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校舎へと足を踏み入れたポピーを待っていたのは、驚くほど背が高く、モノクロームの意匠が施された装束に身を包んだ女性、ミス・サークルだった。彼女の手には巨大なコンパスが握られていたが、ポピーはその鋭利な先端を「厳格な教育者の象徴」として、知的な関心を持って眺めた。
「あら、見慣れない姿ね。あなたが新しい生徒かしら?」
「ええ。私はポピー。少し不思議な経緯でここに辿り着いたのだけれど、この学校の規律正しさに惹かれたわ。ぜひ、中を見学させてちょうだい」
ミス・サークルは、ポピーの落ち着いた知的な振る舞いを気に入ったようで、冷ややかな、しかし歓迎の意を込めた笑みを浮かべた。
案内された教室に入ると、ポピーは教壇に立ち、160センチの背筋をすっと伸ばしてクラスメイトたちを見渡した。
「はじめまして、ポピーよ。論理的な対話と、効率的な学習を好むわ。この背負っているグラブパックは私の大切な助手のようなもの。仲良くしましょう」
ポピーの自己紹介に対し、生徒たちは一様に静まり返っていた。その表情には、新入生への好奇心よりも、何かを極度に恐れるような、あるいは諦めたような暗い影が落ちている。
休み時間になり、ポピーは近くの席の生徒に話しかけた。
「とても静かで集中しやすい環境ね。……ところで、あそこの三つの席はどうしたのかしら? 荷物が残っているけれど」
ポピーが指差したのは、アビー、ラナ、そしてクレアが座っていたはずの席だった。机の上には、殴り書きされたようなノートや、持ち主を失った赤いリボンがポツンと残されている。
「……彼女たちは、その。……テストに、失敗したから」
一人の生徒が、震える声でそれだけを答えた。
「なるほど、落第してしまったのね」
ポピーは納得したように頷いた。彼女の思考回路では、「テストに失敗する」=「補習、あるいは別の学習施設への転送」という合理的な結論が導き出されていた。
「勉強についていけない子をそのままにしないなんて、ここは本当に教育熱心な場所なのね。アビー、ラナ、それにクレアだったかしら? 彼女たちも、別の場所で今頃必死に課題をこなしているのでしょうね」
ポピーは窓の外を眺めた。廊下の壁には、掃除しきれなかった「赤い塗料」が飛び散っていたが、彼女はそれを美術の授業で誰かが派手に失敗した跡だろうと判断し、気にも留めなかった。
「私も、彼女たちのようにここからいなくならないよう、満点を取り続けなくちゃ。ねえ、次の授業は何? 楽しみだわ」
ポピーは懐中電灯のレンズを軽く拭い、知的な瞳を輝かせながら次の教科書を開いた。そのすぐ後ろで、ミス・サークルがコンパスの先端をチロチロと動かしながら、新しい「優秀な生徒」を満足げに見つめていることにも気づかずに。
他の生徒たちと共に、科学の授業が始まった。教壇に立つミス・ブルーミーが、今日の実験内容を告げる。周囲の生徒たちは、何かを恐れるように肩を窄めてミス・ブルーミーの手元を見つめていたが、ポピーだけは知的な好奇心を瞳に宿し、整然と並んだ実験器具に向き合っていた。
ポピーはグラブパックを器用に使い、実験の準備を進める。しかし、ミス・ブルーミーが実験台に「検体」となる素材を置いた瞬間、ポピーの脳内で厳重に封印されていた記憶の蓋が、音を立てて弾け飛んだ。
「……っ!?」
視界が激しく歪む。目の前にあるはずの白い紙の素材が、一瞬だけ、かつてプレイタイム社の深部で見た「変わり果てた姿の被検体」と重なって見えた。
ドクン、と心臓が跳ね上がる。
「あ、はあ……っ、は……」
凄まじい動悸が胸を叩き、肺が酸素を拒絶するように縮み上がる。ポピーは自分の喉をかきむしるように押さえた。強烈な目眩が襲い、モノクロームの教室が、赤黒い血と鉄の匂いが漂う過去の記憶で塗りつぶされていく。
(やめて。私は……私は――!)
頭の中で、かつての自分、あるいは自分に組み込まれた「誰か」の絶叫がこだまする。フラッシュバックは容赦なく、彼女の理性をズタズタに引き裂いた。
「ポピー? どうしたの、実験を続けなさい。優秀な生徒が手を止めるなんて、落第者と同じことよ」
ミス・ブルーミーの冷徹な声が響く。クラスメイトたちの視線がポピーに集まるが、過呼吸に陥った彼女には、それがかつて自分を弄んだ科学者たちの冷酷な観察眼にしか見えなかった。
「は、ひ……っ、あ……が……っ!」
呼吸はさらに速くなり、視界が急速に暗転していく。全身から冷や汗が吹き出し、160センチの体躯が糸の切れた人形のようにガタガタと震え出した。もはや立っていられず、彼女は床に激しく膝をつく。
「……あ……」
意識が遠のく中、最後に聞こえたのは、ざわめく生徒たちの声と、ミス・ブルーミーが慌てて近づいてくる足音だった。ポピーの意識は深い闇の底へと沈み、彼女はその場に崩れ落ちて失神した。