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~a×s~「レンタル彼氏、想定外につき。」
Side佐久間
俺の名前は佐久間。
関東にある私立大学の三回生で、専攻は国際文化学。趣味はアニメとアニメとアニメ。自分で言うのもなんだけど、人と話すのはけっこう得意な方だと思うし、笑うことも好きな性格だ。
……まあ、そんな自己紹介はこの辺にしておこう。
今の俺はというと、渋谷のカフェの前で、スマホを握ったまま立ち尽くしてる。
周りを行き交う人たちの視線がちょっとだけ気になる。でもそれ以上に、胸の奥がざわざわして、心臓の音がやたらと大きく響いてる。
こんなに緊張するなんて、自分でも想像してなかった。
――だって今日、俺は”人生初のレンタル彼女”を頼んだんだ。
……うん、分かってる。聞こえ方はちょっとアレだよね。
だから、少しだけ言い訳させてほしい。
まず、俺は別にモテないわけじゃない。
女の子と普通に話すし、愛想も悪くないって言われるし、恋愛の話題も避けるタイプじゃない。
ただ、それでも――付き合った経験が、一度もない。
いわゆる、「彼女いない歴=年齢」。20年と少し、誰かと付き合うことなく、一人で過ごしてきた。
恋をしたことがなかったわけじゃない。
心から「この人、好きかもしれない」と思った人もいた。
でも、いざ想いを伝えようとすると、ふと頭をよぎるんだ。
「この関係が壊れたらどうしよう」
「振られたら、次どう接したらいいのか分からなくなるよな」って。
考えすぎて、結局最後の一歩がどうしても踏み出せなかった。
俺、初めて付き合う人だけは、絶対に後悔したくないんだ。
妥協したくない。焦りたくない。
それは、たぶん子どもの頃からの”こだわり”なんだと思う。
「とにかく彼女を作ればいい」って考え方には、どうしても馴染めなかった。
ちゃんと好きになって、ちゃんと向き合って、ちゃんと大切にしたい。
そう思っていたら、いつの間にか20年が過ぎていた。
そんなある日。
大学の講義が終わって、たまたま学食で一緒になった友達と、なんとなく恋バナになったときのこと。
「初デートってさ、けっこう難しいよね。俺、一回”練習”したよ」
「練習?」
「レンタル彼女、頼んだの。マジで勉強になる。会話のテンポとか、歩く距離感とか、支払いのタイミングとか……。本番の前に一度体験しとくと、すごく違うよ」
その言葉を聞いて、頭を殴られたような気がした。
“練習”――そんな発想、今まで一度も浮かばなかった。
俺はずっと、「デートっていうのは恋人ができてからするもの」だと思ってた。
でもよく考えたら、恋愛に正解なんてない。
経験ゼロのまま本番に突入して、うまくいく保証なんて、あるはずもない。
むしろ、大切にしたいと思ってるからこそ――
事前に準備しておくのは、誠実なことなんじゃないか。
そんな風に考えて、俺は決めた。
これは”練習”なんだって。
そう思えば、ほんの少しだけ、気持ちが楽になった気がした。
……だけど、やっぱり今は、めちゃくちゃ緊張してる。
スマホの画面を開いては、待ち合わせの場所と時間を何度も確認する。
(大丈夫、これはただの練習。ただの、練習なんだから)
そう自分に言い聞かせながら、大きく深呼吸をする。
もちろん、今日のために服もちゃんと選んできた。
清潔感重視で、白いシャツにネイビーのジャケット。
髪は前日に美容室で整えてもらったし、首元にはほんのり香る柑橘系のフレグランス。
そして、足元には頑張って奮発した、真新しい白のスニーカー。
できる限りの準備はしたつもりだった。
……なのに、なんでこんなに心臓がうるさいんだろう。
まだ見ぬ”彼女役”のその人が、どんな人なのかも知らない。
でも、きっと――この体験が、俺の中の何かを少し変えてくれる気がした。
そう願いながら、もう一度スマホを見つめた。
(練習でもいい。今日の時間を、ちゃんと大事にしよう)
だって、相手は”プロの彼女”なんだ。
しかも、ただのプロじゃない。――経験も魅力も、俺とは比べものにならないくらい持ってる人だ。
会話の流れ、歩くときの距離感、自然な目線の動かし方や、座るときのちょっとした仕草――
全部が試されるような気がして、気づけば肩に変に力が入っていた。
それに、事前に見たプロフィール写真が、本当に綺麗な人で。
明るくて優しそうな笑顔に、どこか品のある雰囲気。
たとえそれが”演出”だとしても、俺には十分まぶしく見えた。
(……大丈夫かな、俺。ちゃんと”恋人のフリ”、できるかな……)
期待と不安がぐるぐると胸の中を回って、息をするたびに落ち着かなくなる。
それでも、これは”練習”なんだと、自分に言い聞かせながら、何度も心の中で深呼吸した。
“今日は、大事な一歩の日だ”
そう思って、できる準備は全部してきた。
そのとき、ポケットの中のスマホが、小さく一度だけ震えた。
「もうすぐ到着します。楽しみにしててください♪」
表示されたメッセージの最後には、小さなクマの絵文字がひとつ。
それだけで、なぜか心拍数がぐっと上がる。
たかが絵文字、されど絵文字。こんなにも緊張するなんて、自分でも予想していなかった。
(……緊張、ピークかも……)
気がつけば、カフェ前のベンチに座ってから、すでに三十分近くが経っていた。
最初の十分くらいは、まだ心にも余裕があった。
「まあ、準備にも時間かかるよな」って、自分に言い聞かせながら、スマホを確認したり、周囲を気にしたりしながら時間をやり過ごしていた。
でも、十五分が過ぎたあたりから、だんだんと胸の中にざわざわとした違和感が広がり始める。
(もしかして、待ち合わせ場所……間違えた?)
慌てて予約時のメールを開いて、場所と時間を何度も見直した。
でも、合ってる。間違ってなんていない。
服装も整えて、髪も美容室でセットしてきた。
今日のために、できる限りのことはしてきた。
それなのに、肝心の”彼女”が、まだ来ない。
二十分が過ぎると、頭の中にふと最悪の可能性がよぎった。
(もしかして……放置されてる?)
いや、そんなはずない――と思いたい自分と、
ありえるかもしれないと囁く自分が、心の中でせめぎ合う。
「お客様のご希望内容が特殊すぎたため、対応を見送らせていただきました」
――そんな冷たい文面が、後から届くんじゃないかって。
くだらない妄想が止まらなくて、スマホを握る指に力がこもる。
たしかに、俺はリクエスト欄にこう書いた。
「はじめての恋人になってくれる方、希望です」
……重すぎたかもしれない。
真剣すぎて、引かれたかもしれない。
でも、それでも――
プロなら、もし断るにしても、何かしらの連絡があるはずだ。
無言で来ないなんてこと、あるはずがない。
だからこれはきっと、何か事情があるだけ……。
そう、信じようとしたそのときだった。
スマホの画面をぼんやりと見つめていた俺の横で、ふいに声がした。
「すみません……あの、もしかして……佐久間さん、ですか?」
柔らかくて、けれど芯のある声だった。
思わずハッとして顔を上げる。
「えっ?」
そして、俺の目の前に立っていたのは――
……男性だった。
一瞬、思考が追いつかず、ただただその人を見つめてしまう。
端正な顔立ちに、落ち着いた雰囲気。
紺のシャツに、黒のスラックス。
飾りすぎないけれど、どこか丁寧な身なりと清潔感。
この人が……俺の、”レンタル彼女”?
いや――”彼女”じゃない。
(……男性?……)
喉の奥がきゅっとなって、言葉がうまく出てこなかった。
けれど彼は、穏やかに笑って、こう言った。
「遅くなってごめんね。今日、佐久間さんとご一緒させていただくことになった、亮平です」
その瞬間、胸の奥にあったざわめきが、別の意味で一気に波立ち始めた――
しかも、その人は――息を呑むほど整っていた。
高身長で、光を吸い込むような艶のある黒髪。
上品なグレーのシャツに、落ち着いた空気を纏った佇まい。
目元はどこか鋭いのに、不思議と柔らかさを感じさせて、肌は驚くほど綺麗で、何より――声が、とても、優しかった。
でも。
でも、だけど――
……男性だった。
思考が追いつかない。
けれど目の前のその人は、確かに俺の名前を呼んだ。
(えっ……うそ……?)
(”レンタル彼女”って、そういう意味じゃ……ないよね?)
完璧な身だしなみ。丁寧な所作。落ち着いた雰囲気。
“恋人役”として非の打ちどころがない……はずなのに、決定的にひとつ、俺の想定と違っていた。
これは――完全に、予想外の展開だった。
「え、えっと……すみません、どなたですか?」
咄嗟に立ち上がりながら、戸惑いを隠すように笑みを浮かべて尋ねる。
すると、目の前の男性は、ふわりと微笑み、丁寧に一礼した。
「本日、レンタルのご依頼を受けた者で亮平と申します」
「…………え?」
「サイトのプロフィールでは別名で登録しているのですが、ご予約の確認画面には”亮平”と出ているかと思います。今日は、よろしくお願いします」
その言葉を聞いた瞬間、頭の中に「ん?」というノイズが走る。
慌ててスマホを取り出して、予約ページを開く。
たしかに――”担当:亮平さん”と表示されている。
でも、まさか。
そんなはず、ない。
目が、疲れてるだけじゃないか――そんな希望的観測を抱きながら、ページをスクロールしていく。
……性別:男性
(………………えっ………………⁉)
一瞬、視界がぐらりと傾いた気がした。
「いやいやいやいやいや! え、ちょ、なんで!?」
裏返った声が通りすがりの視線を集める。
やめてほしい、こんなときに人の注目なんて。
「俺、今日”レンタル彼女”を予約したんですよ!? 女の人と、デートの練習がしたくて……!」
焦り混じりにそう言うと、亮平さんは落ち着いた声で、申し訳なさそうに答えた。
「お気持ち、わかります。実は、わりとあるんです。『レンタル彼女』と『レンタル彼氏』、同じサイト内に掲載されていて……。予約時に性別を見落としてしまう方、けっこういらっしゃるんですよ」
誠実で、穏やかで。
説明の仕方も丁寧で、嫌味のひとつもない。
……だけど、正直、まったく頭に入ってこなかった。
「え、えっ……? 俺……女の子とデートするつもりだったんですけど……っ」
思わずその場で頭を抱える。
現実が、ぐにゃりと歪む。
まるで床が抜けたみたいに、足元がふらつきそうになる。
(……なにこの状況……? 人生初のデート練習のつもりだったのに……? え、相手が男って……どこでどう間違ったんだ、俺……?)
そして、声にならない声でつぶやくように訊ねてしまった。
「あの……つまり俺、”彼女”じゃなくて、”彼氏”を……レンタルしちゃったってこと……ですか?」
その瞬間、亮平さんが静かに頷いた。
「はい、そういうことになります。でも……ご希望があれば、最後までしっかり”彼氏”役を務めますので」
亮平さんの優しいまなざしが、まっすぐにこちらを見ていた。
その瞳の奥に、からかいも、笑いも、一切なかった――
その笑顔が、爽やかすぎるくらい爽やかで――それが今の俺には、逆につらかった。
「……俺、ついに性別まで間違えるようになったんだ……これもう、デート云々どころか、人としてのスタートラインにも立ててない気がする……」
自嘲気味にこぼれた言葉が、自分で思っていた以上にリアルで、
そして、情けなかった。
その場に崩れ落ちそうになるのを、必死でこらえる。
「大丈夫ですよ」
ふいに届いた声は、風に触れたときのように静かで、優しかった。
顔を上げると、亮平さんは変わらず穏やかに、まっすぐに俺の目を見ていた。
そのまなざしは、不思議なほどあたたかくて――
ほんの少しだけ、この”人生最大の間違い”が、笑って済ませられることのように思えてきた。
亮平さんはそのまま、静かに口を開いた。
「練習相手ってことなら、俺、けっこう慣れてるから。もしよかったら、今日だけでも付き合ってくれないかな。”一日限定の彼女役”として」
「……いや、”彼女役”って、男ですよね……?」
「うん、男。でも、案外勉強になると思いますよ?」
淡々と、それでもどこか柔らかく。
その言い方が妙に自然で、俺の戸惑いをさらに深める。
いや、混乱というより、これは――戸惑いだ。
普通なら、ここで冗談のひとつくらい言ってもおかしくないのに。
亮平さんは、俺の動揺を一切笑わなかった。
からかいもせず、ただまっすぐに俺の答えを待ってくれている。
その余裕と、優しさが――なんだか、ずるかった。
(……どうすればいいんだろう)
俺の”初めてのデート練習”は、女の子とじゃなくて――
まさかの、”やたら男前な彼女役”と始まることになりそうだった。
俺の恋愛人生、本当に大丈夫か。
いや、もうスタートラインすら見えなくなってきた気がする。
「……ええい、もうこうなったら」
思わず、ベンチの上で膝に置いた手をぎゅっと握りしめた。
まだ少しだけ気持ちはざわついているけど、現実は変わらない。
“彼女”は来なかった――いや、正しくは”俺が彼氏を呼んでしまった”んだけど。
でも、そもそも今日の目的は”デートの練習”だった。
だったら、相手が男性でも……成立、するのかもしれない。たぶん。
いや、正直、よく分からないけど。
そんなふうに自分に言い聞かせながら、小さくため息をついたとき。
すぐ隣から、ふわりとした声が届いた。
「……ってことは、今日はデートしてくれるってことで大丈夫?」
「……はい。すみません、完全に俺の手違いなんですけど……せっかく来てくれたし、勉強だと思って。お願いします」
俺が立ち上がって、ぺこりと深く頭を下げると、
亮平さんはふっと、柔らかく笑った。
「じゃあ、呼び方どうしますか?」
「呼び方?」
「うん。俺のこと、なんて呼ぶ? 本名でもあだ名でもいいよ。せっかくのデートだし、ちょっと砕けた感じの方が雰囲気出るかも」
「ああ……なるほど」
少しだけ考えて、それから、どこか勢いに任せるように言ってみた。
「うーん……じゃあ、”阿部ちゃん”とか……?」
口に出した瞬間、自分の声が少しだけ小さくなったのがわかった。
ほんの少し、恥ずかしかった。
けれど、阿部ちゃんは――にこっと、嬉しそうに笑った。
その笑顔が、思っていたよりもずっと自然で、
ほんの少しだけ、俺の胸のざわつきを、ほどいてくれた気がした。
その笑顔が、思っていた以上に、優しかった。
人懐っこいというより――”安心感がある”。
そんな印象だった。
「ふふっ、いいね。それ、気に入った。じゃあ、阿部ちゃんって呼んでくれる?」
そう言ったときの阿部ちゃんは、本当に自然で、まるで前からそう呼ばれていたかのようだった。
その声にも、表情にも、いっさいの迷いがなくて。
俺は思わず視線を逸らしてしまいそうになった。
「それとね」
阿部ちゃんがやわらかい声で、ふいに続けた。
「今からは、敬語禁止。いい? 大介」
「……っ!」
心臓が跳ねた。
ただ名前を呼ばれただけなのに、どうしてこんなにドキッとするんだろう。
戸惑いと、ほんの少しのくすぐったさが胸の奥をくすぐる。
名前――
しかも、あまりにも自然に、まるでずっとそう呼んできたみたいに。
「……あ、あの、それ……急に言われると、ちょっと驚くっていうか……」
慌ててそう返すと、亮平はふっと笑った。
まるで悪戯を仕掛けたあとの子どもみたいな、いたずらっぽい笑みだった。
「だって、俺、”彼女役”でしょ? 他人行儀だと、練習にならないでしょ」
そう言って、亮平がふわっと顔を近づけてきた。
……近い。
目、綺麗すぎる。
まつ毛、長……。
(な、なんで俺、男相手にこんなドキドキしなきゃなんないんだ……)
「ほら、力抜いて。大丈夫。俺、案外頼れるから」
そう言いながら、亮平は自然な仕草で俺の手を取った。
「――じゃあ、デートね」
「……えっ、ちょ、待っ――」
気づけば、手を握られていた。
優しく、でもしっかりと包まれるような、あたたかい手だった。
「え、え、ちょっと待って。手、繋ぐの……!?」
「うん。だってデートだよ? 普通でしょ?」
「え、いや、普通か!? 男同士で!? これって普通なの……!?」
「”彼女役”なんだから、いいでしょ? それとも……嫌?」
「……いや、嫌ってわけじゃ……いや、そうじゃなくて……」
もう、自分でも何を言っているのか分からなくなっていた。
動揺が全身を駆け抜けて、言葉は空回りしていく。
どうしてこんなに自然体で、どうしてこんなに柔らかくて、
そして、どうして俺はこんなに――彼のペースに巻き込まれてるんだろう。
でも――
(……あったかい)
亮平の手のぬくもりが、じわじわと指先から伝わってくる。
その感触が、心のどこかをゆっくりほぐしていくようだった。
(……なんか、本当に……デートしてるみたいだ)
顔が熱くなるのをごまかすように、俺はそっと繋がれたままの手に目を落とした。
その先にあるのは、どこか遠慮のない、でもとても優しい笑顔。
「大介の、行きたいところある?」
手を繋いだまま歩き出してから、数分。
亮平が俺の顔を見上げるようにして、やわらかく問いかけてくる。
声も、表情も、あまりに自然で。
まるでずっと一緒にいた恋人みたいに、俺の気持ちを当然のように優先しようとしてくれている。
「え……いや、特には……」
口にした瞬間、自分でも「しまった」と思った。
(うそだろ……今日の目的、”デートの練習”だったのに……)
本当は、女の子と歩くつもりだった。
だから、それっぽい雰囲気の待ち合わせ場所だけは、頑張って選んだ。
でも――逆に言えば、それしか準備していなかった。
(しまった……なんで俺、コースを考えてなかったんだ……)
冷や汗が背中を伝う。
プロ相手との練習だっていうのに、いきなり自分の準備不足が露呈してしまった気がして。
今日のために、服も整えて、髪も整えて、靴まで新調した。
けれど――”行き先”という、デートにおけるいちばん大事な部分を、完全に忘れていた。
(……うそだろ、俺の脳、どうかしてる……)
デートって、服装や髪型よりも先に、「どこに行くか」なんじゃないか。
どこで食べて、何をして、どんな時間を過ごすか。
それを考えてこそ、「今日は楽しかった」って思ってもらえるんじゃないのか。
(……もし、これが本物の彼女との初デートだったら……俺、完全にアウトだよな……)
頭の中で、まだ存在しない”未来の彼女”と”未来の自分”が、白熱した初デート反省会を始めていた。
『え、ノープランだったの? 本気で言ってる?』
『いや、違うんだ、そういうつもりじゃ……』
『初デートでそれって、今後が思いやられるよね』
(うわああああ!! 未来の俺、しっかりしてくれえええ!!)
――そんな情けない内心を抱えたまま、俺は、隣の”彼女役”をつとめる彼の手を、ただ握られていた。
そんなふうに、ひとりで脳内会議を展開していると――
隣からふっと、やわらかくて心地よい声が降ってきた。
「……じゃあ、俺の好きな場所でもいい?」
「え?」
思わず顔を向けると、阿部ちゃんが少し照れたように、それでいてどこか自信を秘めた眼差しでこちらを見ていた。
「大介が気に入ってくれたら、嬉しいなって思って」
まっすぐで、誠実で、冗談なんかじゃないってすぐに伝わる目だった。
その視線に、俺は一瞬で言葉を失いそうになる。
(……なに、この人……プロって、こんなふうに自然に心をほどくものなの……?)
冷静になろうと頭の中で再確認する。
ほんのさっきまで、俺は”女の子とのデート練習”をするつもりだったはずなのに、
今の俺は、男に手を引かれて、しかも優しく導かれている。
(しかも、全然イヤじゃないって……どういうこと……)
“彼氏”という言葉の印象が、少しずつ、でも確実に塗り替えられていく。
そして、その変化が――なぜか、嫌じゃなかった。
「……うん、任せるよ」
少し情けないような気もしたけれど、素直にそう言えた。
“男同士”という違和感が、気づけばほとんど消えていて。
むしろ、「この人に任せておけば、きっといい時間になる」――そんな気さえしていた。
「よかった。じゃあ、ちょっと歩くけど、ついてきてね」
阿部ちゃんはふわっと微笑んで、繋いでいた手に少しだけ力を込めた。
その指先の温かさが、静かに伝わってくる。
まるで、大切な何かをそっと包むような、やさしい体温。
(……今、心臓が……跳ねた……?)
いやいや、気のせいだ。
男相手にドキドキなんて、するはずがない。
だって俺は、今日は”練習”のつもりでここに来たんだから。
――でも。
(……あるんだよな、これが……!)
思わず視線を落として、繋がれたままの手をじっと見つめる。
そして、照れ隠しのように、小さく笑ってごまかした。
何も考えてこなかった。プランもなかった。
それなのに、今こうして胸が高鳴ってるなんて。
今日の俺は、たぶん想像以上にポンコツだけど――
それでも、”少しだけ楽しみ”だと思っている自分が、確かにここにいた。
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作者名「木結」(雪だるまアイコン)でご検索ください。
※おまけ小説(18歳以上推奨)も収録しております。
閲覧の際は、年齢とご体調に応じてご自身のご判断でご覧ください。
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