テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
292
788
アレクサンドラ篇
「まじかよ、信じられんぜ。何て建てつけの悪い家だ」
我が家の構造では考えられない木造建築の隙間だ。
所謂外人住宅とは元々は米国が統治していた時代駐留する米軍関係者の仮住まいで、地面に直接コンクリートを流し込んだ床にそのまま垂直に同じ建材の壁が接続しそれがそのまま天井にまで延びた四角い箱のような建物だ。
米国の規格で造られたから洗面台も便座もシャワーも高い位置にあって当時背の低い島人には具合の悪い感じだったろうが規格外の長身の僕には丁度都合が良かった。
当初は高嶺の花だった建物も年数が経てば床面も脆くなって処処割れて地面の土が覗く侘しい廃墟同然の住居だ。
一方でいま在るこの部屋は様子がまったく違う、歩くと足音が煩い木造の床板だ。その下は空洞でもあるのか靴音が遠く冷たい石の壁か何かに打かって木霊した。
「それより、早く鍵を探さなきゃ」
床に這い蹲って家具の下に手を伸ばしたその時、女が真っ黒な拳銃を両手で構え銃口を僕らに向けた。女は何やら興奮して上擦った声で叫びだした。聞き慣れない言語だ。
「本物か?」
「多分」
僕たちは本物の拳銃を見たことすらかなったのだから真っ先にこう思うのは自然だった。
「なあ、なんか言ってる」
「手を上げろ、じゃないのか。普通、映画だと」僕らは映画を観ているのか?
「ああ、そうだな。で、どうする?」妙に落ち着いた侑哉が僕に聞く。
「手を上げる、だろ、この状況だと」僕は少し焦って応えた。
「ああ、じゃあそうする?」
「うん、本当に撃たれたらやっぱ痛いだろ」
「そうだな」
僕たちは慣れない動作で両手を上にあげた。
僕は肘を曲げて上げたが、侑哉は両手を真っ直ぐ延ばしてホールドアップ。いったい彼はどんな映画を観たというのだ?
僕らの住む小さな島国では一般的に銃は殆ど扱われない。
狠国の法律では銃を所持することは許されていない。島には熊や猪などを捕獲する猟師もいないから銃を持っていいのは警察か連合軍ぐらいだ。それも勤務時間中か基地の中という制約の範囲内に於いてのみ。
故に自分が武器を持つと云う発想が思い浮かばない。
空手発祥の島だから素手で猛毒のハブを捕獲するハンターも実在したらしいが最早現存は定かではない。
空手は肉体のすべてが硬い盾と剣(拳)になるから態々武装したり武器を持つ必要もないのだ。
琉球王国時代この島には武器は殆ど存在しなかったとする説もある。
僕はそれには否定的だが史実を確認しようにも第三次世界大戦で激戦地だったこの島は何もかも焼き尽くされてしまったから資料に乏しいのも否めない。
有刺鉄線を隔てた連合軍基地には拳銃どころか機関銃や手榴弾、火炎放射器、地対空ミサイルでも何だって有るのだろうが僕らはそれを滅多に視る事はなかった。
僕らの両親より上の世代祖父母と更に上の世代の島人は実際に銃口を向けられ戦車の的になり火炎放射器で焼かれ多くの命が落とされた。
生き延びた者はその恐怖を肌身で実感し忘れる事も出来ないのだろうが僕らは戦争を知らない時代に生まれている。
かろうじて目にするなら自然公園の森に転がる錆びた薬莢や時折掘り起こされる手榴弾とか不発弾か。
僕たちは毎日が平和だと錯覚している。
現実には常に破壊と隣り合わせの孤島だ、いまは中央政府に見放された。万が一狠国がまた何処かの国と戦争を起こしたら真っ先に攻撃の対象にされるのは主要な連合軍基地が密集するこの島だ。誰も言わないが馬鹿でも判る。
だが僕らは拳銃の扱い方すら教わった事がない。
また戦争が起きたら今度こそミサイルの集中投下か核弾頭が飛んで来るだけだろうから拳銃を手にしたところで使い途も無いか。
この小さな島の戦争は三日で終わる。すべてを焼き尽くされ何も残らない。僕らの命も。
「隼斗、シニシズムか」侑哉が間合いをはかった様に声をかけた。また声に出ていたのか、現実に引き戻された。
英語でもない何やらギリシャ神話の星の名前を聞かされている様な言語と喉の奥に何か詰まった発音で女は何度も叫び続け銃口を僕と侑哉との間を行ったり来たりした。
「英語圏でもなさそうだな」漸く実感が沸いて緊張と恐怖であげた腕が震えてきた。
「うん、えっと聴いたことあるベラルーシかな」侑哉はこんな時でも冷静に頭脳は回転する羨ましいやつだ。
「・・・いつどこで聴いたことがあるんだよ」
「じゃあウクライナ?」どうやら当てずっぽうのようだ。
「ロシア」僕は確信を持って答えた。ユーツベ動画でロシア人のアップする面白動画をよく観てたから何となくそう思った。このこぶしを効かせた言い回しは独特だ。
「どうやら隼斗が正解だな。ほら」僕の腕にホログラムのメイドが現れフリップを持って可愛らしく立っていた。
メイド(腕時計型携帯電話)は音声読み取り翻訳機で通訳して僕に見せた。
どんな時でも冷静な男だ、呆れるほど彼が羨ましい。いや、ここは尊敬の念を抱こう。フリップ画面に翻訳された言葉は
「黙れと言ってるのが聞こえませんか?あなたたち強盗だよ。出る外急ぎましょうね。さもなくば撃ちましょうか」と少し滑稽に記されていた。
お節介な僕は「もっと性能がいい翻訳アプリあるから後で教えてやる」言わずにいられない。「ああ、頼む」後があるか判りもしない切羽詰まった緊急事態だというのに侑哉が側にいると何故か不安な気持ちも幾分和らいだ。
女はソファーのサイドテーブルに置かれた見慣れない旧式電話の受話器を後ろ手に手探りで掴んで何処かへ電話をかけようとしていた。
恐怖で手が震え中々思う様に操作出来ず左手が使い辛そうにして拳銃を持った右手の指が思わずプッシュボタンに触れていた。
刹那僕が何かを思いつく前に侑哉は既に女に飛び掛かってあっと言う間に拳銃を奪い取っていた。
形勢が逆転した。
「流石だな侑哉、空手の師範だけはある」
彼は先祖代々伝わる剣唐流空手を修得している。侑哉の身体能力は並外れていて武勇伝が数多く残されていた。小学生の頃は素手で泳いでいる魚を捉まえていたし大学では遅刻がバレないように地上から講堂のある二階に飛び上がり何時も窓から侵入している。
闘牛祭では観客席に乱入した猛牛を素手でノックアウトした事もあった。
相手が悪かった、
彼は拳銃に然程恐怖を感じていなかったようだ。
無知と言われればそうなのだが、僕も空手習っておけばよかった・・・。
「でも何だかこの身体だと思うように動かないぜ。なんか、かっ怠い」
「・・・悪かったな。僕は君より10センチ大きいんでね」僕が鈍臭い巨人とでも言いたいのか?
「隼斗は規格外なんだよ」
「おまえだって僕より10センチ低いとは言え規格外の185センチだろ」
目糞鼻糞を笑うとはこのことか。
僕はいま自分の身体になった侑哉の身体で背伸びして見せた。
長身になった侑哉に頭をぽんぽんと軽く叩かれた。
・・・成る程、僕の目線とは違って確かに少し低くなった気がした。
女は両手を上げ「撃たないで」と命乞いをしているのが大袈裟にも思える仕草で直ぐ解った。
「なあ、まずは冷静になって貰おう。この状況から考えて警察でも呼ばれたら余計に不味いぞ。僕たちがどう考えても不利だ。ここはどうやら外国で僕らは瞬間移動して言ってみれば不法侵入に不法入国だろ。もしかしたら死刑にされるかも。暦音の司法が及ばないところで」
「どうして隼斗はこんな時にいつも先の先まで把握出来るのかな?飛躍し過ぎだろ死刑とか。俺たちはまだ未成年だからそれはないだろ」
「いや、冷静になって考えても有り得る話だ。ここは暦音じゃない。暦音の生温い法治国家とは訳が違う。言葉も通じないなら僕たちは強盗にされるし外国では普通18歳で成年扱いだろ。僕たちはとっくに19歳だ」生温いとはどう云う意味だと自分で言っておきながら一瞬考えたが、
「あ、ああ、それもそうだな。現に俺は初めてこうして拳銃を手にしている。隼斗の言う通りだ。だったら先ずは彼女に俺たちは強盗ではないことを理解して貰おう」
「うん、でも、言葉も知らないでどうやるんだ」
「これ、Watchがあるだろ」侑哉は僕の腕を指して言った。
そうだった侑哉は召使型腕時計電話メイドを僕は執事型眼鏡電話バトラーを持っていたことを漸く思い出す。僕はいつも眼鏡を利用していたから現在は自分が腕時計をしていることも中々思い出せない。僕はまだ少し動揺しているのか頭が回らなかった。
僕はメイドのある腕を自分の顔に近づけて彼の顔を伺うように見て次の指示を仰いだ。
「それじゃ先ずここは何処か聞いてみろ」
「うん」僕はメイドに話かけた。
「Hi ジリ、 ここは何処かロシア語で何て言う?」
『グリーティング』ジリは肝心な時に急によそよそしくなる。
「あ、ども。こんちわ」
『ハロー』
「挨拶交わしてる場合か?」
「ごめん、ジリ使ってみたかったんだ。僕の他社携帯だし」実際の天然は僕だったのか、少し胸が傷んだ。いや侑哉の肉体に宿っている所為で僕まで少しおかしくなったのだ。言い訳に聞こえるかも知れないが・・・。
「俺に渡せ。隼斗が銃を持ってろ」侑哉は無造作に拳銃を僕に投げて獲らせた。僕はすかさずそれを両掌で握り銃口を女に突きつけながら油断は見せない構えをした、同時に投げたWatchは侑哉まで届かず床に落ちた。
「ちっ、落とすなよ。買ったばっかだぞ」侑哉は舌打ちをして憤然とした顔を僕に向けた。
「無茶いうなっ」僕の手は何本あればよかったのだ。然し僕は自分のそんな顔を今まで見たことがなかったから気恥ずかしい想いがした。
「なあ、冷蔵庫に麦酒でもないかな?」唐突に思いついたのか侑哉は台所を探しているのか辺りをきょろきょろと見渡した。
「こんな時に、よくもまあ」
「だって、こんな時しか飲めないだろ。俺ら未成年だし」
「だったら猶更無理だろ」暦音の地方条例では未成年飲酒禁止法で二十歳未満は飲酒をしてはならないのだから。
「いや、この国なら大丈夫そうだから味見ぐらいしときたい」
「え、味見もしたことなかったの?意外に真面目だな。狠国人のガキが麦酒をラッパ飲みしてるの見たよ」狠国の法律では厳しく規制してなかった。
「意外には余計だ。僕は法を犯したくないだけだ」
暦音では条例違反でも外国では合法だとしたら「罪」とはなんだ。
法とは単なる規範でしかないのか。それもそうだな、人間のつくった法律とは時代に沿って改変されてしまう。
前は合法でも後は違反になったら僕たちはそれに従うしかなくなる。またはその逆で前は違法でも後に合法になったら際限なく僕らは暴れるだろう。
法を犯さない範囲内であれば殺生も可能になる。・・・昨日の罪悪も明日はレギュラーになるのか。
罪とはなんだ。
悪は法の管轄外てだけなのか。
僕は何を訳のわからないことを考えているのかと思った時
「国家の法律はひとりの政治家の意図で容易く改正される場合もあるよ」侑哉がぽつりと言った。
先刻から不思議でならない。彼はまるで僕の胸中を知っているかの如く呟いている。いや、そんな筈はない。僕の思い過ごしか?
「国家って?」
「んー、独裁国家の国、いろいろあるだろ、長とかが気に入らないと誰でも逮捕されたり死刑になったりする恐怖政治の」
「て、外国の法律詳しいのか」
「・・・ほら、これ見てみ」侑哉は話を逸らして再び翻訳機の結果を見せた。
『殺さないで。お願い助けて、おまえらただじゃおかねえぞ』
鼻を真っ赤にして泣き泣き噦る女は自力で立っていられないのか床に跪いていた。
僕は急に同情心が湧いてきて女に申し訳ない気持ちになった。僕たちは強引いった訳ではなかったが彼女にとっては「瞬間移動」など余所の話で僕たちがどう考えてもここでは迷惑な侵入者だ。
猶且つ聴き慣れぬ言語の異国の男たちが拳銃を奪い自分に向けているのだから彼女は此の時ほど死を覚悟したこともなかっただろう。
先刻は力なく床に崩れ落ちたかのようにも見えた。
Где я нахожусь?」
翻訳アプリを手早く操作して侑哉は女に尋ねた。女は直ぐさま反応を示した。
「казак …Кто ты?」
「え、って何処の国?」
「ビンゴ、やっぱロシアだったか。なあ有名進学校行ったんなら分かるだろ地理ぐらい」
「地名なのか?」
「違うの?」
「それより鍵を見つけて速くここを出よう。女にうだうだ説明してるより俺らがさっさと隼斗の部屋に戻った方がよくないか?」
「それもそうだな。で、この女どうする?縛りあげてた方がいいか」
「うん、逃げられるとまた厄介な事になるだろうな。あの椅子にでも縛っておこう」
侑哉は紐を探しても無かったのか奥の部屋からシーツを引っ張ってびりびりと引き裂き、それを使って女と椅子をぐるぐる巻きに縛りつけまるで木乃伊みたいに仕上げてしまった。
「やったぜ」ひとつの作品を完成させた後のようにひとりで悦に入って拳に力を入れて振ってみせた。
「・・・やり過ぎだろ」僕は最大限に冷やかに彼を見た。
僕たちは愈愈本格的な強盗になった気分だった。いや、気分だけじゃなく、その行為は実際強盗二人組そのものだ。
「アンマー、ごめん」僕は息子の過ちを知ったら嘆き悲しむ母の気持ちを察してか思わずそう呟いていた。母はいないのに、でも僕の心にはまだ生きている。
「また独り言ばかり言ってないで、さっさと鍵探そうぜ。この家具、重くてひとりじゃ動かせないから手伝え」
「わかった」僕はその移動しなきゃならない家具の上に拳銃を置いて両手で端を抱え持ち上げようとした。だが、その家具は一見して普通の箪笥だが、まるで鋼鉄金庫のように恐ろしく重かった。
「なあ、なんでこの家具こんなに重いんだ?アマゾンの箪笥ならひとりでも十分持てそうなのに」
「此処はロシアだ。ジャングルじゃない。文句言ってないで力込めて持てよ」
「・・・やってるよ、でも動かないんだ。何だってこんなに重いんだよ」僕は侑哉を深追いしないよう努めた、耐えろ。
「引出しを外せば軽くならないかな」本当に彼は天然なんだ、まだ気づいてない、笑うな、僕は笑いを堪えるのに必死のまま、
「ナイスアイデア」直ぐさま引出しを外そうとし手先に引っ掛け手前に引いた。
そして、中に入っている黒い物体を視て暫し呆然とした。平和呆けした僕たちの頭では物事の把握は不可能だった。引出しの中には整然と猶且ぎっしりと隙間を埋めるように大小様様な拳銃や機関銃、手榴弾や銃弾や、見たこともない武器らしき黒い鉄が押し詰められていた。どの引出の中も同じだった。
それを確認した僕たちは、互いに顔を見合わせた。
突然、侑哉が僕の顎をがつんと下から小突いた。
「痛てっ、何すんだよ」
「口開いてた」にやりと笑う自分の顔、でもこいつは僕じゃない、
「むかつくやつ」だった。
「この女いったい何者なんだ」
「ロシアのマフィアとかだったりする?」
「多分、そうじゃなきゃ普通の家がこんな武装してないよ」
同時に僕たちは振り返って暫く木乃伊を眺めていた。
to be continued
次回「感情のロシアンルーレット」
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!