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 急ぎ馬車の向かった先は、ネストの屋敷。

 結局ここに来るんかい!? と心の中で盛大にツッコミを入れる。

 出迎えてくれたのはセバスと屋敷の使用人たち。懐かしい顔ぶれだ。特にセバスは涙を流し、俺との再会を喜んでくれた。


「九条様に会えて、私は……わたしはぁぁぁー……」


 リアクションがデカイのは相変わらずだ。確か最後に会ったのは|曝涼《ばくりょう》式典の前だったはず。

 あの時はもう会えないと思っていたから、感慨もひとしおだろう。

 両手で硬い握手を交わしていると、後から来たミアにも握手を求めるセバス。


「ミア様もお元気そうで何よりでございます。そしてカガリ様と……ひぃ!!」


 カガリまでは良かった。しかしその後ろからぞろぞろと出て来る魔獣たちを見て、セバスは立ったまま気絶した。


「はぁ……。ひとまずセバスは放っておいて、他の獣たちは庭から出ないようにだけしてくれれば自由にしてて。狭い馬車よりはいいでしょ?」


 ネストがそう言うや否や、後続の馬車からぞろぞろと飛び出して来る獣たち。

 それに驚きを隠せない使用人たちではあったが、大きな芝生の庭に寝転ぶ獣たちを見て、恍惚にも似た表情を浮かべていた。


 屋敷の中をズカズカと進んで行くネスト。正面の階段を昇り、バルザックの肖像画が見えてくる。

 肖像画なので当たり前なのだが、やはり本人とそっくりだ。

 そのまま黙ってついて行くと、ネストは客間だろう部屋の扉を開けた。


「遅いわよネスト! どこ行ってたの!?」


 部屋の中から飛んで来たのは女性の声。


「ごめんなさい、ケシュア。でも、ちゃんと助っ人を見つけて来たわよ?」


 椅子に足を組み、偉そうに腰掛けているケシュアと呼ばれた女性は、テーブルに置いてあった湯気の立っていないコーヒーを口に入れると、冷たい目でネストを一瞥した。


「使えない助っ人だったら承知しないわよ?」


 そして、そこにいたのはもう一人。ケシュアの対面に座る男性。バイスだ。

 俺がネストの後から部屋へ入ると、それに気付いたバイスは立ち上がり、表情が明るくなった。


「九条! 九条じゃねーか! お前が来てくれるなら百人力だ!」


「お久しぶりです。バイスさん」


 話の内容はさっぱりだが、とりあえず挨拶は大事だ。

 ミアと共にバイスと握手を交わし、お互いの近況等話し合っていると、ケシュアは何かに気が付き、口に含んでいたコーヒーを盛大に吹いた。


「ぶふぅーー!」


「おい、きたねぇぞケシュア!」


 バイスの文句にまるで反応を見せないケシュア。その視線は、俺の胸元から微動だにしない。


「ぷ……プラチナプレートぉぉぉぉぉ!?」


 ネストはそれを見越したように胸を張ると、自慢げに俺を紹介した。


「そう、彼はプラチナプレートの九条。クラスは|死霊術師《ネクロマンサー》。どう? 凄いでしょ?」


「どうも……九条です……」


 軽く頭を下げ、自己紹介をするも、ケシュアはただ口を開けっ放しにして、茫然と立ち尽くしているだけ。


「えーっと……」


「オホン。彼女はケシュア。クラスは|樹術師《ドルイド》。ゴールドの……まあ、それはプレートを見ればわかるわよね」


 ネストから紹介されたケシュアは、エルフと呼ばれている種族。長命種で人間より長く生きることで有名である。

 実際の歳は定かではないが、見た目では十七、八歳。身長は百五十センチ位だろうか……ミアよりは高いが俺たちよりは全然低い。

 エルフ種特有の白い肌に長い耳。ブロンドの髪を後ろで二つに分けていて、上半身はケープのような物を羽織りへそ出し。下はロングのスカンツといった出で立ち。大体が地味な色で揃えている。

 可愛いというより素朴な感じ。掛けている眼鏡は知的で、フィールドワークを得意とする学者のようなイメージを彷彿とさせる。


 |樹術師《ドルイド》とは自然を利用する魔法を得意とするクラス。主に樹術や天術と呼ばれているものだ。適性が高ければ植物と心を通わせることも可能なのだそう。

 ケシュアは、森の賢者と言われるほど優秀な|樹術師《ドルイド》だった。


「まあ、それはわかりました。……それで、俺がここに呼ばれた理由はなんなんです?」


「ん? ネストから聞かされてないのか?」


「ええ、何も……」


「ネスト……お前、無理矢理連れて来たのかよ……」


「しょうがないじゃない! 時間もなかったし、連れて来てから決めてもらおうと思ったの! ご飯もまだみたいだったし……」


 ネストは悪びれる様子もなく、わざとらしく髪を掻き上げる。そして俺の方をチラチラと確認するように視線を泳がせたのだ。


 これは、何か面倒くさいやつを押し付けられる流れだと俺の経験が警報を鳴らしていた。

 何か、適当な理由をつけて帰らなければ……。


「丁度いいじゃない。あなた達も食べて行きなさいよ。どうせ泊まるんでしょ? 私は厨房で増えた分の食事を頼んでくるから」


 そう言うとネストは踵を返し、一目散に廊下を駆けて行った。


「あいつ……逃げやがったな……」


「ははは……」


 って、笑ってる場合じゃない。なんとか穏便に帰る方法を探らなければ……。

 何か上手い口実はないかと唸っていると、ミアも一緒に唸り出す。

 俺の表情を見て悟ったのだろう。このままではおいしいご飯を逃してしまうと。


「プラチナは正直驚いたけど、所詮は|死霊術師《ネクロマンサー》。戦闘の役に立つの?」


 品定めでもするかのように、ねちっこい視線を向けてくるケシュア。

 明らかな挑発ではあるが、それに乗る気はまったくない。張り合った結果、腕試し――なんて事になったら目も当てられない。


 バイスとネストは、死霊術の本当の恐ろしさを知っている。しかし、それを公言することは出来ない。

 |曝涼《ばくりょう》式典での事が明るみに出てしまえば、俺だけではなく派閥にも責任は及ぶはず。

 王宮側に被害はなかったが、だからと言ってそれが許されるかは別問題。第四王女を叩くには絶好の不祥事。

 ならば、ネストとバイスはそうならないよう立ち回るはず。役立たずを演じておけば、それでこの場は丸く収まるはずである。


「そうなんですよ。死霊術なんて何の役にも立ちませんし、限定的過ぎてあまり力にはなれないかと……」


 ケシュアに無能の烙印を押され、一緒には組みたくないと思わせる事が出来れば、余計な波風を立てずお暇することができる。


 しかし、この一言でバイスは俺の魂胆に気付いた様子。

 焦燥感を漂わせるも、死霊術の何たるかは口に出来ない。それ抜きでは、ケシュアの説得は難しいだろう。


「そんなことないよ! お兄ちゃんは強いもん!」


 そんなバイスに助け舟を出したのはミアである。意外な伏兵にケシュアは目を丸くする。


「誰?」


「お兄ちゃんの担当のミアです! よろしく!」


 怒りながらも挨拶は欠かさない。ミアの考えが手に取るようにわかる。

 その膨れた頬。俺をバカにしたケシュアに腹を立てている――といったところか……。

 ありがたいことではあるのだが、今は自重してほしい。


「そうだぞ? 九条は強い。それは俺が保証しよう」


 ほれみろ。バイスが便乗したじゃないか……。


「ふーん……具体的にどう強いの? 死霊術適性でパーティ組んでる人なんて見たことないけど?」


 言いたいけど言えない――そんなやるせなさにやきもきするミアと、ハラハラする俺。

 ポロリと秘密を漏らしてしまいそうで、気が気ではない。 


「お、お兄ちゃんは、鈍器の適性も持ってるもん!」


「へぇ……ハイブリッドなんだ。でもハイブリッドって物理も魔法も中途半端って感じじゃない?」


「むぅ……ホントに強いの!!」


 ミアの語彙力ではここまでが限界の様子。だが、ここで起死回生の一打を放ったのはバイスだ。


「まあ、待てケシュア。これ以上雰囲気を悪くするならパーティを抜けてもらうぞ?」


 その一言に血相を変え、机を叩きつけるケシュア。


「はぁ!? なんでよ! 私の方が先でしょ!? バイスは私よりこの|死霊術師《ネクロマンサー》を取るっていうの!?」


「うん」


「――ッ!?」


 即答するバイスに、プライドを傷付けられたのかケシュアは怒り心頭。その矛先は、当然俺だ。


「九条! 私と勝負よ! 勝った方がパーティに残留する。いいわね?」


「嫌です」


 俺の負けでいいので、さっさと村に帰りたい。それがケシュアには余裕に見えたのだろう。


「プラチナだからって私を侮ると痛い目見るよ!?」


「おいケシュア、マジでやるのか? お前と九条が戦ったら負けるのは確実にお前だぞ?」


 ロイドの時もそうだったが、バイスはわざと煽っているんじゃないだろうか?


「へぇ。バイス、言ったね? プラチナと戦える機会なんて滅多にないからね。本気で行くよ? あんたに勝って名を上げる! 後悔させてやるんだから!!」


 ケシュアは、テーブルに立て掛けていた自分の身長ほどもある大きな樫の杖を掴み取ると、クルクルと回しその先端をビシッと俺へと向けた。

 その表情から、本気なのだという決意が見て取れる。


 ならば受けて立とうじゃないか。そしてわざと負ければいいのだ。これ以上ない完璧なプランである。

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