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それから数週間、撮影は何事もなかったかのように順調に推移していった。一月下旬にしては寒さが緩み、春を予感させる穏やかな日が続いたことも、現場の士気を高める一助となったのだろう。
地方ロケの合間には、近隣の遊園地や動物園でのヒーローショーもこなし、公式動画の反響も右肩上がり。視聴率こそ莉音率いる『ドラゴンライダー』と激しいデッドヒートを繰り広げていたが、これまでの荒波が嘘のように、獅子レンジャーの現場には充実した時間が流れていた。
「えっ!?」
そんなある日のこと。撮影を終え、次週のスケジュール確認のために会議室へ集まっていたメンバーたちの間に、驚愕の声が響き渡った。 発信源は、上座に座る凛だ。彼が事も無げに告げた言葉――それは、「明日は完全オフ」という宣告だった。
これまで分刻みの過密スケジュールをこなしてきた面々にとって、それはあまりに唐突で、あまりに甘美なサプライズだった。誰もが情報の処理が追いつかず、互いに顔を見合わせては、ぽかんと口を開けたまま硬直している。
「ここまで全員、殆ど休みなしで走り抜けてくれたからな。ストックにも十分な余裕ができた。久しぶりの休日だ、各々ゆっくりと羽を伸ばしてくれ」
「たく……兄さんはいつも極端なんだから」
蓮は小さく溜息をついた。もっと早くに共有してくれれば、それなりの計画も立てられたものを。だが、これこそが凛という男の流儀なのだ。決して意地悪をしているわけではない。
常に全体の進捗をミリ単位で見極め、確信を得るまで判断を下さない。その慎重さが、時として周囲への「無茶ぶり」に変換される。
当初こそ、その独特のペースに振り回されていたナギたちも、今では「またか」と受け流す強さを身につけつつあった。
「まあ、何はともあれ休みかぁ。何しよっかな……」
独りごちるナギの横顔を見つめながら、蓮の胸にある願いが首をもたげた。
(ナギと過ごしたい……)
いや、正確には「オフの日を一緒に過ごしてほしい」という、明確な誘いの欲求だ。
だが、撮影で毎日顔を合わせている相棒を、貴重な休日にまで連れ出すのはいささか図々しいのではないか。ナギにだって、一人で誰にも邪魔されずに眠りこけたい時があるはずだ。
(でも……)
逡巡し、所在なく視線を彷徨わせていた、その時だった。 不意に背後から、クイと袖を引かれる感覚。
「?」
振り返ると、そこには不自然に視線を逸らした弓弦が立っていた。彼は何も言わず、蓮のコートのポケットに「何か」をねじ込むと、逃げるようにその場を立ち去ろうとする。その奇妙な挙動に、蓮は思わず首を傾げた。
不思議に思ってポケットを探ると、一通の封筒が入っている。中を覗き込めば、そこには二枚の映画チケットが収められていた。
主演の欄には、誇らしげに『草薙弓弦』の文字。恋愛映画の巨匠が手掛け、今まさに巷を騒がせている話題作だ。
「えっ、これ……っ」
混乱して顔を上げると、立ち去りかけた弓弦がほんの一瞬だけ振り返った。何かを言いかけるように唇を動かしたが、結局は何も発さず、プイッと顔を背けて足早に部屋を出ていく。
(……ナギと行ってこい、ってことか)
あまりに露骨で、それでいて不器用なお膳立てに、蓮の口元から苦笑が漏れた。
「全く……高校生のくせに、生意気な真似を」
緩みかける頬を必死に引き締め、蓮は意を決してナギへと向き直る。ほんの少し指先が震えている自分に、可笑しな緊張を感じていた。
「ナギ。明日は、何か用事はあるかな?」
「別にこれと言って無いけど……。急に改まって、何? あ、もしかして……」
ナギは不敵な笑みを浮かべると、ずいっと蓮の顔を覗き込んできた。
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「……っ」
その真っ直ぐな視線に気圧され、目を逸らしそうになるのをグッと堪える。するとナギは、さらに距離を詰めて身体を寄せてきた。ふわりと漂う、使い慣れたフレグランスの香り。蓮の鼓動が、自分でも驚くほど速まる。
「も~、お兄さんのエッチ。まだみんな居るのにさぁ……」
「え?」
蓮はきょとんと目を瞬いた。会話の歯車が噛み合っていない予感が、背筋を走る。
「改まって聞かれると恥ずかしいじゃん。えっと、つまり……『そういうこと』、したいんでしょ?」
最近忙しくてゆっくり出来なかったしね――と、少し照れたように、けれど確信を持って告げるナギ。蓮はその瞬間、手に持っていた封筒を危うく握り潰しそうになった。
(なんでそうなるんだ! 僕って、ヤることしか考えてないと思われてるのか!?)
……まあ、したいのは事実だ。むしろ、今すぐにでも攫っていきたいくらいに大好きではある。 ――だが、今は違う!
「まあ、したいのは山々なんだけど……そうじゃなくて! 明日さ、映画に行かないか、って……誘おうと思っただけなんだけど……」
「――へ? えっ、あ……」
差し出されたチケットを凝視した瞬間、ナギは自分の壮大な勘違いに気づいたらしい。みるみるうちに、首筋から耳の裏までが沸騰したかのような深紅に染まっていく。
「あー、俺、急用思い出したんでお先に失礼しまーす!」
「はるみん待って! アタシも! じゃあまたね!!」
「……棗さん、私達も出ましょうか」
「えっ? あ、はは……。うん、そうだね」
示し合わせたかのような素早さで、仲間たちは次々と部屋を後にしていった。残されたのは、気まずさと気恥ずかしさが充満した空気。 蓮は堪えきれず、深いため息とともに天を仰いだ。