ってるとこ……」
その囁きが、
滉斗の全身を焼くように這い回った。
「たとえばさぁ……」
元貴は、滉斗の腕をそっと掴み、
そのままゆっくり、滉斗の胸元へ指を這わせる。
「ここ……触られてたよな?」
まるで涼ちゃんの手をなぞるかのように、
元貴の指が、滉斗の胸筋をなぞる。
くすぐったいような、
でもどこかゾクゾクする感触。
「それから……」
今度は、滉斗の首筋にそっと指を這わせる。
「ここも……キス、されてたっけ」
吐息混じりの声で、元貴が囁く。
滉斗の身体は、思わずビクリと震えた。
「……っ、やめろよ」
絞るような声で抗議する。
けれど、元貴は軽く笑っただけだった。
「なに? 涼ちゃんにされるのはよくて、俺にはダメ?」
意地悪く、耳たぶをそっと撫でる。
滉斗は、息を呑むしかできなかった。
「可愛かったなぁ、涼ちゃん。必死で、気持ちよさそうでさぁ」
わざとらしく、元貴は舌なめずりする。
滉斗は、震えながら、拳を握りしめた。
「……ごめん」
絞り出すように、それだけ言った。
でも、元貴はさらに追い打ちをかける。
「謝る相手、俺じゃないよ?」
「——自分自身に、でしょ?」
耳元で、ぞくりとする声。
「『仲間』なのに、『信頼』だったのに、
涼ちゃんを、そういう目で見て、
欲望に負けたんだもんね」
ねっとりと、毒のような言葉を落としながら、
元貴は滉斗の顎をすくい、顔を覗き込んだ。
「最低だね、滉斗」
微笑みながら、
そう囁いた。
滉斗は、ただ、
うつむいて、耐えるしかなかった。
(……俺は、最低だ)
(——でも、涼ちゃんに触れたことだけは、後悔してない)
どこかで、
そんな矛盾した感情が、
心の奥底で渦巻いていた。
元貴は、滉斗のそんな表情を見て、
満足そうに笑った。
「また明日も、頑張ろうね?」
軽い口調で言い残し、
スタジオを出ていく。
残された滉斗は、
壁に背中を預けたまま、
ただ、拳をぎゅっと握りしめた。