降り注ぐ大粒の雫と悴む手先
彷徨えるヒトリの少年は今日も絶望の瀬戸際を生きる
ノブレス・オブリージュなんて虚構にすぎない。
ホントに存在しているならば、俺なんていう浮浪者がいる筈無いから。
いつからだろうか、闇雲に路地裏を這いつくばるようになったのは。
…こんなに醜い遺棄者になってしまったのは。
思い出せない。頭が廻らない。
前回、残飯食ったの5日前だったけ。
判らない。
なにも考えらんない。
あー、もうしぬのかな。
最期見る景色が路地裏とかついてなさすぎ-…
あーぁ、どうせなら人生で1度くらいお腹いっぱいなるまでご飯食べて、ふかふかな布団で眠りたかったな、なんて。
「 そこの少年、大丈夫? 」
「 … 」
瀕死直前の重い重いまぶたを開け、声のする方を見上げるとそこには若い男がコチラを覗いていた。
若々しい顔立ちだがどこか儚げで落ち着きを感じる。20代後半くらいだろうか。
うん…で、誰?
「 あ、今『 うん…で、誰? 』って思ったらでしょ 」
「 ! 」
「 ふは、わかり易いね、キミ。 」
まさか一言一句当てられるとは思わず、目を丸くすると笑われた。
「 … 」
「 そんなに拗ねないでよ。そーだなぁ、じゃあお詫びにアップルパイあげるよ。 」
「 !? あっぷるぱい !!! 」
「 ん、もしかして大好物 ? 」
…好物、?
別にそういう訳じゃないけど、ただあの人が唯一作ってくれたおやつだから_
あの人って?俺、今なにを、?
「 …まぁ、オレに着いておいでよ。 」
頭ん中にある黒いモヤモヤに飲み込まれただ茫然していると男に抱き上げられる。
「 あ、っちょ、 」
男は何も言わず歩を進める。
半信半疑であるものの、とうに疲れ切った身体で抵抗するのも馬鹿らしいので身を委ねる。
するとすぐに一つの建物に到着した。
席に座らされると、数分も経たないうちにアップルパイが出された。
サクサクのパイ生地と蜂蜜色の甘い煮リンゴの最強やみつきコンビネーションに食が進み、思わず2つもいただいてしまった。
食べ終わると男はおかわりのアッサム・ティーを注ぎ、いろんなことを話してくれた。
ここのカフェの名はSoleilで。
フランス語で太陽・ひまわりという意味であること。
この名前を付けた訳は、 ここにきたお客さんが温かく明るい気分に、第ニの家族になれますようにという願いが込められていることなど。
それから、俺の話も聞いてくれた。
家がないこと、学校に通えていないこと、死のうとしていたこと。
その間男は何も言わずただ愛おしいげに、俺を見つめていた。
その後、男に連れられ施設に行き、長い期間の手続きを得て、養子として家族に迎えられた。
相沢 皐と名付けられた。
名字はこの男_相沢 理仁のものだ。
その頃から彼を父のように尊敬するようになった。
月日は流れ、オレは高校生になった。
日中は学業を、それ以外の時間は理仁さんのカフェの手伝いに励んだ。
少しでも多く恩返しをしたかったからだ。
彼は少し申し訳なさそうに。でもとても嬉しそうに笑ってくれた。
高校生活に慣れた頃、一人の変わった客が来店するようになった。
長髪両耳ガンガンピアス野郎。
朝の開店時間から夜の閉店時間近くまでコーヒーのみで居座る輩だ。
理仁さんの甥でオレと同い年。…らしい。
最近はコイツがいない日がないように感じる。
毎日来店しようがしまいがは、しょーみどうでもいい。
けど、どうせならフードとか頼んで店に貢献してほしいと思う。
……別にたくさん理仁さんと話せて羨ましいなんて思ってないし。
オレは営業時間外でも一緒にいられるから構わないし。
オマエと違って、オレはお爺さんになっても理仁さんに親孝行できるんだからな!!
別れはいつだって突然で、ふとした時に訪れる。
相沢理仁が死んだ。
高2の春休みのことだ。
毎朝の買い出しに出掛けていた理仁さんは飲酒運転のトラック運転手に轢かれ、打ちどころが悪く病院へ搬送中、息を引き取ったらしい。
署の遺体安置所で眠るアナタは、すっかり冷え切っていて。
あまりにも穏やかな笑みをうかべてるものだから、ただ寝てるだけなんじゃないかって。
でも、何度アナタの名を呼んでも、何度アナタの肩を揺すっても、起きてくれなくて。
アナタの声が聴こえなくて。
気づいたらオレの手には小さくなった彼がいた。
信じられなかった。
こんな映画みたいな光景に直面するなんて思わなかった。
信じたくなかった。
認めてしまったらもう彼が還ってこない気がして。
願えば叶うほど現実は甘くなく、日は経ち新学期を迎えた。
「あ、今日は入学式があるんだっけ。」
通学路と真逆の方角を進みながらそんなことを呟く。
どうでもいいか。
もうあの人はいないし。
でも、大丈夫。今からいくから。
目的地、利用人数、料金。
不慣れな手つきで券売機の液晶パネルをタップする。
電車に乗るなんて久しぶりだ。
ひょっとすると小学校の校外学習ぶりかもしれない。
あの頃のオレけっこー荒れてたよな
誰これ構わず威嚇しまくって、ときに大暴れしてたし
そうそう理仁さんにも…
…あ−……
だいじょぶだいじょぶ
もう逢えるんだから
刹那、電車の出発直前の笛が鳴る
「 やっべ 」
急いで駆け込んだ割には席は空いていた。
まぁ当然だろう、平日の早朝なんだから。
席につくと間もなくして車両は線路の軋む音を奏で、
対席の移りゆく車窓は瞬く間に景色を変えていく。
最期ぐらいはこうやって自然が創りだす芸術を楽しんでみようか。
「 ついた 」
オレの墓場。
冬が終わったと言えどやはり春先の海は肌寒い。
もう少し厚着をすべきだっただろう か。
まぁいいさ、身を投げてしまえば…
「 …なに、あれ 」
ふと海に目を向けるとそこには人影があった。いや、人影というより…人の頭じゃ、?
いや、けど流石にこんな寒いときに海に入るなんて自殺行為同然。
そんなことする人いるわけ…
…あるわ
「 あの !!!!! 大丈夫ですか!!!!!!!!!!! 」
自分でも耳が塞ぎたくなるほどの大声を掛け、全身の力を使い謎の人影を浜辺に引っ張る。
すると、即ソレは立ち上がった。
「 うあっ !? 」
「 あれ、アンタ… 」
「 長髪両耳ガンガンピアス野郎 ! ! 」
「 は ? 」
なんとなんとオレの大嫌いな相手でした。
「 ッははは ! ふふッ、風で吹き飛んでしまったおばあさんの帽子受け取ろうとしてッ…海に全身ツッコむなんて…マヌケすぎでしょ…んははははッ 」
えーどうやらこの男、自殺願望者ではなく、ただのお人好しバカでした。
そして、コイツの名前は高市 環らしいです。
見た目、長髪両耳ガンガンピアス野郎のくせに中身Notヤンキー、Yes無気力イケメンでした。
まぁいわゆる陰キャの敵ですねクソ
「 … 」
「 え、なに怒った?ごめんって…でもッ…ん゙ッ… 」
「 別に怒ってない 」
「 ねぇ、皐。たまご食える ? 」
「 ん 」
「 りょ 」
そして今さっき助けたお礼にコイツの知り合いがいる海の家で飯を作ってくれるらしいです。
でも、なんだか雲行きが怪しく…
「 ちょッ、高市 !!! たまご真っ黒焦げなんだけど !? 」
「 たかいち !? コーヒーは熱けりゃいいってもんじゃないからね !!??? 今すぐその100℃ぴったなお湯を置きなさい 」
「 たまきッ !!!! ケチャップライスはケチャップ丸々使わんぞ !? 」
「 よし、完成だ 」
「 はぁ…はぁ…なんでオレが息切れてんだよ !? 」
【悲報】高市環氏 料理壊滅的でした
「 てか、ほとんどオレが作ったんだからな !? 」
「 ありがとう、皐。助かった。 」
「 いいよ !!!! 」
もう二度料理してほしくないぐらい疲れたけどね !
「 …ねぇ皐。理仁のカフェ今どうなってるの。 」
…コイツ、清々しいくらい人の地雷踏みにじるじゃん
正直ブチ切れてやろうかと思ったけど、こん能天気野郎になんも響くわけないので諦めておく。
「 ……休業してるよ、誰も運営できる人いねぇし 」
「 だったら、皐がカフェ経営したらいいじゃん 」
「 は⋯む、無理だよ…だってオレ接客向いてないし…料理だって下手なんだから 」
「 ッ … そんなことない ! 」
いつものオレらしくなく弱音を吐くと勢い良く高市の手が机に叩きつけられる。
「 うぇ、 」
「 アンタのオムライス、卵トロトロでちょうどいい味加減のケチャップライスすごく美味いし、コーヒーもマイルドな味わいで絶品だ。 」
「 えと 」
「 営業だって向いてる。俺見たことある。どんな客にも平等に笑顔で接し、質の良いサービス提供できてる。 」
「 あの、高市クン ? 」
「 それにいつも細かいところまで掃除できてる。あの人がいなくなってから何回かお忍びで店内覗いてみたけど一切も埃がなかった。 」
「 それ、はんz 」
「 あと… 」
「 だー !!!! だまれだまれ ! わかったから ! 認めっから !! 」
まさかコイツがオレをこんなにも褒め倒してくるとは思わず、恥ずかしさと嬉しさで全身の血と熱が顔に集まる。
だって !!! いっつも真顔ポーカーフェイスなくせに ! こんな…目ぇ、輝かしてきて…
「 ゔ− … 」
「 皐 ? どうした腹が減ったのか。 俺のはやらんぞ 」
「 あ− !! 要らねえっての ! 」
ホントこいつがいると気ィ狂わされる
…やっぱりきらいだ
高市はあっとう間に2人分のオムライスを食べ終えるとすっと立ち上がった。
「 帰ろ 」
「 ……ん 」
なんか今だけはオレにも友達がいるみたいで少し嬉しくなる。
「 アンタって今もあのカフェに住んでんの? 」
「 そ 」
「 ふ−ん… 」
しばらく沈黙が続いたかと思うと高市は再び口を開いた。
「 …ねぇ、ホントにもう一回カフェやってくれんなら呼んでよ。フード作りなら…うん、頑張るから 」
そういう高市の顔を覗くと真剣な顔つきをしていた。
いつもはポーカーフェイスかましてるくせにこんなときだけ表情変えんのか よ。
湿った空気を吹き飛ばすようにほくそ笑んでや る。
「 じゃあ、まずはスクランブルエッグから出来るようになりなよねぇ ? 」
「 ゔ…っす、 」
おもろ
そんなこんなで話していると分岐点した。
「 それじゃ、オレこっちだから 」
そう言ってオレは改札口に向かおうとした。一方、 高市は『 びっくりしました 』とでも言うかのように目を丸くさせ、こちらを見ていた。
何をそんなに驚いて…
あ、やべミスった
なんとオレは無意識のうちに手を振っていたのだ。
かつて理仁さんのカフェのアルバイトで小さな子の対応するときの癖が!!!!
「 わかった。ま た。 」
くすりと笑うと手を振り返してきた。
あの見た目の割に上品な笑い方だ。
これがいわゆるギャップ萌えというやつか
って別に!オレは萌えてないからな??
高市なんかに!!!!!!!!
まぁでも、もうこれ以上コイツに心振り回される必要はない。
そう心の中で反芻させ、再び改札口へと歩みだした。
オレは知っている。
地球は止まることなく廻り続け、
日は沈み夜が更け、日が昇り夜は明ける。
生を受けたものは必ず最期を向かえ、
血となり、肥となって土へ還る。
その土からまた新たな命が芽吹き、世界は静かに呼吸をつづけていく。
終わりは始まりの影にすぎない。
夜明けのように、希望はいつも静かに訪れることを。
-最近リニューアルオープンしたって噂のカフェってここであってるのかな?-
-なんだか、秘密基地みたいな場所だけど…-
意を決し、ドアをそっと開けると リンリンと小さく可愛らしいベルの音が聴こえてきた 。
室内を見渡すと琥珀色の暖かなライト、昔ながらのコーヒーミル、黒板には書きかけのメニュー表と、どこか昭和レトロを感じさせる品の数々が散りばめられている。
「 あ、少々お待ちください !! 」
そう声が聞こえるとぱたぱたと可愛らしい足音が近づいてくる。
「 ちょ、お前まで来なくていいっての 」
「 …? けど、理仁はいつも出迎えてたし 」
「 そーだけども… ! 」
キッチンから若い男の子たちが出てきた。
どうやら2人で営業しているようだ。
「 あの… ? 」
「 あっ ! すみません !! 」
「 ん゙ん… いらっしゃいませ、ようこそ 」
『 Café・SunRiseへ 』
#向日葵のノベコン
コメント
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なんか凄い好きすぎて私好みすぎて爆散