テラーノベル
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プラチナとは言え所詮は|死霊術師《ネクロマンサー》。禁呪を使わずに戦えば、俺が一方的に負けても違和感はない。
しかし、そんな考えとは裏腹に、ケシュアは俺に杖を向けたまま、凍り付いたかのように身動きが取れなくなっていた。
それは瞬きをするほどの一瞬だった。部屋の外で待機していた魔獣たちが、俺へと向けられた殺気を感知しケシュアを取り囲んだのである。
「主、大丈夫ですか?」
「この人間……九条殿に殺気を向けたこと、後悔させてやる」
「コイツなかなか美味そうだ……」
「どうします九条殿? 処しますか?」
四方を魔獣に囲まれ、指一本動かすことが出来ないケシュア。それは正に蛇に睨まれた蛙だ。
相手の吐息が感じられるほどの至近距離。臨戦態勢の魔獣たちからケシュアに向けられる殺気。足はガクガクと震え、興奮して真っ赤だったケシュアの顔は血の気も引き、今や真逆の顔面蒼白である。
「待て待て待て! 急に出て来るんじゃない。ケシュアさんもビックリしてるじゃないか」
俺を心配し出て来てくれたのはありがたい。ありがたいのだが、これではわざと負けるという計画が台無しだ。
そんな状況に、バイスとミアは満面の笑顔。
バイスなんて、カガリ以外の魔獣は初対面であるにも拘らずだ。流石だと言わざるを得ない。
「なんだ九条。ちょっと見ない間にお友達が増えたのか?」
「え、ええ。紹介しようとは思っていたんですが、なかなかタイミングが掴めなくて……」
ケシュアを睨むのを止めた四匹の魔獣は、俺の横に綺麗に並ぶ。
「カガリ――は知ってますよね。その隣から白狐、ワダツミ、コクセイです」
「ちょ、ちょっとどういうこと!? |死霊術師《ネクロマンサー》なんでしょ!?」
魔獣たちの威圧から解放され、緊張の糸が解けたケシュアは当然の疑問をぶつける。
「九条は|魔獣使い《ビーストマスター》の適性もあるもんな?」
「|魔獣使い《ビーストマスター》!? じゃぁ、なんでそっちでクラス登録してないの!?」
もっともである。クラスとは、ギルドに登録されている適性から呼ばれる名称のことだ。
俺は|死霊術師《ネクロマンサー》。ネストは|魔術師《ウィザード》。適性のまま呼ばれることも多いが、組み合わせで名称が付けられる場合もある。
通常、近接物理適性であれば纏めて|戦士《ファイター》と呼ばれるが、そこに盾適性が加わると重戦士《ファランクス》と呼ばれる。バイスがそうだ。
他にも弓適性と狩猟適性で|狩人《レンジャー》、短剣適性と隠密適性で|密偵《ローグ》などだ。
初めてパーティを組むのに、その人の得意としている適性がわかりやすいように――という配慮でもあるのだ。
俺がプラチナプレートになった時、|魔獣使い《ビーストマスター》の適性を確認したが、新規登録ではなくプレートの再発行を選んだ。故に、ソフィアが初回登録した|死霊術師《ネクロマンサー》を、そのまま継続して使っている状態――ということになる。
死霊術は戦闘には向かない適性。冒険者の間では、そういう認識で定着していて、|死霊術師《ネクロマンサー》と|魔獣使い《ビーストマスター》。パーティの組みやすさや相手に与える印象を考えると、どちらをメインに据えるかは言わずともわかるだろう。
「ま、まぁ色々あったんだよな、九条?」
「ええ……まあ……」
バイスのフォローに相槌を打つも、ケシュアは信じられないといった目を向けていた。
そして廊下から複数人の足音が聞こえてくると、ネストが新たな仲間を引き連れ戻って来た。
「あんた達何してんの? ちょっとは座って落ち着きなさいな」
「九条。お久しぶりです」
ネストの後ろからひょっこりと顔を出す可愛らしい少女。満面の笑みを俺に向け、礼儀正しく挨拶をするのはこの国の第四王女リリーである。
その後ろには当然、護衛であるヒルバークが目を光らせている。
俺は引きつりそうな表情をなんとか保とうと必死だった。リリーを見た瞬間、この話を断るのは無理だと悟り、帰るのを諦めたのだ。
「お久しぶりです、王女様」
リリーは俺との挨拶をそこそこに切り上げると、きょろきょろと周囲を見渡し──カガリの姿を見つけた途端、その顔がぱっと華やいだ。
今にも飛びつこうと駆け出したが、リリーの視界にはさらに三匹の魔獣たちが映り込み、足が止まった。
それでもカガリへの気持ちは抑えられなかったのだろう。
ワダツミとコクセイから目を離さぬまま、警戒しつつじりじりと距離を詰め──隙を突くかのように勢いよくカガリに抱きついた。
しかし、残念、それは白狐だ。
まあ、見間違えるのも無理はない。白狐は全身が雪のように白く、尻尾が四本。一方のカガリも白い毛並みだが、足先や耳の先端、尻尾の先だけが淡く赤みを帯びている。
三匹の魔獣たちは、怖がりつつもコミカルな動きで近寄ってくる――そんな相反する仕草を見せるリリーを、不思議そうに見つめていた。
「九条殿、この者は?」
「この国の王女様だ。逆らうと俺の命が危ない。大人しくしててくれると助かる……」
王女とヒルバークに魔獣たちのことを紹介し、リリーが白狐に間違えたことを丁寧に謝罪すると、タイミングを見計らっていたであろうネストが本題を切り出した。
「さて、ひとまずはこれで作戦会議といきましょうか」
「ちょっと待ってください。俺はまだ何も聞いていませんが……」
そんな俺の言葉を聞いたネストは、まるで呆れたかのような表情をバイスに向ける。
「ちょっとバイス、説明しておいてくれないと困るじゃない」
「逃げたクセによく言うよ……」
バイスがぼそりと愚痴を呟くとネストに睨み返され、いたたまれなくなったバイスは瞬時に目を背けた。
「まあいいわ、最初から説明しましょう。ひとまずは座ってちょうだい」
しかし、椅子が足りないように見える。恐らく俺たちの分は勘定に入っていなかったのだろう。
丸いテーブルを中心に椅子の数は五つ、人の数は七人。それに気づいたネストは使用人に椅子を運ばせようとしたのだが、それを断ったのはリリーだった。
ではどうするのか? と皆が首を傾げる中、リリーの指示に従い、順番に着席する。
そして最終的にバイス、ネスト、ケシュア、俺、ヒルバークの五人が椅子に座り、ミアはカガリの、リリーは白狐の上だ。
リリーの提案にヒルバークだけが難色を示していたのだが、結局はリリーの意見が押し通ったという形に。
白狐に頬ずりするリリーの笑顔を見てしまっては、誰もそれを咎めることなど出来なかった。
「じゃぁ、九条のために最初から説明するわね?」
テーブルに置いてあった食器や花瓶を押しのけ、ネストは一枚の地図を広げた。
「九条はベルモントで起きた魔獣騒ぎは知ってる?」
「ええ。まぁ聞いただけですが」
「いいわ。で、その魔獣の討伐がベルモントギルド主導で行われている訳なんだけど、どうやらその戦況が芳しくないのよ」
ネストは小さな蒼い宝石の嵌め込まれた指輪を自分の指から外すと、それを地図の上へ置いた。
場所はベルモントの西。恐らくその指輪を魔獣の現在地に見立てているのだろう。
「なんとか持ちこたえてはいるけど、討伐は絶望的。そこで作戦目標を、討伐から町の防衛に切り替えた。それから数日、ひとまず町に被害は出ず、魔獣を追い払う事は出来たけど、今度はそれが北上してきた。……そして今いるのは、大体この辺り」
地図上に置かれた指輪を移動させた先は、ノーピークスの南。ネストが誘拐された際に捕らえられていた小さな砦がある所の近くだ。
「このまま北上を続ければウチの領内。今度はノーピークスの町の防衛を固めなきゃならない――」
ネストは一枚の紙を地図の上に置いた。それはギルドで掲示される依頼用紙。
「で、この募集を見て来てくれたのが、ケシュアと九条ってわけ」
その紙には、魔獣から町を守るための人員を募集すると書いてあった。その締切は今日である。
最低でもゴールド以上の冒険者。条件は厳しそうだが、そこに俺を入れられても困る。
「……ナチュラルに嘘つくのやめて下さいよ」
ネストはチラリと俺を見たが、俺の意見など聞かなかったかのように話を進める。
「いや、ホント九条が来てくれて助かったわ。依頼を下げにギルドに行ったら受付一人残して誰もいないし、気になってその子に聞いたらプラチナが来てるって言うじゃない。これは最早運命よね。そう思わない?」
「いえ別に……」
真顔で感情がないロボットのような冷めた返事を返したのだが……。
「九条。私からもお願いします。同じ派閥の仲間として……」
リリー王女の口からお願いしますと言われたら、やるしかないだろうなぁ――というのが正直なところ。仲間のため――立派な理由だ。
だが、白狐をモフモフしながらついでのように話すリリーの言葉には、なんの説得力もない。しかし、それを口に出すわけにもいかず……。
少なからずリリーには世話になった。渋々だが力を貸すしかないだろう。
「一つ条件があります。俺が手伝っている間、庭にいる獣たちの世話をお願いしたいのですが」
「いいわ。他ならぬ九条の頼みだもの。何でも言ってちょうだい」
ケシュアは窓から外を眺めた。そこには夥しい数のウルフとキツネが入り乱れ、じゃれ合っていたのだ。その全てにアイアンプレートが掛けられている。
そして俺へと視線を向けた。
「な、なんですか?」
「プラチナは頭のネジが外れてる奴等ばかりって噂は本当みたいね」
魔獣たちの視線がケシュアに向けられると、唸り声が響く。
「ご、ごめんなさい。今の発言は撤回します……」
ネストはクスリと笑顔を見せると、手を叩き話を戻す。
「はいはい。じゃぁ、九条も正式に参加ということで。ここからは皆も聞いて頂戴。今朝方ギルドで聞いておいた情報を元に作戦を立てるわ」
ネストはギルドの依頼書の上から更に一枚の紙を広げた。
「これはベルモントギルドからの情報だから間違いないと思うわ。魔獣はキマイラ。でも普通のキマイラとは若干異なるみたい」
「キマイラって、ライオンの身体にヤギの首がくっついてるみたいな……」
なんだったか……。元の世界にいた時に、ゲームか何かで出て来ていた気がする。ただ知っているのは見た目だけ。
「あら九条、良く知ってるわね。その通りよ。通常なら討伐難易度はB+ね。でも情報によると今回は別種。キマイラだとは思うけど、ヤギではなく付いているのはドラゴンの頭」
「……|金の鬣《きんのたてがみ》だ……」
ネストの言葉に反応を示したのはコクセイ。
「|金の鬣《きんのたてがみ》……? お前たちが逃げてきた奴か?」
俺はコクセイに話しかけたつもりだった。しかし、それに対しリアクションを返して来たのはケシュアだ。
「九条! 今なんて? |金の鬣《きんのたてがみ》と言ったの!?」
「え? ええ。そうですが、何か?」
「……古代種よ……。九条の言っていることが本当なら、そいつは普通のキマイラとは訳が違う。討伐難易度B+じゃ済まない……」
一気に険しくなったケシュアの表情。そこに見え隠れする畏怖に部屋は静まり返り、重苦しい空気が流れる。
「九条。お前その話、何処からの情報だ?」
バイスが疑っているのは俺ではなく、その情報元だろう。
「え? 隣ですけど……」
俺がコクセイに視線を移すと、皆の注目がコクセイに集まる。
「九条! 詳しく聞かせて!」
前のめりで聞いて来るネストを落ち着かせ、今までのことを話した。
コクセイが住んでいる辺りには小さな洞窟がある。そこは昔、揺らぎの地下迷宮と呼ばれていたダンジョンがあった所だ。
魔王の時代に作られたダンジョンの一つ。今は崩壊し、入口跡だけが残っているだけだが、何かの拍子で|金の鬣《きんのたてがみ》が復活した。
コクセイの話す|金の鬣《きんのたてがみ》の特徴を、そのまま皆に伝える通訳をしながら話し合いを進めているといった状況。
しかし、その話を聞けば聞くほどケシュアの知る|金の鬣《きんのたてがみ》像と特徴が一致し、疑いようはなくなっていった。
「魔獣の枠を超えてしまうほどの巨体。尻尾の蛇は石化の呪いを行使し、それ以上に厄介なのがドラゴンの首だ。そこから吐き出される灼熱の炎は一晩で森を焼いてしまうほどだ……と、コクセイが言っています」
「そりゃベルモントでも手を焼くわけだ。緊急招集されたのは何人なんだ?」
「ゴールドが十五人ね。それでも全く手が足りなかったと嘆いてたそうよ」
「そういえば、その討伐隊にフィリップさんが参加していると聞きましたが……」
「えっ、そうなの? 参加メンバーの名前まではちょっと……」
重苦しい雰囲気が辺りを包む中、以外にもケシュアは現実的であった。
「でも、倒す必要はないんでしょ? あくまで街の防衛ができればいいわけだし」
「ええ、そうね」
「じゃぁ案外楽勝かもね、こっちは九人だけどプラチナもいるし」
一瞬の間。何故九人なのかを考え、そしてその答えはすぐに出た。
「いや、従魔たちを数に入れないでください。形式上は俺の従魔ということになっていますが、事情がありまして……」
どんな状況であれ、それは従魔たちとの契約違反だ。俺は彼等を縛らないと決めている。
「はぁ? あんた|魔獣使い《ビーストマスター》の適性もあるのに従魔を戦わせないの? じゃぁ何のためにいるのよ?」
それを言い終わると同時に、またしても四匹の魔獣に睨まれるケシュア。そして瞬時に謝罪した。
「言い過ぎました。ごめんなさい……」
「まぁ、そう言われるとは思いましたが、だからこその|死霊術師《ネクロマンサー》なんですよ」
従魔たちを使わないからこそ|魔獣使い《ビーストマスター》を名乗らない。口実としては理に適っているだろう。
「九条殿、俺は協力するぞ。憎き|金の鬣《きんのたてがみ》を葬り去ってやる」
「我もだ九条殿。乗り掛かった船、やってやろうではないか」
「私も当然お手伝いしますよ?」
「主、私も皆と同意見です」
魔獣たちの表情は真剣そのもの。従魔としてではない。友として助力しようとそれぞれが決意したのだ。
ケシュアの前では表立って死霊術を使うことは難しい。そう考えると少しでも戦力は多い方がありがたい。
「よし、ならばやろう。どちらにせよ|金の鬣《きんのたてがみ》をどうにかしないことには、コクセイたちも帰ることが出来ないしな」
俺がやる気を見せると、ネストはニヤリと不敵な笑みを浮かべる。
「そっちは覚悟が決まったようね」
折角やる気になったというのに、なんというか上手くハメられたみたいで一気に興が覚めるので、出来ればその顔は止めていただきたい。
「お兄ちゃん……」
そんな俺にそっと寄り添ってきたのはミア。不安そうに俺の顔を見上げると、お腹を押さえてひとこと。
「お腹すいた……」
「「あ……」」
気付くと、リリーは既に白狐の上でスヤスヤと寝息を立てていて、外は既に夕刻を通り越し真っ暗だ。
飯のことなど忘れ話し込んでしまっていた。
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