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沙織の魔力は全く減らないようなので、結界を広げたまま先に進んだ。リュカの姿ではない、シュヴァリエと共に。
「この森の出口はもっと先なのかしら?」
べつに足が痛いわけではない。だいぶ歩いた感があるので、シュヴァリエに確認しただけだ。
「少しだけ明るくなって来ましたので、出口は近いかもしれません。森の先には、獣人が住む村がある筈です」
「……獣人?」
(……うさ耳や、猫耳の美人さんとか暮らして居るのかしら? ――見たいっ!)
「彼らの中には、狩を生業とする者も居ますので。これより先は、くれぐれも足下にお気をつけください。罠が張られているかも知れません」
「罠……」
そうに言われると、視線はつい足下ばかりに行ってしまう。
草むらの中を用心深く歩くと、金属っぽい何かが仕掛けられていたのに気づく。獣か魔獣の脚を捕らえる物らしく、上手い具合に隠されていた。
シュヴァリエは、屈み込んで注意深く罠を調べる。
「錆も無く新しい物ですね。これは、仕掛けられてから日が浅い罠……なるほど珍しいタイプですね」
「へぇ、珍しい罠なの?」
「はい。耐魔物用の、魔封じの罠のようです。普通の罠は平民や獣人が使うので、鍵は罠本体と同じ金属です。ですが、これは……。コツが要りそうですが、魔力を使っても解除できますね。作った職人は、獣人ではなく魔力のある人間でしょう」
「シュヴァリエ、凄いわ! 見ただけで、そこまで分かるの?」
「私達、影は……特殊な訓練を受けていますので。こういった罠や、毒の知識や耐性もあります。主人を守れなければ、影の意味がありませんので」
(……毒の耐性? つまり毒を摂取していたってこと?)
「影の訓練て、大変そうね……。シュヴァリエって、ステファンと同じ歳なの?」
「影の情報は、詳しく話せないのですが……。私は、自分の年齢を知りませんので、残念ながらお答えできません」
シュヴァリエは申し訳なさそうに、美しい顔に儚げな微笑を浮かべた。
(自分の年齢も知らずに、只々訓練をしてきたシュヴァリエは――)
壮絶な人生を送ってきたのだろうと、容易に想像できた。沙織は胸を突かれ、なんて言葉を掛けたらいいか分からない。
そんな雰囲気を感じ取ったのか、シュヴァリエは困った顔をする。
そっと沙織の頬に触れ、こぼれた涙を優しく拭ってくれた。無意識に涙が出ていたのだ。
「サオリ様が悲しむ必要はありません。私には……それが当たり前の事ですので、大丈夫です」
「ごめんなさい、嫌なことを訊いてしまって」
シュヴァリエは首を横に振った。
(そうだ、私が泣くのは筋違いだ。シュヴァリエが、必死で耐えて乗り越えてきたことだわ。可哀想なんて、絶対に言ってはいけない。努力してきた人に同情なんてっ――シュヴァリエに失礼だもの!)
「シュヴァリエは頑張ったのね。本当に凄いわ。これからも、ステファンや私達を守ってくださいね」
沙織はほほ笑むと、シュヴァリエの鍛えられた傷跡の残る手を握った。
シュヴァリエは瞠目したが、徐々に目を細める。まるで眩しいものを見るように「ありがとうございます」と言った。
気合いを入れ直し、他の罠にも気をつけつつ歩みを進めると、草が潰れ横倒しになっている場所があった。
そこには、開かれた罠が落ちている。
「あら? 何か獲物がかかっていたのかしら?」
「そのようですね。罠に血が……これはっ」
何かあったのか、シュヴァリエは罠を凝視している。
「これは、魔物や獣の血ではありません。獣人か人間の物ですね。そして、鍵は強い魔力で壊されています」
「……え?」
「強い魔力の持ち主がこの森に入り、仕掛けられた罠を壊したという事です」
立ち上がったシュヴァリエは、ぐるりと森を見渡した。多分、視力を強化して見ているのだろう。
「サオリ様、あちらに行っても宜しいですか?」
「ええ、もちろん」
シュヴァリエの向かう方へついて行く。
すると、泥濘んだ足下の先には急な傾斜があり、下に向かって草が潰れていた。
「何かに足を取られたのか……。誰かが、落ちた形跡ですね」
「もしかして、アレクサンドル!?」
その傾斜の下を覗くと、森が開けていた。
「まだ、はっきりは分かりませんが。その可能性はあります。念のため、先程の壊れた罠を持ち帰って、ステファン様にお見せしましょう」
「そうね。勝手に森を出て、国境を越えるわけにはいかないものね」
(……あの先には、獣人の村があるのかしら?)
壊れた罠があった場所まで戻ると、ステファンから預かった収納の魔道具を出す。それに壊れた罠を仕舞い、もと来た道を辿って森を出た。
予想以上に時間がかかっていたようで、森の外も薄暗くなっている。
帰りの馬車の中で、ステラが料理人に用意させてくれた、サンドイッチをリュカと一緒に食べた。
――いつの間にか。
疲労とお腹が膨れたこともあり、馬車の揺れで、沙織は気持ちよく爆睡していた。
そんな沙織を、膝の上のシュヴァリエは、温かい眼差しで見上げる。
森の中で、シュヴァリエの手を握ってくれた沙織の柔らかな手に――リュカの小さな前足は、そっと触れた。