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9
白い光の中へ連れて行かれる涼架の姿は、重い扉が閉まると同時に見えなくなった。
榊は、 暗い別室で満足そうにモニターを見つめていた。
「ようやく手に入った」
その呟きは、誰に聞かせるものでもなかった。
⸻
一方その頃。
山奥の廃小屋。
モトキ達は地図を広げていた。
空気は重い。
誰も笑わない。
モトキはずっと窓の外を見ていた。
狼耳だけが小さく動いている。
ヒロトが心配そうに声をかける。
「……寝てないでしょ」
「寝れるわけないじゃん」
即答だった。
ヒロトは黙る。
レイは少し離れた場所で座っていた。
いつもなら「おなかすいた」とか「それなに」とか聞いてくるのに。
今日は何も言わない。
ただ。
自分の胸を見ていた。
『……へん』
小さく呟く。
ヒロトが振り向く。
「どうした?」
レイは胸のあたりを押さえた。
『いたくない』
「うん」
『でも、くるしい』
モトキが顔を上げる。
レイは困った顔をしていた。
感情の名前がまだ分からない。
でも
分かっていた。
涼架がいない。
それが苦しい。
モトキは少しだけ笑った。
悲しそうに。
「それ、心配って言うんだよ」
レイは目を瞬く。
『しんぱい』
「うん」
『……しんぱい』
何度か繰り返す。
大事そうに。
そして。
小さく呟いた。
『りょうか、かえってくる?』
山小屋が静まりかえる。
誰もすぐには答えられなかった。
だが、 モトキは言った。
「帰ってくる」
その目は真っ直ぐだった。
「オレが連れて帰るから」
ヒロトも頷く。
「うん」
レイも二人を見た。
そして。
初めて自分から言った。
『……たすける』
モトキの目が少し見開く。
レイは拳を握った。
『おれも』
『いっしょに』
その言葉に。
モトキはようやく少し笑った。
「ありがと」
⸻
その日の夜。
三人は山の上にいた。
風が強い。
満月が雲の隙間から見えている。
モトキは崖の上から遠くを見ていた。
研究所がある方向。
もちろん見えるはずもない。
それでも。
見ていた。
「涼ちゃん」
小さく呟く。
返事はない。
当たり前だ。
でも。
思い出す。
三年前。
檻の中。
泣いていた自分。
その前に現れた少年。
『一緒に逃げようか』
あの言葉が人生を変えた。
だから今度は。
自分が行く番だ。
その時だった。
ヒロトの猫耳がぴくりと動く。
「誰か来る」
全員が振り返る。
森の奥。
人影。
モトキは身構えた。
だが。
その人影はふらつきながら近づいてくる。
怪我をしているらしい。
やがて月明かりの下へ出た。
若い女性だった。
二十代くらい。
白衣を着ている。
髪は乱れていた。
そして。
研究所の職員証を首から下げていた。
モトキが一歩前へ出る。
「誰」
女性は息を切らしながら立ち止まる。
それから。
震える声で言った。
「涼架くんを助けたい」
三人の空気が変わる。
女性は苦しそうに続けた。
「時間がない」
「榊が実験を始めた」
モトキの顔色が変わる。
「……実験」
女性は頷く。
そして。
震える手でデータ端末を差し出した。
そこには研究所内部の地図が映っている。
「私は施設の研究員だった」
「でももう耐えられない」
レイが首を傾げる。
『しってるの?』
女性は小さく頷いた。
そして。
悲しそうな目をした。
「知ってる」
「レイも」
「ヒロトも」
「モトキも」
モトキの瞳が細くなる。
女性は唇を噛んだ。
「ずっと見てた」
その声は震えていた。
「何もできなかった」
どこか昔の涼架に似ていた。
女性は頭を下げる。
「お願い」
「今度こそ助けたい」
風が吹く。
静寂。
モトキはしばらく黙っていた。
そして。
端末を受け取る。
研究所の地図。
警備ルート。
地下区画。
全部入っている。
女性は最後に言った。
「急いで」
その顔は青ざめていた。
「榊は……涼架くんを人間のままでは終わらせない」
その言葉に。
三人の背筋を冷たいものが走った。
遠い夜空の向こう。
研究所ではすでに、 何かが始まっていた。
コメント
1件
第14話、読み終わりました……。涼架が連れ去られてからの、モトキたちの静かな決意が胸に沁みました。特に、レイが自分の感情に触れて「しんぱい」と覚え、「たすける」と初めて自分から言えたところ、本当にぐっときました。モトキがあの日の涼架から受け取ったものを、今度は自分が届ける番だという覚悟も伝わってきました。最後に現れた研究員の女性の「ずっと見てた」という言葉も重くて、この先どう動くのか気になります。更新、ゆっくり待ってますね🍀