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昼下がり。
廃工場の重苦しい空気の中で、風祭は静かに構成員たちを見回した。
「いいか。力で勝とうとするな」
細い目がゆっくりと細まる。
「糸で絡め取る蜘蛛のように動け」
その言葉に従い、構成員たちは暗がりへ散った。鎖、ワイヤー、ネット。まるで蜘蛛の巣を張るように、それぞれが配置につく。
やがて廃工場は、不気味な静寂に包まれた。
――街では、仕組まれた茶番が始まっていた。
「金返せねえなら、その指置いてってもらおうか!」
路地裏に響く怒鳴り声。
そこへ、コンビニ袋を下げたアホライダーが、ふらりと姿を現した。
「……もし、お前を助けたら」
静かな声で、男に問いかける。
「それは『優しさ』か?」
震える被害者役の男は必死に頷く。
アホライダーは、迷うことなく踏み出した。
「……ならば助けよう」
脅し役の男は『こんな簡単にひっかかるか?!』と思いながらも慌ててバイクへ飛び乗り、全速力で逃げ出した。
だが、バックミラーに映った光景に絶叫する。
「化け物かよ! バイクに走ってついてきてんじゃねえ!」
アホライダーは、無言のまま背後を走っていた。
――その様子を、少し離れた場所で見ていた火野は、ため息をつく。
「……やっぱりね」
彼女はすぐにタクシーを止めた。
「あのバイクを追って。急いで」
――廃工場。
アホライダーはバイクを追って廃工場の中へ入り、火野も少し遅れて後を追い中に入る。
その瞬間
シャッターが轟音を立てて落ちた。
閉じ込められた瞬間、暗闇の四方から鎖とワイヤーが一斉に放たれる。
アホライダーの腕、脚、胴体に絡みつき、頭上から巨大なネットが降り注いだ。
まるで巨大な繭のように、アホライダーの体が包み込まれる。
背後から、風祭が静かに歩み寄る。
そして、火野の側頭部に銃口を押し当てた。
「……この女を生かしたいなら動くな」
だが風祭は、アホライダーをまだ「人間」として計算していた。
アホライダーは一切の迷いなく、絡みついた鎖をまとめて掴んだ。
次の瞬間――
腕を捻り上げる。
「ぐわぁぁっ!」
鎖を握っていた構成員たちが、まるで人間ハンマーのように宙を舞い、風祭へ激突した。
「……なっ!?」
不意を突かれた風祭が壁際へ吹き飛ぶ。
その隙に火野が素早く身を捻り、懐から拳銃を抜いた。
「……甘いわよ」
銃声が二度、乾いた音を響かせた。
アホライダーを押さえ込もうとした男たちの肩が撃ち抜かれ、崩れ落ちる。
アホライダーはネットを両手で掴み、紙細工のように引き裂いた。
そして、ゆっくりと中央へ歩み出る。
――風祭が立ち上がる。
口元の血を拭いながら、青白いロングナイフを抜き放つ。
「……正々堂々とやろうか。化け物」
アホライダーは足元の構成員からナイフを拾い上げた。
「いいだろう」
仮面の奥から、静かな声が響く。
「……闇金で金を稼ぐお前たちを始末するのが、今の私にとっての優しさかもしれない。」
一瞬、風祭の眉間が歪む
「なんの事だか」
次の瞬間、風祭が踏み込んだ。
ナイフを振り下ろすと見せかけ、視線を逸らす。
そして強烈な蹴り。
だがアホライダーは、わずかに身を引くだけでそれを躱す。
蹴り足を掴み、そのまま投げ飛ばした。
風祭の身体が廃材の山へ突っ込み、土煙が舞う。
「……ここまでとはな」
風祭が顔を上げた時。
工場の窓から入り込む太陽の逆光を背負ったアホライダーの体が、すぐ目の前に立っていた。
死神のような威圧感に、風祭の指先がわずかに震える。
それでも風祭は歯を食いしばり、最後の攻撃を放つ。
横薙ぎの一閃。
フェイントの蹴り。
そして下からの切り上げ。
だがアホライダーは、最小限の動きでそれをすべて躱した。
体勢を戻す勢いのまま、ナイフを振り下ろす。
「……くっ!!!!」
風祭はロングナイフで受け止めた。
だが。
アホライダーの常軌を逸した膂力が、それを押し潰す。
火花が散り、風祭の武器が弾かれた。
次の瞬間。
刃が、胸を縦一文字に裂いた。
鮮血が廃工場の床を濡らす。
――その頃。
山中の茂みに捨てられていた黒い袋が、かすかに動いた。
「……っ、ハァッ!」
袋を引き裂き、上島が這い出る。
アホライダーの拳一発で、丸一日以上も気絶していた上島だ。
「……飯田、てめえ……!」
泥まみれのまま、上島は事務所の扉を蹴破った。
そこには、飯田、若頭、そして組長。
「生きていたのか! 飯田、どういうことだ!」
組長の怒号に、飯田の顔が青ざめる。
上島は震える声で、すべてを吐き出した。
闇金のこと。
そして、自分を山へ捨てたこと。
沈黙が落ちる。
組長が低く唸った。
「……喜三郎を止めろ。今すぐだ!」
若頭がバイクで廃工場へ向かった。
――若頭が工場へ飛び込んだ時。
そこには、ナイフを構えるアホライダーと、全身血まみれで満身創痍の風祭がいた。
「待て! 全員止まれ!」
若頭が割って入り事情が説明される。
やがて、アホライダーは無言でナイフを捨てた。
火野も銃を下ろす。
二人は黒塗りの車で、小笠原組本部へ連れて行かれた。
組長室。
重い空気の中、組長が深く頭を下げる。
「……身内の不始末、そして度重なる無礼。心より詫びる」
横では、ボコボコの顔の飯田と上島が額を擦り付けていた。
「手打ちの条件として……五百万。これでどうか」
アホライダーは興味なさそうに答える。
「……承知した」
――その知らせは、病院にも届いた。
リンゴをかじっていた葉弐が、目を丸くする。
「……五百万?」
そして呆れたように天井を見上げた。
「効率よすぎだろ……」
包帯だらけの体を見下ろし、ため息をつく。
「てか脇腹にナイフ刺さってたんだけど……治療費そこから出せよな」
窓の外では、夕焼けが静かに街を染めていた。