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夏季休暇明け初日。今日は始業式の後にクラスのホームルームで担任からの話を聞き、休暇中の課題を提出して終了だ。
ちなみに課題は、歴史に関するレポートを書かなければならなかったのを最終日二日前に思い出し、クリスに手伝ってもらって最後の夜ぎりぎりで終わらせた。
呆れられるか怒られるかすると思ったら、調べ物からレポートの書き方の指導まで付きっきりで教えてくれたので本当に助かった。持つべきものは優秀な兄である。
そうして無事にホームルームの時間に課題をまとめて提出した後、ルシンダは教室を出て、エントランスとは別方向へと歩き出す。今日はクリスに生徒会の見学に行くと約束をしたので、生徒会室へと向かうのだ。
(職員室のある棟の二階って言ってたよね)
ルシンダが廊下の窓から生徒会室の場所を確認しようとした時、聞き慣れた声に呼びかけられた。
「ルシンダ、どうしたの?」
振り返るとそこには馴染みの三人、ミア、アーロン、ライルがいた。
「あ、これから生徒会の見学に行くんだけど、ここから見えるかなと思って……」
「生徒会に? 一人で行くんですか?」
アーロンが驚いたように尋ねる。
「はい、実は兄に生徒会の手伝いをしないかと誘われまして……」
「そうだったんですね。……よかったらご一緒していいですか?」
「私は構いませんが……」
「じゃあ、俺も一緒に行く」
「わたしも行こうかなぁ」
アーロンだけでなく、ライルとミアも一緒に生徒会の見学に行きたいと言い出した。
急に大人数で伺うのは申し訳ない気もするが、生徒会は人手不足だと言っていたし、もしかすると逆に喜ばれるかもしれない。
ルシンダとしても断る理由は特になかったので、四人で一緒に行くことにした。
生徒会室に向かう途中、「ミアも生徒会に興味があったの?」と聞くと、ミアがまた楽しそうなにやけ顔を浮かべ始めた。
「そんなの、ルシンダが心配だからよ。……それに、攻略対象が集まるなんて楽しそうだもの、うふふふ」
どう見ても心配より好奇心が勝っているようにしか思えない。ルシンダはこっそりとため息をついた。
◇◇◇
生徒会室に到着し、艶やかな光沢のある立派なドアをノックする。
「失礼します。見学に伺いました」
ルシンダが声をかけると、すぐにドアが開いてクリスが顔を出した。
「いらっしゃい、ルシンダ。ああ、ミア嬢も一緒だったか。どうぞ入ってくれ」
ルシンダとミアが部屋の中に入ると、残った二人の男子生徒にクリスが怪訝な眼差しを向ける。
「……貴方たちは?」
「あの、私たちも見学に来たのですが……」
アーロンとライルが来訪の目的を告げると、クリスが無表情で尋ねた。
「貴方たちも見学に? なぜです?」
「その、俺たちも生徒会に興味があって……」
「……ありがたいお言葉ですが、興味があるのは本当に生徒会ですか?」
クリスの態度は丁寧なのに、なぜか雰囲気が刺々しい。相手は王子殿下と宰相の息子なのに大丈夫なのかと心配になってしまう。
いつもは優しいのに、一体どうしたというのだろう。
やはり事前に何も言わずに大勢で押しかけたのがよくなかったのかもしれない。
「お兄様、突然大勢で来てしまってごめんなさい。人手があったほうがいいかと思って、みんなで来てしまいました」
「いや、ルシンダを責めている訳では……」
そんなやり取りをしていたところで、奥の机のほうから声が聞こえてきた。
「クリス、せっかく来てくれた後輩を邪険にするな。それに今は文化祭の準備で人手は多い方が助かる」
声の持ち主は書き物をしていたペンを置いて、こちらへやって来る。
「見学に来てくれてありがとう。生徒会長のユージーン・フィールズだ」
ユージーンが名乗ると、アーロンが真っ先に返事を返した。
「……ユージーン兄上、お久しぶりです」
「久しいな、アーロン。君が生徒会に入ったら、僕などすぐに取って代わられそうだ」
「そんな、滅相もありません」
何やらユージーンの言葉に棘があるような気がする。しかも、アーロンの反応から察するに、たまたま虫の居所が悪かった訳ではなく、いつもこのような態度を取られている雰囲気だ。
(さっきは後輩を邪険にするなって言ってたのに……)
とんだダブルスタンダードだが、もしかしたらこの二人の間には何か確執のようなものでもあるのだろうか。そんなことを思っていると、ライルとミアが自己紹介を始めた。
「ライル・マクレーンと申します」
「ああ、宰相のご子息だな。君も優秀だと聞いている」
「ミア・ブルックスです」
「ブルックス伯爵家の令嬢か」
自分も挨拶しなくてはと、ルシンダも慌てて自己紹介を始めた。
「ルシンダ・ランカスターです」
「ああ、クリスの妹の……」
「兄がいつもお世話になっています」
挨拶はしたものの、あまり親しくなりたくない気持ちが顔に出てしまい、作り笑いになってしまった。ユージーンはわずかに目を見開いて言った。
「……いや、こちらこそクリスにはいつも助けられている。君も生徒会に興味が?」
「そうですね。学園に貢献できれば嬉しいです」
学園のためというより、クリスのために手伝いを決めたのだが、その通りに言うと兄離れできていない妹のように思われてしまう気がして、つい模範的な回答にすり替えてしまった。
「そうか。ところで、君は……」
「はい……?」
「──いや、生徒会室を案内しよう」
ユージーンが不自然に言葉を切る。今、本当は何を言おうとしたのだろうか。ルシンダが不思議に思っていると、クリスがまた不機嫌そうに口を開いた。
「ユージーン、案内なら僕がしますから、あなたは書類の確認をお願いします」
「……分かった。では、新入生の諸君、もし生徒会の仕事に興味を持ってもらえたら、今度は手伝いに来てもらえるとありがたい。先ほども言ったように今は来月の文化祭の準備で少し忙しくなりそうでね。ではクリス、あとは任せたよ」
そう言ってユージーンは元いた執務机へと戻っていった。
それからクリスが生徒会室を案内してくれたり、仕事の説明をしたりしてくれたけれど、ルシンダはなぜか背後にずっと視線を感じるような気がして、あまり集中できなかった。
◇◇◇
新入生一行の見学が終わり、クリスが後輩たちを見送っている後ろで、書記の役員がユージーンに話しかけていた。
「今日はなんだか楽しそうに見えますが、どうかしたんですか?」
「……そうだな。いい予感がしてね」
「予感……?」
「ああ、こんなに期待してしまうのは初めてかもしれない」
ユージーンはそう言って、愉快そうな色を湛えた紅い瞳を柔らかく細めた。