漆黒の毛皮に覆われた丸い生き物を見ながらバストロが言う。
「だ、大丈夫か? それにしても珍しい毛色だな、リトルボア、いやレッサーリトルボアでこんなに濃い個体は珍しい、と言うか初めて見るな……」
『そうじゃろうバストロよ、この娘の毛色はボアにとっては垂涎(すいえん)の憧れ、オールブラックを越える遥かに深いフルダークネスじゃぞぃ! 上古の豚猪(とんちょ)、神々の再来なのじゃよぉ、ブフォオォォ!』
「へー」
バストロの言葉に手放しで喜びを表したヴノ、いつもと変わらず軽い返しのレイブの前で、神々の再来らしい小さな猪は片方の鼻の穴から鮮血を垂らしながら、覚束ない足取りでヨロヨロと立ち上がり口を開く。
『初めまして魔術師さん、偉大な魔術師グフトマの最後の弟子にして、彼(か)の闘竜(とうりゅう)、紅きジグエラと、丈高き獣奴(じゅうど)、ヴノを引き継がれたニンゲンの守り手にお会い出来て光栄です、ご挨拶致します』
小さな体躯とは違い、年経ているのだろうか? 小さな黒い猪は流暢に言って見せた。
レイブは遠慮など知らない感じで聞く。
「話すの上手だね、歳は幾つなのぉ? 十歳ぐらいかな?」
黒猪は即答だ。
『丁度、一歳、ヒトツですよ』
「グガッ!」
僅(わず)か一歳でこれ程流暢に話す個体は魔獣だろうが竜種だろうが、勿論人間であってもそうそう存在しないのは皆さんの時代でもこの未来の世界でも共通する事柄だ。
既に六歳になっているがロクに話す事が出来ないでいるギレスラが驚嘆の声を上げ、レイブが自分の弟竜に冷ややかで多少軽蔑を含んだ視線を送ってしまったのも仕方が無い事だ。
「あ、ああ、丁寧な挨拶痛み入る、一歳でそこまで話せると言う事は伝説に聞く、ジーニアスボア、コユキの末裔なのであろうか? 是非、お名前を教えて欲しい、いづれ名の有るボアの血に連なるのであろう、このバストロ、長い交誼(こうぎ)を結ばせて頂きたい」
漆黒の猪は何故かその挙動を不審な物に変えつつ答える、具体的にはオドオド、キョトキョトとしながらである。
『え? ええっとぉ…… な、名前はぁ、ま、まだ無いんです…… そ、そうだっ! 付けてください、名前をっ! 私に名前を付けてくれませんか? どうですか皆さんっ!』
「お、おお名前、かぁ!」
『突然責任重大だわね』
『名付けろと、うう~ん』
バストロもジグエラもヴノも、揃って消極的な声を上げた。
この時代、名付けとはそれ程大きい責任を伴う物なのである。
具体的に言えば、付けた名前が名誉と共に語られるならば誉れであるし、凡百の戦士であっても名付け親に不名誉が降り掛かる事は無い、だがしかし、万が一、自らが名付けた存在が卑怯者と誹(そし)られたり、裏切り者や売国奴として語られた場合、名付けの主は忌むべき名と共に、最低の評価を受けてしまうのである。
だからして、通常名付けを依頼する場合はごく親しい相手や、肉親、普通なら親や家族に頼む事が普通、そんな時代だったのである。
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