テラーノベル
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◇◇◇◇
平原の風は、乾いていた。
草を刈り払った大地の上を、冷たい風が滑っていく。
数万の兵が立つその場所には、もう自然の匂いは残っていない。鉄と汗、革と土。戦の匂いだけが漂っていた。
ヴァルディウス王国軍の最後列。
兵の列のさらに奥。
戦場全体を見渡すために築かれた簡素な高台があった。粗く組まれた木組みの足場だが、そこに立てば平原の端まで視界が届く。
その上に、二人の王がいた。
ヴァルディウス王国の王、ユークリッド。
そしてエルピアータ帝国の皇帝、グリオラ。
二人はまるで戦場を眺める観客のように、悠然と腰を下ろしていた。
背後では二つの旗が風を受けて鳴っている。
青地の王旗。
その中央には剣が掲げられ、その背後に盾の紋章が描かれていた。
その隣に翻るのは、黒の帝国旗。
同じく剣が掲げられているが、その裏には巨大な蝶の紋章が広がっている。
似ているようで、決定的に異なる旗。
だが今は、その二つが並んで風に揺れていた。
ユークリッドとグリオラは、ただ前方の戦列を眺めていた。
その視線の先。
平原の向こう側。
バリスハリス王国軍。
数は明らかに少ない。
旗の数も、槍の列も、こちらの半分ほどしかない。
整然とはしているが、戦場を埋め尽くすほどではない。
普通に考えれば。
勝敗など、すでに決まっている。
それでも。
「……レオニス」
ユークリッドが、低く呟いた。
視線の先。敵軍の最前列。
一頭の馬が兵の前に出ていた。
その上に乗る男。
黒い外套を風にひるがえし、静かに軍を見渡している。
レオニス。
バリスハリス王国の王。
ユークリッドの喉が、わずかに乾いた。
グリオラもその存在に気づいたらしい。
「ほぅ」
興味深そうな声が漏れる。
「アイツが竜殺しの英雄レオニスか」
言葉には軽さがあったが、視線は鋭かった。
普通なら。
数で劣る軍はざわめく。
恐怖が広がり、兵たちは互いの顔を見合わせる。槍を持つ手は震え、盾の列はどこか歪む。
だが。
あの軍は違った。
遠くからでもわかる。
兵の列が、揺れていない。
むしろ熱を帯びている。
まるで。
すでに勝利を確信している軍かのように。
レオニスはまだ剣を抜いていない。
それでも。
兵たちは、ただ王を見ていた。
ただ見ているだけだ。
だが、その視線には迷いもない。
「……ふざけた話だ」
ユークリッドは小さく笑った。
数はこちらが上。
兵力も、武器も、戦歴も。
すべて上だ。
それでも。
遠くの王が、ゆっくりと剣を抜いた瞬間。
平原の空気が、わずかに震えた。
それは錯覚かもしれない。
だが、確かに。
ヴァルディウス軍の列が、ほんのわずかに揺れた。
恐怖ではない。
熱だった。
敵兵の熱が、こちらへ流れ込んできたのだ。
こちらの兵が全員理解する。
敵の王は、自分たちの王とは違う。
ユークリッドは舌打ちして、弱音を飲み込んだ。
隣で、グリオラが笑っていた。
「どうした、ヴァルディウス王」
挑発的な声だった。
「顔色が悪いぞ」
ユークリッドは視線を外さない。
「……笑わせる」
「何がだ?」
「数はこちらが倍だ」
それでも。
平原の向こうの軍は、少しも小さく見えない。
むしろ。
さっきよりも、大きく見えた。
ユークリッドはゆっくりと息を吐いた。
「それなのに」
そのとき。
レオニスが剣を掲げた。
遠くの軍勢が、波のようにうねる。
兵の雄叫びが集まり、平原のあらゆる音をかき消した。
「なるほど」
愉快そうな声がグリオラの口から出た。
「面白い王だ」
ユークリッドは答えない。
ただ遠くの男を見ていた。
「あの王がいる限り、この戦は数の戦いにはならない」
「そんなことは分かっている」
ユークリッドの苛立ちをよそに、グリオラは立ち上がった。
巨体が高台の上でゆっくりと伸び上がる。
次の瞬間。
大男の胴ほどもある巨大な戦斧を、片手で軽々と持ち上げた。
刃が鈍く光る。
それを肩に担ぎながら、グリオラは笑った。
「まぁ待っていろ」
その声には、恐れがなかった。
「俺が、殺してくる」
レオニスという脅威は。
グリオラにとっては、その程度の言葉で片づく存在だった。
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