(……ん?)
陽翔は彼女の頭から手を離して映像を見る。だがその証拠達を見て微かな違和感が頭を掠め首を傾げるが、証拠映像のおぞましさと、そのきっかけを作った百子の元彼に次第に苛立ってしまい、違和感を圧倒してしまう。
「こんなものをずっと持ってたのか……よく耐えてたな、百子」
見れば見るほど吐き気がしてきそうだったので、陽翔はスマホをテーブルに置く。これで百子の憂いが少しでも無くなれば良いのだが。
「撮らない方が良かったかも……消そうと思っても、消したら元に戻せないから消せないし。持ってたら持ってたで、陽翔の言った通り写真を見返すのが嫌になるもの。私のパソコンはあの家に置きっぱなしだからデータを吸い出せないし……ありがとう、陽翔」
憂鬱に思っていた自分の荷物の持ち出しだが、まさか陽翔が協力を申し出てくれるとは思わず、心がすっと軽くなるのを百子は感じた。一人で行くのは心細かったが、事情を知る陽翔がいるなら安心だ。心強いという言葉だけでは足りないほど、百子は陽翔を信頼していた。
「また何か元彼関係で落ち込んだり嫌な気持ちになったなら相談してくれ。一緒に対策を考えるから。百子は何でも一人で抱えるから心配だ……」
陽翔はそう言って百子を腕に招き入れて、彼女の頭を再び撫でる。今でこそ少しずつ相談するようになってきた彼女ではあるが、やはり長年の癖なのか人に頼ったり甘えることが苦手だと陽翔の目には映る。先程も百子は何かを隠していたような素振りを見せていてもどかしく感じていたのだ。彼女のことだから、余計な心配をしてほしくないから黙ってることを選んだと思ってはいるものの、寂しいのもまた事実である。
「そうだ、元彼の家に行く日を決めないと。今週の木曜日か金曜日辺りが良さそう? 有給の申請もしないとだし。今は私の会社も落ち着いてるから多分通ると思うの。無理だったらまた連絡するね」
百子がさっと顔を上げて陽翔を見ながらそう告げると、陽翔は物思いを中止して百子の額にキスを落とした。
「そうだな。木曜日か金曜日に取るように俺も申請する。俺も大丈夫だとは思うが、無理ならちゃんと報告するな」
百子は陽翔の頬にお返しと言わんばかりにキスを落して応える。
「ありがとう。陽翔、またお世話かけることになるけど……よろしくね。お礼にまたご飯奢るよ。何がいい?」
陽翔が考える素振りを見せたのは一瞬だけである。
「百子」
食べ物の名前を言われると思った百子は、自分の名前を呼ばれて目をぱちくりさせる。
「俺は百子が欲しい」
戸惑う暇もなく、百子は陽翔の口づけを受け、その場で彼の愛を全身で受け入れる羽目になってしまう。しかし今日の百子の小言を忘れていなかったのか、陽翔は加減して一度だけに収めてくれたのだった。
彼女の隠し事が気になった陽翔は、百子と愛し合った後に掃除の残りを終わらせ、夕食を取ったあと、彼女がお風呂に入っている間に自分が保存した証拠映像を眺める。他人の情事をまじまじと見る趣味は無いが、気になったので仕方ない。見たところでどうにもならないのかもしれないが、何故か自分の勘は証拠映像を見ろとけたたましく騒ぎ立てるのだ。
(まあ元彼も浮気相手の顔も知らないのなら対策もできないしな)
騒ぐ勘の正体を自分なりに合理化した陽翔は、ベッドの二人が百子を目撃して固まったところで違和感を覚えて動画を止める。何故そこで止めたのかは不明だが、止めないといけない気がしたのだ。
(だめだ。やっぱり分からん)
陽翔は手足をソファーに投げ出して目を覆う。彼女の憂いの元は何なのかが結局不明なままなのだ。
(……ちくしょう、忘れてた)
陽翔は閉口しながら今度は音付きで問題の部屋のドアが写ったところから再生する。陽翔はスマホをサイレントモードにしていたことを失念していたのだ。ベッドのきしむ音と喘ぎ声が生々しく陽翔の耳を打ち、歯ぎしりをしたいのを我慢しながらスマホを睨む。こんな状況の中で一人で耐えていた百子が憐れで仕方がなかった。彼女の押し殺したような声も少しだけ録音されており、陽翔は膝の上で握った拳がぶるぶると震えるのを感じる。
カメラは生まれたままの男女を無機質に映し、一度ぶれがあったが、今度は驚く男女にピントが合う。百子がドアを勢い良く開けてスマホの位置が安定しなかったのだろう。彼女が元彼達に向けた抑揚のない声が却って恐ろしく感じられる。百子の声が終わると急に床が映り、その後は元彼が百子を呼ぶ声と、浮気相手の高い声が元彼を呼ぶ声がしていたのだがここで映像は途切れている。
(元彼はヒロキと呼ばれてたな。そういえば百子もそう言ってたような気がする)
百子を泣かせた元彼なぞ忌々しいだけだが、陽翔は自分の中にあった違和感の正体が、まるでパズルのピースが揃って形作られる感触を覚え、再び動画を戻して忌まわしいシーンを見続けた。
(まさか……? そうか……そういうことか)
動画を再生し終わった陽翔は何かを決意したようにソファーを立ち、パソコンを起動させた。
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