テラーノベル

テラーノベル

テレビCM放送中!!
テラーノベル(Teller Novel)

タイトル、作家名、タグで検索

ストーリーを書く

シェアするシェアする
報告する







夕焼けが校舎を赤黒く染めるころ、音楽室には大森ひとりの音だけが響いていた。

窓の外では運動部の掛け声が遠くで聞こえ、カーテンが風に揺れるたびに影が壁を這う。

ギターの弦を軽く弾くと、音は確かに響くのに、胸のざわつきは少しも消えてくれない。


藤澤はもう部活に顔を出していない。

あの日から、彼の様子は変わった。

笑っていても笑っていない。

話していても、どこか遠くにいるような気がする。


若井も——今日は遅いな。

大森は譜面に視線を落とし、ため息をついた。





「……元貴」





背後から名前を呼ばれ、心臓が跳ねた。

振り返ると、扉のところに若井が立っていた。

その姿に安堵しかけたが、次の瞬間に違和感が走る。





「お、お疲れ。遅かったな」


「……ああ」





返事は短く、声は低い。

笑顔もなく、瞳はまるで深い井戸の底のように暗かった。


大森は無理に笑って話しかける。





「なあ、このコード進行、昨日思いついたんだけどさ……」


「元貴」





その一言で空気が切り裂かれる。

低い声が音楽室の壁に反響し、背筋をぞわりと走った。





「お前さ……俺がいないと、何もできないよな」





言葉の意味を理解する前に、身体が硬直する。

気づけば、背中が壁にぶつかっていた。

ドンッ、と強い音を立てて手が壁を叩きつけられる。

若井——いや、“偽若井”が鋭い視線で大森を見下ろしていた。





「お前の歌が光だって? 笑わせるな」





至近距離で放たれる声は、耳ではなく胸の奥に突き刺さる。





「結局お前は孤独に怯えてる。俺らがいなきゃ何もできない、ただの子供だ」





大森の呼吸が浅くなる。

反論しようとしても喉が乾いて声が出ない。





「……お前、本当に若井なのか」





ようやく絞り出した声に、“偽若井”の口角がゆっくりと吊り上がる。





「さあ、どうだろうな。

少なくとも——本物よりも、お前のことをよく知ってる気がするけどな」





吐息が頬にかかるほどの距離。

その笑みは、温もりを知るはずの顔に貼り付けられた、冷たい仮面のようだった。


その瞬間、廊下の奥から軽い笑い声が響いた。





「おーい、元貴。……怯えてる顔、めっちゃ似合ってるよ」





廊下を見に行くと、そこには藤澤が立っていた。

いや、藤澤の“姿をした何か”だった。

細長い影を背後に引きずり、蛍光灯の下で口角を吊り上げている。





「……涼ちゃん……?」





大森は呟いたが、返ってきたのは薄気味悪い笑みだった。

偽藤澤はゆっくり歩み寄り、指先で自分の頬を撫でながら言った。





「大丈夫。心配ないよ。俺たち、ずっと一緒にいてあげるよ。

だって元貴……ひとりになるの、嫌だろ?」


「違う……お前らは……!」





大森は叫ぼうとするが、声が震えて喉の奥で詰まる。

偽若井がさらに圧をかける。





「なぁ、選べよ。

本物が鏡の中で泣いてるのを見捨てて、偽物と過ごすか……

それとも、偽物に喰われて終わるか」


「ほら。どっちに流れる?」


「っ……やめろ……!」




蛍光灯が一つ、また一つと消え、廊下が暗闇に包まれていく。

足元の影が不自然に長く伸び、二人の影と絡み合って、大森の足を縛るように見えた。




「怖いなぁ、元貴」





偽藤澤が囁く。

二人の笑い声が重なり、耳の奥をひりつかせる。

大森は震える手で壁を押さえ、深く息を吸った。



気づけば、全身汗で濡れていた。

はっと我に返ると、目の前には誰もいない。

ただ暗い廊下が続くだけだった。








その夜、夢を見た。

暗闇の中に、見覚えのある二つの影が立っている。




「……元貴」





声が震えている。





「助けて……!」





手を伸ばしても、その指先は遠く、靄に包まれて届かない。





「ここは冷たい……息ができない……」





藤澤の声が、必死に空気を掻きむしるように響いた。





「おい元貴! 頼む……ここから出してくれ!」





若井の声も続く。

かすれているが、確かに本物の若井の声だった。

その叫びは、夢だと分かっていても胸を引き裂くほど生々しかった。


大森は涙を浮かべながら手を伸ばすが、二人の姿は霧の奥に引きずり込まれるように消えていった。







目を覚ますと、布団の中で心臓が激しく脈打っていた。

窓の外はまだ夜の闇に沈んでいる。

息を整えながら天井を見つめ、大森は震える唇で呟いた。





「……俺が、助けなきゃ」





旧校舎の鏡に、本物の二人が囚われている。

笑っていたのは偽物だ。

冷たい眼差しで突き放す彼らは、本当の仲間じゃない。

その確信が胸に宿った。


孤独に押し潰されそうな夜。

けれど、その孤独こそが大森を動かす力となっていた。

——必ず、あの鏡の奥から二人を取り戻す。








🍏mga🍏短編集🍏#2

作品ページ作品ページ
次の話を読む

この作品はいかがでしたか?

120

コメント

5

ユーザー

おおー!!大森くんは2人を助けられるかな?大森くんはどうやるんだろう•́ω•̀)?

ユーザー

おぉ…! いよいよもっくんが2人を助けに行くんですね!もっくん流石! この作品を知ってからというもの、読めば読むほど作品の世界観に完全に入り込んでしまい、今では作品更新通知が楽しみになってしまったくらいです…! 2人を助けに行く覚悟を決めたもっくんのこと、私も応援しております! 次のお話も楽しみにしております!

チャット小説はテラーノベルアプリをインストール
テラーノベルのスクリーンショット
テラーノベル

電車の中でも寝る前のベッドの中でもサクサク快適に。
もっと読みたい!がどんどんみつかる。
「読んで」「書いて」毎日が楽しくなる小説アプリをダウンロードしよう。

Apple StoreGoogle Play Store
本棚

ホーム

本棚

検索

ストーリーを書く
本棚

通知

本棚

本棚