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#一次創作
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「えっと……ステラのお兄様っていうと、もしかしてバージル様のこと?」
「リナったら、ひょっとしてボケているの。私の兄はひとりしかいないじゃない。もしかしなくてもそのバージルよ」
バージル・ジョゼット。ステラの5歳上の兄でジョゼット公爵家の後継者。ステラと同じ白金の髪にシトリンのような透き通った淡い黄色の瞳が印象的な……これまた絶世の美男子である。更には頭脳明晰、文武両道、品行方正……見た目だけでなく中身までもが優れているという隙の無さ。年頃の女性ならば一度は彼に思いを寄せるなんて逸話までもが存在する罪深き初恋泥棒である。
私はステラと親しくさせて貰っている縁でそれなりにバージル様と交流があった。しかしだ。ステラ以上に完璧を絵に描いたような彼には、身分の差とは別のところでも壁を感じてしまい、自分は少し苦手だったりする。本人に全く非のない理由で勝手にそんな風に思ってしまい申し訳ないことだ。当のバージル様はというと、妹の友人である私にとても親切に接して下さっているのに……
「ステラこそボケているの? 私とバージル様なんて……冗談だとしても笑えないよ。ステラが私のことを思ってくれるのは嬉しいけどね」
いくらなんでもバージル様に失礼過ぎる。この場に本人がいなくて良かった。自分の家族にしてもいいというくらい、ステラが私を好いてくれているのは本当に嬉しいけど……バージル様の気持ちを無視して軽はずみにそんな事を言うものではない。
「えっ……リナ、うちの兄様嫌い? 妹の私が言うのもなんだけど結構優良物件だと思うよ。少なくともあのバカよりはマシだよ」
「嫌いだなんて……そんな事絶対にないから!! バージル様は誰が見ても非の打ち所がない素晴らしい方です!! 私にもとても良くしてくださるしね。完璧過ぎて気後れしちゃうだけだよ」
嫌いではない。ちょっと苦手なだけ。好意的に接してくれる相手に対して失礼極まりないけど、こればっかりはどうしようもなかった。
「周りが言うほど完璧なんかじゃないんだけどなぁ。うちの兄様」
ステラは心底残念そうに息を吐いた。その後に呟いた彼女の言葉は小さくてよく聞き取れなかった。
「ねぇ、リナリア……」
「なあに? 改まって……」
「兄の事は置いておくとしても、本当に我慢できなくなったら絶対に私に相談してね。あなたのために出来ることがきっとあるはずだから……」
「……うん。ありがとう、ステラ」
カフェでステラとお茶をして、私は自宅へと戻った。マルクの事を考えるとまだ少し胸の辺りがジクジクと痛む。それでも以前よりは落ち込まなくなってしまった。それは親身になって怒ってくれる友人の存在も大きいけど、やはり私自身がマルクに対して期待する気持ちが薄れてしまっているからに他ならない。せっかくなら良好な関係を築いていきたいと歩み寄ろうとしたのは最初だけ。割り切ってしまえばどうということはない。所詮、政略結婚なんだ。
「……だとしても酷過ぎるわよね。仮にも婚約者相手にこの仕打ち。いくらうちの家の方が立場が下だからってさ」
感傷に浸ることがなくなった代わりに、マルクに対する怒りの衝動を抑えるのに苦労するようになった。今日のように殴りたいと思うこともしばしばだ。私は右手を勢いよく振った。ビュンという空気を切る音がなる。
「あんな奴との婚約なんて……なくなってしまえばいいのに……」
行動に移すのは不可能だとしても、鬱憤を晴らすくらいは許して欲しい。殴られたマルクが衝撃で吹っ飛ぶ姿を想像すると自然と口角が上がってしまう。この時の私はきっと酷い顔をしていたに違いない。そして、こういう誰にも知られたくない行動をしている時に限って、タイミング悪く目撃されてしまうというのはお約束である。
「リナ、いま言ったこと本当?」
高速素振りに夢中になっていた私は、背後から近づいてきている人物に気付かなかった。突然声をかけられて、驚いた体はビクリと跳ねる。
私の名前……しかも愛称を呼びながら話しかけてくる若い男性。該当する人物は限られている。怪しい動きをしていた所を見られたのも恥ずかしいけど、先ほどカフェで話題に上げていたのもあり、それが余計に気まずさに拍車をかけていた。私は恐る恐る後ろを振り返る。
「バージル様……どうしてうちにいらっしゃるのですか」
目の覚めるような美形がそこにいた。バージル・ジョゼット……公爵家の嫡男でステラの兄。ステラとよく似た切れ長で美しい瞳が私を見つめていた。この美しくも鋭く、叡智に富んだ眼差しの前では、どんな嘘でも簡単に見破られてしまうだろう。それどころか、心の内側に秘めた隠し事までも暴かれそうで緊張感が高まっていく。
「アルメーズ子爵に用があってね。ついさっき終わって帰るところだったんだよ」
「お父様に……?」
バージル様は現在、王太子殿下の側近として仕えている。幼い頃からの友人同士でもあるおふたりは、公私ともに強い信頼関係で結ばれていた。
優れた能力を持ち、王家との繋がりも深いバージル様。22歳という若さでありながらも、彼を次期宰相になんていう呼び声も高かった。
そんな方が父に何の用があるというのだろう。これまで何度か我が家を訪問されたことはあったけど、あくまでステラの付き添いという形を取っておられたのだ。妹が関わらないことでバージル様がうちに来る理由が全く思い当たらない。しかも家長である父を訪ねてこられるなんて、ちょっとした事件である。
まさかとは思うが、家族の知らないところで父が何か悪さを? 脱税とか窃盗とかそういう類いの……。不安と恐怖が湧き上がり、背筋のあたりが寒くなった。
「あの……もしかして、うちの父が何かしたんでしょうか?」
「えっ?」
私の問い掛けにバージル様は虚を突かれたように瞳を丸くした。この反応からして、どうやら私の考えは完全に的外れだったみたい。予想外のことを言われたせいでバージル様は少し返答に迷っていたが、表情は柔らかいままである。間髪入れずに父を疑ってしまったことに心の中で謝罪をした。お父様ごめんなさい。
「違うよ。リナはどうしてそんな風に思ったのかな?」
「それは……ステラがいないのにバージル様が我が家を訪問なさるのが意外でしたので……事件でもあったのではと……」
「妹と一緒でないと私は君の家に来てはいけないのかな」
「えっ……!? いえ、決してそんな事は……」
穏やかだった彼の表情が一瞬にして冷たいものに変化した。そんなつもりは全く無かったのに……私の言葉は彼が家に来たことを迷惑がっていると取られてしまったみたいだ。
こういう所も私がバージル様を苦手とする理由のひとつだった。こちらが何気なく言った言葉を深読みして悪い意味に捉えてくるのだ。さっきのだって、『ひとりでの訪問は珍しい』くらいの内容でしかなかったはずだ。どうしてそんな揚げ足取りみたいな返しをしてくるのだろう。
私の言い方が悪かったのかもしれない。それでも、基本的にはとても優しくて親切な人なだけに、こういう態度を取られると、実は嫌われているのではないかと勘繰ってしまう。
「……仕事の話だよ。子爵にある事を確認しなくてはならなくてね」
「そ、そうだったんですか。ご苦労様です」
「…………」
途切れる会話。素振りに対して言及されなかったのは良かったけど気まず過ぎる。用事の方は既に終わったと言っていたな。さっさと見送って帰って頂こう。
「あの、バージル様。お帰りの途中だったのですよね。私、お見送り致します」
「私が最初にした質問には答えてくれないのかな」
「最初って……」
「リナの婚約の話。なくなればいいって言ってただろ」
そういえばそんな事言ってたな。素振りを見られたことに意識を持っていかれて忘れていた。
バージル様の前ではっきりと婚約者に対しての不満を漏らした事はない。でも彼はステラの兄。妹に頻繁に励まして貰っている私の存在は嫌でも目に入るだろう。それに、こういったことは気を付けていても噂になってしまうものだ。どこかで私が婚約者と上手くいっていないのを耳にしたのかもしれない。そうだとしたら嫌だな……恥ずかしい。
「お見苦しいところをお見せして申し訳ありません。将来における方向性の違いでマルク……婚約者と少々言い争いになりまして……それで、ついイライラして乱暴な言葉を使ってしまいました。些細なケンカですので、バージル様がお気になさることではありません」
「質問の答えになってない。私は発言の真偽を問うている。本当に自分の婚約が無くなってもいいと考えているのかどうかだ」
恥ずかしい場面を見られたことを取り繕うとしたけど、なんかこれも失敗したっぽい。バージル様がまた不機嫌になってしまった。マルクのことなんてどうでもいいじゃん。蒸し返さないで放っておいて欲しいのに、どうしてこんなに食い付いてくるんだろう。
私の『バージル様苦手』度がますます上昇していく。