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こと-koto
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「お父さん、お母さん」
緑原総合病院の夜間救急。
薄暗い廊下へ置かれた長椅子に座っている両親を見つける。ふたりは会話をするでもなく、手術中と書かれた赤いランプを疲れた顔で見つめていた。
私の声に気づいた母が、ハッとして、こちらへ向く。
「あっ、美緒。ごめんね、ビックリしたでしょう」
「私は大丈夫。それより、おばあちゃんの容態どうなの?」
「胆のうがどうとかって……、先生に説明してもらったけど、気が動転してせいか、よくわからないて……」
「そう……。とにかく、今はおばあちゃんが無事に手術を終えるのを待つしかないのね」
そう言って、私は長椅子に腰を下ろすと、横に居る母がもたれてくる。
心細い時には、大人だって誰かに甘えたくなるし、温もりを感じて安心したくなるのは、仕方ないと思う。
私は、大きめのバッグからブランケットを取り出し、母の膝を包んだ。
まんじりとしない時間だけが過ぎて行く。
「夜遅くに美緒を呼び出して、健治さんにも悪い事しちゃったわ」
「大丈夫だから、気にしないで」
「そう? 健治さん優しいのね」
母の言葉に、私は瞼を閉じ、ここに来るまでの事を思い出していた。
温もりの消えた薄暗いマンションの部屋。
私は健治の仕事用カバンを探した。それは、いつものリビングチェストの上に置かれていて、グチャグチャな私の気持ちをさらに掻き混ぜた。
健治への不信感から、仕事用のカバンにGPSを仕込んだって、肝心な時に役に立たなければ意味が無い。
自分の馬鹿さ加減に乾いた笑いが漏れた。
「夫婦でいる意味があるのかな……」
薄暗い部屋の中で、私はぽつりとつぶやいた。
病院での付き添いは時間が読めない。身体を冷やさないようにとクローゼットからブランケットを取り出し、大き目のバッグに詰め込む。
深夜、部屋にひとりで荷造りをしていると、まるでこの家から出て行くための荷造りをしているみたいだ。
昔見たテレビドラマみたいに「私、実家に帰らせて頂きます」って、言ってみようかと、ふと思ってしまった。
果歩との不倫がバレた時、必死の弁解をしていた健治。その舌の根の乾かぬ内に疑わしい行動をしている。
これで、もう裏切らないと言われても、どうやって信じればいいのだろう。
私はぼんやりと空のベッドを見つめた。
「離婚をしたら、おばあちゃんが悲しむだろうな」
純白のウエディングドレスを身に纏い、永遠の愛を誓った私の幸せを、涙を流し喜んでくれた祖母。
今だって、孫の顔を見るのを楽しみにしているはずだ。
でも、こんな気持ちを抱えたままで、健治との子供を身ごもるなんて考えられない。
健治が果歩と不倫をしているのを知ってしまってから、どんどん気持ちが離れてしまっている。
ゆっくりと瞼を開くと、見えるのは薄暗い病院の廊下。
私は肩に寄りかかる母の重みを感じた。母の横には、腕を組み目を瞑っている父の姿があった。
視線をあげると、手術中の赤いランプが光っている。
母は父の不倫を知ったとき、どうやって気持ちに折り合いをつけたのだろうか。
父は何故、母を悲しませるような事をしたのだろうか。
結婚って、なんだろう。
幸せになるために結婚をしたはずなのに、どうして、こんな気持ちになっているんだろう。
疑問ばかりが浮かんでくる。
手術中の赤いランプが消えた。
扉が開くと、看護師さん達が祖母を乗せたストレッチャーを押し、手術室から出てきた。
「おばあちゃん」
「母さん!」
私たちは、麻酔が効いてぐったりとしている祖母へ駆け寄った。
ストレッチャーの上で眠る祖母は、普段より顔の皺が深く刻まれていて生気のない様子が痛々しい。
母は、執刀してくれたお医者様へ、深く頭を下げ、「ありがとうございます」と、お礼を言って居る。
お医者様の説明では、今日は、このまま集中治療室へ入り、容態が安定しているようなら、明日には個室に移るそうだ。
個室に移ると、担当医が、外科の先生から内科の先生にバトンタッチをして、術後の回復に当たるらしい。
集中治療室へ入ったなら、これ以上病院に居ても、何もできない。
とりあえず、無事に手術を乗り切った祖母の顔を見れただけでも、良かったのかもしれない。
「一旦、家に帰って、明日、個室に移る頃に出直そう」
父は、そう言って、疲れた顔の母の背中を支えた。
私は、色々な事を乗り越えて来た両親の後ろ姿をしみじみと眺めてしまう。
すると、母が振り返った。
「美緒も一緒に家で休みましょう。疲れたでしょう」
「うん、悪いけど、私も一緒に行って休ませてもらうね。ごめんね」
「何言ってんの。結婚しても自分の実家でしょう。美緒の部屋もそのままにしてあるし、遠慮する事ないのよ」
「……ありがとう」