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数日経ち、今日もアリエッタはミューゼの家で平和に暮らしている。
「おっひょおおおおおおお!?」
食事、おやつ、風呂、絵を描く環境、そして添い寝。
恥ずかしい事も多々あるが、森にいた時に比べて充実している事に感謝もしていた。そして何か恩返し出来ないかと、考える余裕も出来始めていた。
「うべろああぃええええええええ!!」
今日はミューゼ、パフィ、クリムの3人共が仕事をしていない。交代とはいえ流石に毎日働き続ける訳でもなく、クリムも加えて数日に1度は2人で、たまに3人で一緒にアリエッタと一緒にいる事にしているのである。
拾われてから日々の生活の中ですっかり懐いたアリエッタは、隣にいるパフィの腕にしがみついて離れようとしない。
「へぎょああああああああああああ!?」
「だああああ! うるさいし! アリエッタが怯えてるし!」
「うふふ、アリエッタちゃん、パフィさんの事大好きなのねー」
「照れるのよ」
リビングには、家に住んでいる3人とすっかり居着いているクリムに加え、ピアーニャとロンデルとリリ、ネフテリアと護衛兼見張りのオスルェンシス、フラウリージェのノエラと青白い肌をした細身の店員。
部屋の女性密度が高すぎて、ロンデルは居心地が悪く、キッチンへと退避していたりする。しかし、その気持ちが分かるアリエッタに生暖かい目で見られるという、ロンデルにとって謎の追い打ちを食らい、内心凹んでいた。
「て、店長落ち着いて……」
「まったく、カミめくるたびにゼッキョウしおって。だいじょうぶなのか?」
「だってだって! 見てよこの洗練された服の絵! 神よ、神様がここにいますわよ!」
「あはは……」
アリエッタを神呼ばわりされると、真実を知っているピアーニャとネフテリアは内心冷や汗ものである。
「貴女には分かるでしょう? この絵の凄さが! 尊さが!」
「いや凄さは分かりますけど、尊さは関係ないでしょ」
「いいから尊べ」
「はい尊いです」
もはや話の通じないノエラに睨まれて、店員は大人しくなった。
(のえら怖い! なんで叫んでんの!? 最初に会った時と同じ目だよ!)
「おーよちよち、怖かったのよー。ほら、ぎゅ~♪」
「あ、パフィさんずるい」
すっかり怯えているアリエッタは、パフィに抱っこされて豊かな胸にしがみついている事に気付いていない。変形したパフィの胸部を見て、ネフテリアと店員が関心し、ロンデルが目を逸らした。
「えーっと、話逸れてるし。ギャーギャー騒ぐのは終わりにするし」
「えーっ!?」
「えーじゃないし! なんでそこで駄々こねるし! いーかげんうるさいし!」
何故か騒ぎたがるノエラに対し、やたらと強気なクリム。というのも、
「同じ『店長』同士だからなのかな? 妙に遠慮してないよね……」
クリムは1人で食堂『ヴィーアンドクリーム』を切り盛りしているので、立場的には店長とも言える。加えて権力の考えが弱いラスィーテ出身というのもあって、基本的に誰に対しても平等なのである。
「え~……えぇっと、話進めなくて大丈夫?」
「あ、はい申し訳ございませんですわっ! 取り乱しましままま!」
「こりゃ駄目だし……」
たまらずネフテリアが声をかけたところで、ノエラは違う方向に取り乱すのだった。
「先に絵を見せたのは失敗だし。一旦取り上げるし。とりあえず要件言うし」
家主でもなく王女でもなく総長でもなく、この場を取り仕切り始めたのはクリム。平等どころか本来立場が上の者達を、まとめて指さして軽く睨みつける始末。護衛のオスルェンシスですら何故かたじろいて、反論出来ないでいる。
(この家おかしいですね……いつも権力が逆転しているような気がします)
一応王族が2人と護衛、そしてシーカー最高権力者が2人いるこの状況で、畏まっているのは服屋だけという異様な狭い空間。そもそも一般人の家に集まるメンバーとしては、顔ぶれも人数もおかしい。そんな中で、家の住人達は異常な程にまったりしている。
本来住人じゃないのに豪華メンバーを仕切っているクリムは、一旦絵の束を取り上げ箱に収納した。
「まったく……これだけお偉いさんが揃ってて何してるし。緊張するから早く要件済ませてほしいし」
『いやしてないよね!?』
客人全員からツッコミを食らったが、当の本人はさらりと全員を一瞥し、箱をアリエッタの近くに置いた。完全に緊張とは無縁のメンタルである。
絵を取られてしょんぼりしているノエラを見て、埒が明かないと思ったネフテリアが口を開いた。
「え~っと、フラウリージェから服が一通り出来たとの報告があって、関係者に声をかけたのは知っての通りよ。まぁその絵を見てノエラさんが壊れちゃったけど……」
「も、申し訳ございません……」
ちなみにピアーニャとロンデルはネフテリアに巻き込まれ、リリは話を聞いて無理矢理ついてきた。店員は荷物持ちでもある。
「試作品ですよね。なんかすっごい大荷物ですけど……」
「はい! パフィさん達はもちろん、サイズは複数作ってあるので、多少のサイズを気にしなければ全員試着する事はできると思います! あ、副総長さんは無理ですけど……」
「いえ、お気遣いなく。総長、私は帰ってよろしいでしょうか?」
全員着替える可能性が高すぎて、ロンデルはさらに居心地が悪くなり、帰る事にした。しかし、
「えー、副総長、帰っちゃ駄目ですよ。男性目線の評価もください。ついでに私のあられもない姿を見て責任取ってください!」
「いやいやいやいや!」
結婚願望のあるリリが、いきなり誘惑し始めた。ロンデルは独身中年男性の中でも地位と実力のある超優良物件なので、実はファナリアの20代後半女性からの人気が特に高い。リリもその1人である。
「まぁアリエッタちゃんとピアーニャちゃん以外は──」
「ピアーニャちゃんいうな!」
「──廊下か脱衣場で着替えるといいですわ。着付けは私ノエラと、こちらのルイルイがお手伝いいたしますわ」
ルイルイと紹介された青白い肌の女性は、ペコリとお辞儀した。王族にも注目されているので、動きは硬い。
ようやく紹介されたと、ネフテリアは安心してルイルイを見て話した。
「アイゼレイルの方ですね、よろしくお願いします」
「アイゼレイル?」
初めて聞くリージョン名に、ミューゼは素直に聞くことにした。
「アイゼレイルは糸のリージョンよ。住人は糸を自在に操ったり作ったりできるから、服飾系の仕事に就きに来る人が多いの。お城にも数人雇っているわ」
「へー、じゃああたし達が普段着てる服も?」
「かもね。そういう貴重な人材だし、何より尻尾が可愛いのよねー」
アイゼレイル人の外見的特徴は青白い肌、先細りした小さな手足、そして大きめの丸い尻尾。
ネフテリアは小さい頃に、城にいるアイゼレイル人の尻尾であやされたり、飛びついて怒られたりしていた。その事を懐かしんでいると、ピアーニャとオスルェンシスがジト目で睨んでいたりする。
「そ、それじゃ、早速試着といきますかっ。ミューゼさん、何かいい部屋ある?」
「はーい、物置掃除しておいてよかった。3人以上は余裕で入れますよ」
「すみません、結構あるので助かりますわ」
ミューゼとネフテリア、そしてノエラとルイルイは服の入った大袋を持って部屋を出て行った。
リビングに残った側は、クリムが飲み物とお菓子を出して、くつろぎ始めた。アリエッタもノエラがいなくなった事で、ようやく落ち着いていた。
(あわわ……ぱひーの…に思いっきり抱き着いちゃったよ! どうしよう怒られる!? 怒ってない!?)
あまり落ち着いてなかった。
「まだ怖いのよ? ほら、お菓子なのよ」
「ありがとなの……」
大人しくお菓子を受け取り、小動物のようにポリポリと食べ始める。
そんなアリエッタの姿を、残った客人達が驚いた様子で見つめていた。
「いま、なんて?」
「とんでもなく可愛い感じの何かが聞こえたような……」
「おおおおおちおちおちちおおぉぉ」
「いや落ち着くし。アリエッタが可愛いのはいつもの事だし。そんな状態で聞き直したら、致命傷になるし」
丁度この場には、アリエッタのお礼の言葉を聞いたことがあるのはパフィとクリムしかいない。本人も含めた3人以外は全員取り乱している。
「ど、どうしましょう?」
「どうするも何も、誰かが何かしてあげれば分かることでしょう。総長、どうぞ」
「おいこらリリ。わちはイヤだぞ……」
「……ええ、危険だと思います。総長が行けば、笑顔の追加だけでは済まないでしょう」
ロンデルが絶対に勝てない敵に出会った時の戦士のような顔で、リリの作戦を止めた。
オスルェンシスも、そのただ事ではない顔を見て、気を引き締める。
「しかしロンデル副総長、ここは誰かが犠牲になるしか無いかと。でなければ、数日寝られなくなる可能性があります」
「ええ、分かっています。ですが総長を差し出すのは我々にとっても危険過ぎます。しかし早くしなければ、アリエッタさんの機嫌がよくなり、声に弾みが出るでしょう。すぐに行動に移さなければ……しかし、しかしっ!」
アリエッタを恐れる大人達。仕事の時よりも真剣なその表情で円陣を組んで作戦を考えるその姿の横で、クリムが呆れかえっている。まぁその気持ちも分からなくもないので、大人しく見守っていたりする。
「ここは敢えて総長に行ってもらいますか?」
「……いや、やはりそれは止めておこう。リリさんもシス殿も至近距離で直撃を食らえばタダでは済まないだろう。ここは私が……」
「羨ましい気がしますが、それが一番安全かもしれません」
「わちがいくのでなければ、なんでもいいぞ」
4人の中で話がまとまった。
それを見計らって、クリムがあるものを差し出す。
「はいこれ、アリエッタにジュースあげてくるし」
「えっ、あっ、ハイ……」
勢いでジュースを受け取ったロンデルは、緊張した面持ちでアリエッタに向かっていくのだった。
そんな時、着替えに行っていた4人が戻ってきた。新作の服を着て意気揚々とリビングへ……
「えっ……まさか!」
先頭にいたノエラが見たのは、ジュースを持ってアリエッタに接近したロンデルの姿。
「待ってくださいまし! そんな事をしたらっ!」
血相を変えて、手を伸ばす。この時、ノエラの目には世界がゆっくり動いているように見えていた。
続いてリビングに戻ってきたミューゼ達3人が、その事に気付く。ミューゼが「あっ」と声を上げ、ルイルイが自身の口を押える。そしてまだ何も知らないネフテリアは、ジュースを受け取るアリエッタを見て微笑んだ。
(駄目ッ、間に合わなかった! 昇天は避けられないですわ……)
結局ノエラは覚悟を決めた。
「ありがとなのっ!」
『おふっ♡』
元気を取り戻したアリエッタのお礼の言葉で、ミューゼ、パフィ、クリム、ピアーニャの4人以外が崩れ落ちた。一応ピアーニャはアリエッタへの苦手意識で耐えているが、顔を背けて少し震えていたりする。
「ふっ、たわい無いし」
「まぁこうなるのは分かってたのよ。あ、ミューゼ、良い感じなのよ」
「うん…ありがと、でもこれどうするの?」
「どうせ今日は暇だし、待ってる間にアリエッタにその姿よく見せてあげるし」
「ほら見てアリエッタ~。どうかな~?」
「おおー」(想像通りの出来だ! やっぱりモデルが良いと完璧になるなぁ)
息の荒い屍が複数転がる中、着ている服を見せて和むミューゼ達であった。