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「ほら、着替えよう。間に合わなくなるから」
「え、あ、うん」
サーシャがわたしに服を着せ、自分も目にもとまらぬ速さで服を着た。
……速いねー。これがサーシャの早着替えの本気……。
それからは目まぐるしく状況が変わった。目の前の準備が夢の様に去っていく。
「いってきます」
「いってらっしゃい、さっちゃん。気を付けてね」
「はい、クレア母さん」
「……お母さん、わたしは?」
「あんたは「行ってきます」って言ってないでしょ」
「行ってきます」
「いってらっしゃい」
「……」
お母さんがリビングに戻っていく。
そっけなさ過ぎるけど、これがお母さんの本性だ。サーシャへの挨拶はネコをかぶってるとしか思えない。お母さんもお姉ちゃんも、本性を隠すのがうますぎる。悪魔固有の特技とかなのかな?
「アリアちゃん、行こう」
「あ、うん、サ……さっちゃん」
危ない危ない。
家を出たら呼び名が「ちゃん付」になるんだった。
わたしが言い出したことなんだから、しっかり守ろう。
「アリアちゃん、外では結婚前と同じように、手を繋ぐだけにしようね。腕組みやスリスリは家までお預けだよ」
「うん」
サーシャ……さっちゃんと手を繋いで通りを歩く。
今日は注目もされないし祝福もされない。普通の日常だ。
「はぁー、なんか久しぶりだね。この普通な感じ」
「そうだね」
さっちゃんと手をつないで歩くと、普通の友達に戻ったような感覚になる。
おかげで友情ゲージはぐんぐん回復中だ。
あー、幸せだよー……。
「おう、おはよう、嬢ちゃん達!」
「ジョンさん、おはよー」
「学校頑張れよ。明日は土曜だからな、日曜までもうちょっとだ」
「うん、ありがとう。ジョンさんも、お仕事がんばってねー」
「おう!」
ああ、普通だ。
普通、万歳。普通、最高。
「校長先生、おはようございます」
「はい、おはよう」
普通だ。これが普通なんだよ。これでいいんだよ。
最近はイベントが多すぎて頭がいっぱいいっぱいだった。
勉強だけでも大変なのに、幽霊や千切り木刀とか色々あり過ぎだと思う。
こうして普通の日常を味わうと、最近の異常さがよくわかる。
……今日はこのまま、普通に過ごせたらいいな……。
「じゃあね、アリアちゃん。休み時間に」
「うん。……あ、これ」
「なに?」
「癒しの氷。今日はまだだったよね。バタバタしてたから忘れてた。わたしの味に染めきってあげるよ」
「ありがとう、アリアちゃん」
さっちゃんはサーシャスマイルで氷を食べると階段を昇って行った。
わたしはさっちゃんの姿が見えなくなるまで見送り、その残り香を堪能して教室に入る。
「おはよー」
「おはよー、アリアちゃん」
うん、教室内も普通だ。特に何もない。
……さっちゃんのおかげで忘れ物もないし、超優等生への道は明るいと思う。
カバンから1時間目の国語グッズを広げて授業の準備をする。
……国語かー。そういえば、国語はまだ家では勉強してないね。
国語はいつも30点から50点は取れてるので苦手科目ではない。ちょっと苦手なだけだ。
暗記は少ないし変な数式もない。昔の物語や文章選びが大事で、直感で答えてもなんとかなる。〇は少ないけど△が多い感じ。体育、美術、工作の次くらいに安心できる、わたしの安全地帯だ。おかげで精神的にちょっと余裕がある。朝から色々あったせいですでに疲れてるから、ホントに助かった。
「ふぅー……」
「なんか疲れてるね、どうしたの」
「んー、ちょっと朝からバタバタしててねー。なんか疲れた」
「そうなんだ……。さっちゃんさんとなにかあったの?」
「え?」
「今日はいつも通りだったよね。踊り場での絡みを楽しみにしてのに、とんだ期待外れだよ」
メルちゃんに期待外れと言われて「ふー、やれやれ」な感じの態度を取られる。
……絡みってなに? なにを期待してたんだろう?
きっと結婚学がらみなんだろうけど、結婚学は謎が多い学問で、今のところ習得しているはセレーティア先生とメルちゃんの二人だけだ。その基準で凡人のわたしになにかを期待されても困る。
「……なにを期待してたの?」
「これだよ」
これだよ、と言って見せてくれたのは落書き帳。前に見た妄想集と同じタイプのノートだった。ノートの表紙には「二人の愛の軌跡」と装飾盛りだくさんの文字で書いてあって、下にパート2と書いてある。2冊目ってことらしい。
……なにこれ?
「こういうのを見たかったんだよ」
「……」
ノートをめくって1ページ目を解説してくれる。
1ページ目は愛を告白している、物語の始まり的な場面らしい。
場所は校舎裏の大きな木の下。わたしとさっちゃんがお互いの両手を絡めて至近距離で見つめ合ってる場面。さっちゃんとわたしの身長は全然違うのに、なぜか同じ身長で描かれてる。お互いに頬を赤らめて、恋する乙女モード全開の表情だ。
前の妄想ノート―――パート1に、風景やストーリーを追加して、キラキラと花びらのエフェクトを増やした完全版らしい。
……うん、すごく上手だよ。絵描きさんになれると思う。
その場の雰囲気やすごく愛しあってるのが伝わってくるし、わたし達もそっくりだ。まるで、その場面を見ながら描いたようなリアルさがある。
「どうしてしなかったの? 昨日はしてたのに」
「……してたっけ?」
「うん。そこの踊り場でしてたよね」
「んー……?」
踊り場でこんなにキラキラな愛の告白なんかしてたかな?
普通にぎゅっとして、さっちゃんの愛の匂い付の指を舐めてただけだと思う。
ただ落ち着かせてくれただけで、こんな感じにはなってない。
「……してないんじゃないかな?」
「してたよ! 絶対!」
「んー……」
「……もしかして、家でいっぱいしてきたから満足してるとか?」
「家で?」
「家でいっぱい……愛しあって……きたのかなって……」
確かに、家ではいっぱいスリスリをして愛しあった。
でも、朝はユリ姉さんの乱入のせいであまり愛しあえなかった気がする。
「あまり愛しあえなかったかな。ユリ姉さん……他の人もいたから3人だったし」
「ぶっ!? さ、3人!? 3人で愛しあったの!?」
「愛しあったというか、3人で一緒にお風呂に入って邪魔された感じかな」
「3人で、お風呂で、邪魔って……まさか、どろどろの三角関係……」
「三角関係? それって、3人だから三角ってこと? だったら違うよ」
「……違うの?」
「もう一人いるから四角関係だよ」
「ぶっ!?」
3人の三角関係と言われてもう一人を思い出す。
今はわたしとさっちゃん、ユリ姉さんの三角関係かもしれないけど、近いうちにシェスタさんが加わるので四角関係になる。これは決定事項。絶対に二人には結婚してもらう。
「ア、アリアちゃん、もういいよ、ごめん、私が甘かったよ。……えっと、さっちゃんさんだけじゃなくて、他の二人も一緒に結婚するってことで……OK?」
「うん。4人で結婚式をあげる予定だよ」
「そっかー、そうなんだー……」
わたしとさっちゃん、ユリ姉さんとシェスタさん。4人の結婚式。
……想像しただけで嬉しくなるね。
美人さんの3人がキラキラのウェディングドレスを着てる姿を想像するとすごく幸せになる。並び的にはシェスタさん、ユリ姉さん、さっちゃん、わたし、かな? わたしみたいな可愛い系に、モデル系3人の間はキツすぎる。
……もっと人数が増えれば、わたしも目立たなくなってみんなの幸せ度も増えるんじゃない?
今のままだと、カレー(3人)に茄子(わたし)が乗ってるだけだ。端っこによっても目立ってしまう。でも、他にカツやハンバーグ、目玉焼きのような人達がたくさんいれば、もっと美味しくて最高になると思う。
「メルちゃんも一緒にする? みんな美人さんだから、キラキラで華やかだよ」
「わ、私はいいよ! 好きな人いるから!」
「もちろん、その人も入れてみんなでしよう。四角関係じゃなくて六角関係になればすごく楽しいよ」
「アリアちゃん、懐が深すぎる……」
「二人ともなんの話してるのー、混ぜてー」
「うん、えっと……」
それからは友達が集まってきて話が盛り上がった。
話題は3人目―――ユリ姉さんの話だ。大きな民兵組織に勤めていて、すごく強くて偉い人……そんな感じの普通の話。
そんな普通の話にすごく喰いついてきたのは、民兵博士のみーちゃん。
みーちゃんの中では、ユリ姉さんは住む世界の違う、神様みたいな存在になるらしい。前に聞いたブリギッテさんはぎりぎり同じ世界の住人で、常識の範囲内とのこと。
……実際はブリギッテさんの方がすごいけどね。
ブリギッテさんは組織をつくったメンバーの一人。そして生産者で料理人。ユリ姉さんは自分を食材って言ってた。ブリギッテさん達に調理されなかったら腐って捨てられるだけだって。生産者も料理人も食材も全部すごいと思うけど、やっぱり二役をこなしてるブリギッテさんの方がすごいと思う。
……まあ、ブリギッテさんってやたら謙虚みたいだからね。仲間以外にはたんなる熱苦しい人って思われてるのかも。わたしも詳しく聞くまでそう思ってたし。
みーちゃんも、ブリギッテさんのことやユリ姉さんの実態を詳しく知ったら考えが変わると思う。ユリ姉さんは神様なんかじゃなくて、普通のすごい人なんだって。それに、からかわれるだけだったらマイナス評価でおわると思う。真面目モードで色々としてくれるからプラス評価になってるけど、それがなかったら普通に迷惑なお調子者でしかない。
「ユリ姉さんかー……」
「絶対に紹介してね! お声を聞いてみたいし、お話をしてみたい!」
「うん、機会があればね」
「絶対だよ! あぁ、ユリカ様とのお話! 夢のようだよ!」
そう言ったミーちゃんは目を輝かせながら両腕を抱き、ブンブン身体を振って興奮している。
……みーちゃんの期待度がすごいけど、会わせても大丈夫かな?
こういうのって、期待が大きいほど、思ってたのと違うと落ち込むんだよね?
真面目モードにあたればいいけど、からかいモードだとすごく落ち込むと思う。
カラーン……カラーン……カラーン……
「あ、鐘がなった」
「ホームルーム始めるぞー、席に着け―」
「「「 はーい 」」」
「ユリカ様ってどんなお声なのかな? きっと海中に響き渡る海龍様の咆哮の様に美しいに決まってるよね? 凄く優しくて全てを包み込む温かいお声だよね? 耳掃除を入念にして、正確に全部のお声記憶しないと失礼だよね? あ、お近づきの印に何を持ってこうかな? 一生大切にしてくれて、私を思い出してくれそうなのがいいよね? 深海でしか取れない宝石とかサンゴとかどうかな? 私っぽくない? ユリカ様は喜んでくれそう? どうかな、アリアちゃん? 」
「うん、魚人さんっぽくて喜んでくれると思うよ。だから席に着こう」
「ユリカ様の好きな物って何? 好きな食べ物は? きっと―――」
「ミーリアーナ、どうでもいいからさっさと席に着けー。ホームルーム始めるぞー」
熱弁が止まらないみーちゃんに、先生がファイルで机をバンバンして注意する。
注意されたみーちゃんは「ユリカ様のことは大事なことなのに……」とか言いながら不満顔で自分の席に戻って行く。
……わたしの友達って、変わってる人が多かったんだね。薄々は感じてたけど、今日初めて確信したよ。
メルちゃんは結婚学を習得してて妄想ノートを2冊も作るし、みーちゃんは民兵博士でユリ姉さんのことを話し出したら暴走するし……。もしかして、他の友達もどこか変わった面を隠してるのかな? だとしたら怖すぎる。さっちゃんがいじめられない為にも目立たないって決めてるのに、すごく悪目立ちすると思う。
……でも、みんな大切な友達だし、どうにもできないよね……。
せめて、ほかの友達はわたしみたいに普通であることを祈ろう。わたし達の普通で二人の暴走を抑え込んで普通に見られるようにする。
……うん、そうしよう、普通が一番!
「―――以上でホームルームは終わりだ。今日も一日頑張る様に」
「「「 はーい 」」」
ホームルームが終わって先生が教室を出ていく。
一時間目が始まるまで5分しかない。急ごう。
「さっちゃんのところに行ってくる!」
「……頑張ってねー」
わたしは猛ダッシュで階段を上がってさっちゃんのクラスの飛び込む。
「お待たせ、さっちゃん!」
さっちゃんの胸に飛び込んで匂いを嗅ぐ。
ホントはこのままスリスリもしたいけど、それは家までのお預けだ。
今はぎゅっと匂いで我慢する。
「さっちゃん、愛してるよー」
「私も愛してるよ、アリアちゃん」
ちょっとぎゅっとして匂いを嗅いだらすぐに5分がたった。
「ほら、授業が始まるから戻って」
「うん、また来るからね!」
わたしは猛ダッシュで自分の教室に戻る。
時間いっぱいまでぎゅっとしてたのでギリギリセーフだ。
「ふぅー、なんとか間にあったー……」
「お帰りー。愛しあってきたの?」
わたしの到着と同時に授業が始まったので、メルちゃんが小声で話しかけてくる。
「うん。ちょっとしかできなかったけどね」
「ソウナンダー……」
メルちゃんが遠い目をして、感情の抜けた、棒読みのような返事で返してくる。
……ん? なんでそんなに棒読みなの?
さっきまでの結婚学の元気はどこに行ったんだろう?
「どうしたの? 急に元気がなくなったね?」
「二人の愛情についていけなく落ち込んでるんだよ。私は普通の常識に囚われていたんだって痛感してる。アリアちゃん達は普通とは程遠い夫婦。側で見るなら、普通を捨てて頑張らないとなって……」
「え? 普通は捨てちゃダメだよ。わたしもさっちゃんも普通の常識的な夫婦なんだから、普通で十分だよ」
「うん。アリアちゃんはやっぱりアリアちゃんだね。私は決めた。普通を捨てて二人の逢瀬を見る」
「え? だから、普通は―――」
「アウレーリアさん、メルティナさん。今は授業中です、静かにしなさい」
「……」
「はーい、ごめんなさーい」
メルちゃんの考える「普通」と、わたしの考える「普通」がズレてる気がしてきた。
……普通ってなんだろうね? わからなくなってきたよ……。
もんもんとしたまま授業は進み、わたしは全然集中できなかった。
この授業が終わったらさっちゃんに聞いてみよう。さっちゃんは超優等生なだけで普通の人だ。結婚学とか民兵博士じゃない普通の人。「普通」のこともちゃんとしってると思う。