テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
満月の光すら届かない、禪院家の薄暗い裏庭。十六歳の直哉は、冷たい縁側に一人座り、自らの拳を凝視していた。
「……なんでや。なんで俺の速さじゃ、あの人に追いつけんのや……」
昼間、甚爾の圧倒的な「力」を見せつけられた。呪力を持たない男に、エリートである自分が child のようにあしらわれた。悔しさと、それ以上の憧憬で胸が張り裂けそうだった。
「おい、ガキ。そんなところでシクシク泣いてっと、呪霊に喰われるぞ」低く掠れた声。驚いて顔を上げると、影の中から甚爾がのっそりと現れた。懐に手を入れ、気怠げに煙草を咥えている。
「泣いてへんわ! …甚爾くん、なんでここに」
「なんとなく。ここは澱んでて、煙草が不味いからな 」
甚爾は直哉の隣に腰掛け、紫煙を夜空に吐き出した。その横顔は、同じ血が流れているとは思えないほど冷徹で、そして酷く孤独に見えた。
「なぁ、甚爾くん」
直哉は、絞り出すように声を震わせた。
「俺、もっと強うなる。禪院家の頂点に立って、あんたを……」
「やめとけ」
甚爾は直哉の言葉を遮り、ふっと自嘲気味に笑った。
「こんな腐った家で上を目指して何になる。俺もお前も、この家に縛られてる時点で、最初から狂ってんだよ」
「甚爾くん……」
その瞳には、直哉への憐れみと、この世界全てへの諦めが宿っていた。現世のしがらみに囚われた二人の距離は、決して交わらない。直哉は、甚爾が遠いどこかへ行ってしまうような恐怖に駆られ、その着物の袖をぎゅっと握りしめた。
「じゃあ……もし、次があるなら」
「あ?」
「もし生まれ変われるんなら、こんな呪いも禪院家もない、普通の場所がええ。そこで、普通の人間として、あんたと……」
直哉の必死な瞳を見つめ返し、甚爾は一瞬だけ驚いたように目を見開いた。だが、すぐに呆れたように息を吐き、直哉の頭に大きな手をぽんと乗せる。
「ハッ、柄にもねぇ。…まぁ、もしそんな退屈な世界があるなら、お前のくだらない話くらい、聞いてやってもいい。……来世でな」それが、甚爾が直哉に見せた最初で最後の、不器用な優しさだった。頭に残る手の温もりだけを置き去りにして、男は夜の闇へと消えていく。届かない現世の恋情を、星空の下にそっと埋めて、直哉はいつか訪れる「来世」をただ祈るように見つめていた。
コメント
1件
めっちゃ切ない…!直哉くんの「追いつけへん」って悔しさと、それ以上に甚爾くんへの憧れが痛いほど伝わってきた😭 最後の頭ポンポン、“来世でな”の不器用な優しさにグッときた…。この重くて美しい距離感、たまらん。続き、めっちゃ気になるよ〜!
#禪院甚爾
欲 。
89
さーもん
48
641
とーにゃん
94