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結局山での収穫はなかった。
唯一の収穫と呼べるか怪しいものは、ルナ様が出鱈目な強さを持っていることを確認できたことだ。
身をもって……
「さっ。今日も頑張ろうな」
「…顔に痣を作ってたら、様にならないね」
「セイさん…今日は休みましょう?」
「いや、問題ない。見た目は派手だが、見た目ほど痛くはないんだ」
昨日の模擬戦のお陰で、俺の目の周りは痣が出来て腫れ上がっていた。
ルナ様が申し訳なさそうにして治そうとしてきたが、俺はそれを丁重にお断りした。
何故なら、この傷がある間は模擬戦をしなくても許されそうだからだっ!
だって!!神様強すぎなんだもんっ!!
痛いし、全く面白くないし、良いところないし……
俺は不条理を心の隅に仕舞い込み、転移魔法を発動させた。
普通の人からしたら、俺も同じく不条理の塊なんだよなぁ……
「ここは…森の一番奥かな?」
転移したのは山に登る前の森。
「そうだな。とりあえず別の山を目指そうか」
「そうですね。それが一番効率が良さそうです」
「………」
ルナ様は抱っこして欲しそうにしているが、昨日の手加減ミスの件を気にしているのか、頼んではこなかった。
うん。是非、自分の足で登ってくれ。
そもそも、俺より速いんだからなっ!!
「確かあっちの方角に、大きな山が昨日の山の山頂から見えていたから、とりあえずそこを目指そっか」
「はい。それが良いでしょう」
「俺も異論ない」
「………」
みんなが納得したようなので、聖奈を先頭に森を歩いていく。
ミランは最後方で、後ろからやってきた魔物の対処だ。
俺はミランや聖奈に危険が迫りそうになれば援護出来るように、真ん中の位置取りだ。
ルナ様は特に決まりがないため、前後左右好きなところにいる。
ルナ様は偶に遠くへ視線をやる時があるが、俺の魔力波でも何も捉えられないから、俺達には見えない何かが見えているのかも知れないな。
…お化けじゃないよね?
「見てみて!!三倍くらいの身体強化が出来るようになったよっ!!」
昨日とは別の山の頂に登り終えて暫く。
何やら一人で瞑想を始めたかと思えば、いきなり魔法が上達してやがる……
アンタ、やっぱり主人公だろっ!?
「さ、流石だな…何かコツでも掴んだのか?」
俺が引き気味にそう伝えると、聖奈は嬉々として答えてくれた。
「うんっ!コツっていうか、私の肉体が耐えられる魔力の限界を攻めてたの。嬉しいけど…ここまでだね。私の肉体は兎も角、魔力の方が先に限界が来ちゃったから」
「よくそんなことが出来たな。俺は未だにどちらの限界もわからんままだよ」
「セイくんはチート野郎だからね…」
それ言われたらおしまいだぜ?
「聖。貴方の魔力的な限界はあるわよ」
聖奈と魔法談義をしていると、不意にルナ様が話に割って入ってきた。
「そりゃあ、あるだろうな?ちなみに如何程で?」
「数値的なことは貴方に理解できないわよ。わかりやすいのだと、貴方は魔力が減ったと感じたことがあったかしら?」
「えっ……あっ!あった。この魔導書の封印を解いた時には、身体から何かが抜けていく感覚があったぞ」
そういえばあったな、そんなこと。
あれ以来魔力が減ったと確実に認識できたことはない。
「それを見せなさい」
「ああ。この裏表紙の魔法だ」
見せろと言われたので魔導書を渡した。
「なるほどね。なんでもいいから一つ魔法を使ってみなさい。その身体強化以外でよ」
「お、おう。じゃあフレアボムで」
魔導書を見て、何かに納得したルナ様が告げる。
何でも良いと言われたら、使い慣れている魔法を使っちゃうよね。
俺は空に向けて、魔法を放つ。
「『フレアボム』」
ドンッ
中空でそれは爆発した。
「今の魔法は、魔力制御の熟練度で込められる魔力が違う魔法ね。今の魔力は丁度中間程度かしら」
「ああ。流石神様。大体中間くらいの威力が出せる程度には、魔力を込めたよ」
「これで貴方が理解できる材料は揃ったわ」
おおっ。俺に理解させるだと?
大きく出たなっ!!それは難題だぞ!!
「フレアボム二百発分が、この封印解除の魔法一回分くらいね。そして今の聖の魔力容量は、フレアボム凡そ八百発分よ。もちろん聖には月から魔力が与えられ続けているから、フレアボムでは物理的に魔力を枯渇させることは不可能ね」
「それって…凄いのか?」
いまいちよくわからん。
「ソニーの『人』限定で言うと、二番手を倍以上突き放したダントツトップよ」
「それは…凄いな。貰い物だからあれだけど。ありがとう、ルナ様」
「ふんっ。感謝されたくて教えたんじゃないわっ!」
ツン…デレはないな……
「でも、余裕はないわよ。わかるわよね?」
「ああ。いくら巨大な魔力を持っていても、その殆どを使いこなせていないからな」
「そうね。せめて今の出力の五倍以上にしないと、宝の持ち腐れと言われても仕方ないわ」
ご、五倍か……
ここまででもかなり苦労したが……
神様の言うことは厳しいな。
今の身体強化魔法が凡そ七倍から八倍くらいだから…四十倍の身体強化魔法を掛けられるようにならなければいけないのか。
出来る気がしませーーんっ!!
「ちなみに。身体強化魔法は特殊よ。あんなのはいくら努力したところで、十倍がせいぜいよ。聖は兎に角、魔力操作でその出力の限界を上げることね」
「そうなのか。わかった」
「聖奈はそうね…聖のように月とのバイパスは繋げられないけど、器を大きくしてあげる。どう?」
やはり俺は月と見えない何かで繋がっているんだな。
まぁ実際は見えている月ではなく、別次元のルナ様とだろうけど。
そして、聖奈には出来ないんだな。
俺ほどではないにしても、ルナ様との親和性が高いとか言っていたのに。
「器…ですか?」
「そうよ。魔力の入れ物ね。それを広げるのよ」
「良いのでしょうか?」
「?良いわよ?貴女がいいのであればね」
聖奈が言っているのは、自分なんかにルナ様の力を使ってもらっても、という意味だろ。
これだからコミュ障は。
「では、お願いいたします」
「ええ。痛みを伴うから、それだけは覚悟しなさい」
「えっ!?」
後出しかよ……
聖奈も珍しくびっくりしてんじゃん……
まぁ神様に俺達人が感じる痛みはわからんよな。
今は受肉して擬似的に体験しているけど、やはりそれは作り物だからな。
「これを咥えなさい」
そう言うと、ルナ様は俺が渡した魔導書を咥えるように、聖奈へと指示を出した。
魔法の触媒にでも使うのだろうか?
聖奈は疑うことなく魔導書を咥える。
「良いわ。そのままね。痛みで舌を噛み切らない為のものだから、落とさないようにね」
「っ!!?」
えっ!?そこまで!?
というか、それなら変わりはいくらでも他の物を出したのに……
「『■〓▽■▼▽』」
ルナ様から紡がれた音は、翻訳の能力を持ってしても意味を拾えなかった。
「がっ!!?!!」
バタバタッ
「聖奈っ!?」「セーナさんっ!?」
ルナ様の意味がわからない音の直後、聖奈が暴れ出した。
俺とミランは慌てて近寄るが……
「私が見ているから、あなた達は魔物が来ないように見てなさい」
「いや、待て。俺が抑えるよ」
ルナ様はなにも、何も感じずに暴れる聖奈を抑えているわけじゃない。
その顔は、もう泣きそうじゃん。
「でも…」
「良いんだよ。俺はルナ様の使徒だし、聖奈の夫なんだから」
「わかったわ。5分程で終わるから、その間聖奈が怪我をしないようにしっかりと抑えていなさい」
何でこの人は全部自分でしようとするかな。
まぁ、頼るのに慣れたくないんだろうな。
いつかは一人ぼっちになるのだから。
涙と涎を撒き散らしながら暴れる最愛の妻を、俺は優しく抱きしめた。
こんなに痛いって知っていたのなら、聖奈は絶対やらなかっただろうな……
痛いのは可哀想だけど、心配はしていない。
何せこの処置をしているのは、俺達が信仰している神様なのだから。