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「陛下は何を考えておられるのだ!」
拳が振り下ろされ、ドン! と大きな音を立てて
テーブルが振動する。
ウィンベル王国、王都・フォルロワ―――
その某所で、身分の高さを思わせる豪奢な服を着た
複数の人物が、長大なテーブルの席に着いていた。
彼らは……
デイザン伯爵・ジャーバ伯爵が中心となっていた
『急進派』と呼ばれる勢力である。
先日、王都で行われた国王の演説について
話し合うため、集っていたのだが
「そうまで過剰に反応する必要は無いのでは?」
「偏重し過ぎていたのは事実であろう」
いさめるように、落ち着いた声と意見が
周囲から出てくる。しかし―――
「何を悠長な事を言っておるのだ!!」
中心人物であろう、中でも一番の年長者が
一喝する。
「一歩でも譲ったが最後だという事が
なぜわからん!!」
続けて出た言葉に、周囲は戸惑いと困惑の
視線を向け、
「いくら何でも考え過ぎでは?」
「一歩も譲るまいとして―――
全面的な対立に陥ってもいいと言われるのか?」
その対立先はもちろん、先の演説を行った
ラーシュ・ウィンベル国王―――
ひいては王家である。
さすがに彼らの表情には、焦燥の色が濃く見え、
何人かが次の言葉を飲み込んだ。
そこで先ほど一喝した人物が、複数の紙を
バサッとテーブルの上に放り投げる。
「……これは?」
その書類に近い者、遠い者が―――
ざわめきと疑問の目を向ける。
「―――陛下の『次の手』よ。
奴隷の名称を『奉公労働者』へと変え、
期間制限付きにしようと検討しておる。
これはその資料だ」
その言葉に、近い者は書類を奪うように
取り寄せる。
「……
さすがに犯罪奴隷は除外されている。
そこまで夢想家ではないか」
「借金や経済的理由で―――
もしくは連座制で奴隷になった者たちの
救済措置……
最長二年で解放するように緩和をと、
そう考えておられるようですな」
それを聞いた遠い位置にいる者からは、
どよめく声が聞こえるも、否定的な反応は無い。
「これは以前から問題視されていた事の
解決案ではないか?
女性や幼い子供に限定すれば、我々とて
異論は―――」
「それで止まると思っておるのか!!
このバカどもが!!」
肯定的な言葉を遮り―――
長老のような男の怒鳴り声が場を支配する。
その声の主はいったん大きくフー、と
息を吐いた後、
「反対の少ないものから通す―――
こんな事は交渉の基本であろう。
魔力の価値観を壊し、今度は身分差としての
奴隷解放に目を向ける。
その行き着く先はどこだと思っている?」
どこからか、唾を飲み込む音が聞こえてきた。
彼は続けて―――
「魔力と身分の価値観の破壊……
これは恐らく同時に考えられたものだ。
それは強力な魔法を持たぬ者―――
そして身分の低い者にある考えを
抱かせるに違いない。
即ち……
『これまでの関係に従う必要は無い』
という事を」
彼の隣りにいた人物が思わず声を上げる。
「いや、それならば―――
行き着く先は陛下、王家の」
廃絶ではないか、と喉元まで出た言葉を
彼は止める。
「……ゴホン。
そんな自殺願望のような事を、陛下が
画策したと言われるのか?」
言い直した彼に対し、長老のような男は
「いや、王家は安泰であろう?
そのためのワイバーン騎士隊であり―――
そしてチエゴ国との同盟であろうからな」
「「「―――!!」」」
そこで一同に、一気に緊張が走った。
「……ようやくわかったか。
今後、我らは篩に掛けられるであろう。
価値観のみならず、思想、制度、法―――
あらゆるものにおいて……!」
静まり返る周囲の中、彼は続けて、
「……さて、諸君。
我らはどの道を選ぶべきか?
このまま新しい価値観とやらの中で―――
抗わず消えていくか?
それとも、先祖が血と汗で培われた
地位と権利を死守するか?
選択肢などあるまい」
その提案に対し―――
テーブルの中心から離れた一人が、おずおずと
片手を上げ、
「何もそのような……
全てか無か、という考えをしなくても
いいのでは。
いったんはその価値観に従い―――
時が来るのを待つという手も」
「そ、そうです。
その新しい価値観とやらを……
我々主導で変えたり、作っていくという事も
考えられるのでは?」
同調したもう一人が口を開く。
すると長老格の男はゆっくりと席から立ちあがり、
「言い方を変えよう。
このまま、先祖が残してくださった権力も戦力も
使わずにジワジワと死んでいくか―――
戦うかのどちらかだ!!
少しは危機感を持てい!!
このバカどもがっ!!」
一同は視線を下げ、場を静寂が締め付ける。
「だからこの年になっても安心して貴様らに
後継を任せられんのだ!!
デイザン伯爵とジャーバ伯爵の件もだ!!
そもそも貴様らは……!!」
その後、老人特有の長い説教に―――
彼らは付き合わされる事になった。
「コイツぁまた―――
えれぇモン持ってきたなあ」
公都『ヤマト』・西側の新規開拓地区……
さらにその南の、貝や魚、食肉を処理する
専門施設で―――
筋肉質のアラフィフの男が、白髪交じりの頭を
ガシガシとかきながら話す。
彼の目の前にあるのは、透明なボディを持つ
巨大な甲殻類で……
すでに息絶えているが、解体作業用の照明に
照らされ、異様な存在感を放っていた。
「私も鑑定をやって長いが……
こんなものは初めてじゃ」
すっかり白くなった頭髪とヒゲをなでながら、
恐らくこの場では最高齢の老人が、その巨大ガニを
見上げる。
「あの、鑑定魔法にはどう出ていますか?」
私が恐る恐るウォルドさんにたずねると、
「『魔力によって巨大化し、擬態能力を得たカニ』
と出ておる。
私の知識に無ければ、名前も出ては
来ないしのう」
多分、名も無きただの沢蟹だろうからなー……
これなら、アルテリーゼの影響を受けたメルの
水魔法で巨大化した―――
という事まではわからないだろう。
あんまり生物学が発達していない世界で助かった。
そこへ同じ黒髪の―――
セミロングとロングの妻2人が、
「何かスゴいね。
水晶かガラスで出来た置物みたい」
「中の肉や臓器だけ取り出せば、よい飾り物に
なるであろう」
そして一番近くに、その『獲物』を仕留めた
ブラウンの短髪をした青年が―――
隣りには金髪の巻きロールの髪をした女性が
付き添う。
「これを……ギリアス様が?」
彼女の問いに、メルとアルテリーゼが先に答える。
「そだよー」
「我と一緒に狩りに行っておったのだが―――
そこの人間一人で倒してしまったわい」
そこで彼は、イライザ子爵令嬢の前に片膝をつき、
「……無骨なデザインではありますが、
受け取って頂けますでしょうか。
―――フォス子爵家への『贈り物』として」
ファム様やクロート様の時にもあったが、
これがこの世界の貴族の習慣なのだろう。
つまり……
プロポーズであり、婚約者へのプレゼントでも
あるわけだ。
透明な巨大ガニ、それを倒したギリアス様―――
その彼に告白とも言える献上品を出され、
「は、ははは……っ、はい!
喜んで……!
フォス子爵家の家宝にいたしますわ!」
こうして……
ギリアス様の『修行』と―――
箔付けの魔物討伐は終わったのであった。
「へー、ドーン伯爵様のところの長男が、
子爵令嬢とッスか」
その日の夕方、中央地区の公衆浴場で―――
私はギルドメンバーやパックさんとお風呂に
入っていた。
黒い短髪に褐色肌の青年が、今日の出来事に
ついて会話を切り出す。
「そういえば今日は、シャンタルがシンさんの
家にお邪魔していると聞きましたが」
シルバーのロングヘアーをした、薬師の言葉に
私は湯舟の湯で顔を洗い、
「それで追い出されたと言いますか……
女子会とやらをするんだそうで」
「ルーチェも行くって言ってましたけど、
何しているんでしょうね?」
焦げ茶の短髪・細身の少年が、質問とも
疑問とも取れない言葉をかけてくる。
ギル君の妻も参加しているので、
気になるのだろう。
「女同士の事はあまり深く追求しない方が
いいぞ、ギル。
まあミリアも行っているけど―――」
レイド君が弟分をたしなめる。
私もその後に続き、
「フォス子爵令嬢も招待したらしいよ。
何か無礼な事してなきゃいいけど」
私がそう言うと、そこにいた既婚の男性陣が
「そッスかー……」
「なるほど……」
「今夜は激しいかもなー……」
と、なぜか微妙な表情になり―――
お湯から上がって別れるまで、よそよそしい
態度になった。
「では失礼します、シン殿!」
「お世話になりました」
それから2日後……
晴れて婚約者同士となったギリアス様と
イライザ様は、王都へ戻る事になった。
あの透明な巨大ガニは―――
職人たちの手で解体され、綺麗に肉や内臓を取って
各パーツに分けられ、
組み立てれば、まるでクリスタルで作られた
彫像のように―――
巨大な一匹のカニになるよう、加工されたらしい。
また、王都でのコンサートで結婚式の楽曲を
選定するため……
それをクラウディオ・オリガ子爵令嬢にも
伝えてもらうようお願いした。
「それじゃね、イライザ様!」
「頑張るのじゃぞー!」
メルとアルテリーゼが片手を振ると、
子爵令嬢が近付いてきて、2人の肩を
ガシッとつかみ、
「メル殿!
アルテリーゼ殿!
修行、ありがとうございました!
必ずや役立たせて頂きます!」
そう言うと、彼女はギリアス様のエスコートで
馬車へと乗り込み……
念のため、上空にはワイバーンに乗った
レイド夫妻が―――
地上はラミア族の護衛付きで、彼らは王都へと
旅立って行った。
残された私は妻2人に向かうと、
「……修行って、何の?
イライザ様にも何か教えたワケ?」
私の問いにメルとアルテリーゼは、露骨に
目を反らし、
「いやもー、それはヤボだってばシン」
「女同士、いかに好きな殿方を自分から
離れなくさせるか、話し合っただけぞ?」
彼女たちの答えに、私は頭をポリポリとかいて、
「……今夜はオシオキです」
『えー!?』『なぜじゃー!?』と叫ぶ嫁2名を
残して―――
私は別の用件のために、ギルド支部へと向かった。
「おう、シン。
待っていたぜ」
支部長室で、部屋の主と―――
同じ銀色のロングヘアーを持つ夫妻が
待っていた。
議題は、例の『透明に進化した巨大ガニ』の、
今後の処遇についてである。
だからパック夫妻にも来てもらったのだ。
「そんで―――
巨大化の後の『進化』だが……」
巨大化までは、魚もナマズもウナギもエビも
通ってきた道だ。
問題はその後の変化というか突然変異で―――
「やっぱり個体による差があるみたいです」
「なのでシンさんの言う通り、巨大化した時点で
わたくしかアルテリーゼが縛ってしまった方が
いいかと」
それを聞いて、ジャンさんはしばし考え込み……
「カニもチビたちの好物だしなあ~……
味噌汁に入れても旨そうだし。
……縛っていれば問題は無いんだな?」
「は、はい。
現に、解放するまでは完全に動きを
封じる事が出来ていましたので」
ギルド長は両腕を組んで天井を見上げ、
「まっ、それならいいか。
ただし! 管理は厳重にしてくれよ」
最悪、倍化で留める事も覚悟していたが、
ジャンさんの許可が下りてホッとする。
何せそのヘンの川で獲って来る事の出来る
『食材』なのだ。
特にエビや貝やカニで作る『つみれ』は、
見た目がわからなくなるという点でも―――
便利なタンパク源なのである。
「あ~良かったぁ~……」
「周囲の風景に丸ごと擬態する―――
あれ、是非とも研究してみたかったんですよね」
夫妻が心から安堵した表情を見せる。
やっぱりこの人たちは根っからの学者バカ……
もとい学者肌なんだなあ。
すると、パックさんとシャンタルさんの2人は
こちらへ視線を移して、
「そうだ、シンさん。
例のもの出来ましたよ。
ほら、シャンタル」
「あ、そうでした。
こちらになります」
夫に促され妻が出してきたのは―――
短い木の棒、その先端に様々な果物が
くっついていた。
ミカンのような果物は皮が剥かれ、中身の
一粒が三日月のように……
他の果物も小さくカットされ、それが透明な
膜に覆われて鈍く光り輝いている。
「ン? 何だこりゃ?」
ギルド長はそれを見て片眉を上げる。
「まずは試食しましょう。
ジャンさんもどうぞ」
こうして、4人がそれぞれ、加工された
果物を口に入れると―――
「おっ?」
「うん」
アラフィフとアラフォーの男が声を上げ、
「甘いのと酸っぱいのとで―――
何ともいえない味です」
「これは、子供たちも喜ぶでしょう」
パック夫妻も、試作品の出来に満足する。
これは―――
果物をシュガーで溶かしたシロップで
コーティングしたもの。
いわゆる『飴』だ。
メープルシロップからシュガーを大量に
生産出来るようになっていたので……
それを利用して作ったのである。
作り方はそれほど手間がかかるものではなく、
まず適当な大きさにカットしたフルーツに、
少しだけ塩をまぶす。
その後、シュガーと少量の水を混ぜ、煮たてた
シロップを用意。
それを入れた容器に、果物と木の棒の先端を
くっつけるようにして沈ませ―――
冷えるのを待つ。
そして固まったら完成である。
「面白ぇモンだな。
それに食いやすい。
だが、どうしてこんな物を作ったんだ?
チビたちも喜んで食うだろうけど」
ギルド長がつまようじのように、口から出た
木の棒を上下に動かす。
「甘味も増えてきましたし、手軽なお菓子をと
思いまして。
それでパックさんとシャンタルさんに
お願いしていたんです」
今のところ、お菓子と呼べる類の物は……
シャーベットやアイスキャンデーは今の時期、
さすがに厳しい。
パンケーキや葛餅、プリンはちゃんとした
料理並みに手間がかかるし―――
持ち帰りは出来るが、店で食べるのが普通だ。
後は干し柿があるが……
こちらは値段が子供向けとは言い難い。
だが、この飴なら大量生産が容易で、
どこにでも持ち運べるし―――
何より保存が利く。
「でもこうなると、怖いのは虫歯ですね」
「歯磨きを徹底させないと」
この公都の医療を預かる者として、夫妻から
心配の声が漏れる。
「そこは俺からリベラに言っておくよ」
苦笑いしながらジャンさんが答える。
ちなみに―――
『歯ブラシ』も結構早い時点で私が作って
いたりする。
とは言っても、これも単純な作りで……
地球の歯ブラシ状に木の形を整え、
ブラシに当たる部分を石で叩いて
柔らかくしただけの物。
そうする事でブラシ部分が繊維状になり、
適度に細かくなるのだ。
江戸時代にも『房楊枝』という似たような
ものがあったので、その知識を生かして
こちらで再現……といった感じ。
これに塩を付けて歯磨きをする。
この世界でも虫歯は普通にあり、
歯ブラシのような物と習慣はあったが―――
それは細い木の枝で汚れを取るようなもので、
私が『歯ブラシ』を作った途端、全てそれに
取って代わられたのは言うまでもない。
そもそも、この世界の虫歯とは大人になれば
身体強化と、多少お金をかけて浄化魔法を使って
治すようなものであり―――
ましてや子供に関しては、それなりに食事を
出せる、経済的に豊かな家の『金持ち病』の
ような扱いであった。
「で、コレ……まだあるか?」
ギルド長の問いに、パック夫妻は顔を
見合わせ、
「そう言うと思いまして」
「500個ほど『試食用』に作ってきました」
2人の視線の先、部屋の片隅に大きい袋が
複数あり……
「すまねえな、恩に着る。
オーイ誰か!」
扉に向かって叫ぶ彼の呼ぶ声に、
「はい支部長、何か」
すぐに返事と共に、女性職員が現れる。
ミリアさんはレイド君と一緒に護衛として
王都まで行っているので、代理の職員が
来たようだ。
それにしても、ここも人が増えたなあ。
「俺はちょっと出かけてくる。
一時間ほど頼むぜ」
サンタクロースのように袋をかつぐギルド長に、
パープルのショートヘアをした彼女は聞き返す。
「それでどちらへ?」
「まあ……野暮用だ。すぐ戻る」
「児童預かり所ですね?
わかりました」
「……おう」
お見通し、というようにその職員は微笑み、
私たちも苦笑しながら、ギルド支部を後にした。
それから一週間後―――
「チエゴ国から、新しく留学生たちが
やってきました。
みなさん、仲良くしてください。
慣れない事とかあると思いますので、
教えてあげてくださいね」
『ガッコウ』で、私は十数人ほどの子供たちを
紹介していた。
ティーダ君からも伝えられていた……
チエゴ国からの留学組である。
なお、引率者の大人がいたらしいのだが、
王都で『話し合い』のため滞在し、まずは
子供たちだけ公都に来させたとの事。
ギルド長曰く……
ドラゴンやワイバーン、魔狼の噂を聞いた大人組が
ビビって腰が引けたのだろう、と。
編成は女の子が多く―――
身分も子爵から伯爵とかなりの上級国民。
それも美少女揃いで……
ハニートラップという言葉が頭に浮かんだ。
これについても、ジャンさんと一応
話し合ったのだが―――
獣人族であるティーダ君が、フェンリルである
ルクレセントさんを『つかまえた』事で、
それに対抗するため、誰かしら異性の有力者か
実力者と縁を結んでこい、と指示を受けているの
だろうと説明された。
しかし……
「あ、あの、シン殿。
あそこにいる人は……?」
留学組の中でも一番年上であろう、彼女の
視線の先は……
エメラルドのような瞳、短いながらも
淡いグリーンの色が波打つような髪の
美少年が―――
「彼は人間ではありません。
土精霊様です」
本来、『ガッコウ』に通うのは12才からだが、
永い時を生きる精霊には当てはまらず……
本人の希望もあって、ここで学んでいる。
「あ、あちらは」
別の少女の質問に、私は視線をそこへと
動かし、
「ジーク君、ですね。
彼も人間ではなく、魔狼です。
この公都の魔狼は、人間の姿にも
なれますので」
私の説明に気付いたのか、ダークブラウンの
巻き毛の短髪をした10才くらいの少年が、
微笑んで片手を振る。
それを見た留学組の女性陣はさらに
黄色い声を上げ―――
「(気の毒だけど……
ココは男の方が却って競争率高いんだよなあ)」
同時に私は、彼女たちに心の中で同情した。
その夜……
チエゴ国からの留学組は、児童預かり所で
与えられた部屋―――
その一室に集まっていた。
国からの使節一行なので、高級宿に泊まる
選択肢もあったのだが……
先にティーダから得ていた情報で、
『児童預かり所は、冒険者や公都の有力者も
よく顔を見せる』
『冒険者のレベルも高い』
という話を元に―――
『より広く地元民との交流を』という名目で、
宿泊先を変更したのである。
「いやしかし……
あの土精霊様は反則っしょ」
「魔狼って獣人族とは違うんでしょ?
確か魔狼ライダーっていうのがいて。
フェンリル様との婚約は本国も認めているし……
彼とならアリだわ!」
きゃあきゃあと、欲望と本音が渦巻き―――
「私はバン様一筋!
身分? 有力者? 知ったこっちゃねえ!!」
「あ! 冒険者ならアタシも!
レイド様、超格好良かったあ……
ワイバーンに乗って降りて来たところなんて、
もう……!
もう結婚しているっぽいけど、あの人なら
二番目でも構いません!」
その一方で、部屋の片隅で肩身が狭そうに、
少数の男子たちが大人しくしていた。
「僕たちはどうする?
魔狼にも女の子がいるって話だけど」
「俺はラミア族のお姉さんとは話したけどさ……」
そこで彼は別の少年の方へ向きを変え、
「でもさぁ、イリス。
お前しか獣人族がいないって露骨過ぎねぇ?
ウィンベル王国も、通訳を要請して
いたんだろ?」
その指摘通り―――
この留学組の中で、獣人族は一人しかいなかった。
「仕方無いよ。
そもそも獣人族は数が少ないんだし……
僕も母様から、あまり目立たないようにって
言われているしね」
狐耳を持ち、赤茶の髪とふさふさした
尻尾を床に垂らしながら―――
イリスと呼ばれた唯一の獣人族の少年が答える。
「つーかよ。
何かあったらヤベーのは俺たちだってのに、
ジジイ連中は何考えてやがるんだ」
「『獣人族をこれ以上のさばらせるな!』だの、
『ワイバーンやフェンリルのような味方を
見つけてこい!』だのさあ。
ホント、好き勝手言ってくれるよ」
彼らは男女共に、チエゴ国から『選抜』された
メンバーではあったが、
万が一、『いなくなっても』大丈夫と判断された、
いわば捨て駒のような人材でもあり―――
貴族と言っても分家や、逆らえない・立場の低い
者たちで構成されていたのである。
そういう経緯もあり、運命共同体というか……
一蓮托生のような連帯感があった。
「でも、ティーダ君に聞いたところ、
『それまでの価値観が吹き飛ぶ』
『ここの生活に慣れると戻れない』
『多分、敵対とか考えられてすらいない』
という話でしたし」
「まー確かにな。
何で王都じゃなく公都なんだ?
って思ったけど。
料理もすっげー美味かったし、
風呂もトイレも何もかも別世界だ。
あちらでもある程度は導入されて
いるけど―――
普及率やレベルは段違いだぜ」
そこで、同室にいた女性陣も合流してきた。
「ちょっとぉー男子ぃー。
あんたたちも頑張ってよ!」
「まあ私たちも含めて、あまり期待もされていない
でしょうけど」
「厳しい現実を突き付けてくんなよ……」
さすがに女性陣も立場は理解しているようで、
その眉間にシワを寄せながら話す。
「それで明日からはー?」
「あ、僕はさっそくワイバーンの通訳を
頼まれています。
なので別行動になるかと」
「俺たちはしばらく、あの『ガッコウ』って
ところで技術習得じゃねーか?」
「まあいろいろ覚えておけば、本国に戻っても
邪魔者扱いはされないでしょ。
……生きて帰る事が出来たら、だけど」
ある程度上流の教育をされているせいか、
決して楽観視はせず―――
生存に向けて全力で思考を巡らせる。
そこでおずおずと、獣人族の少年が
片手を上げて、
「あの、その事なんだけど……
『もし万が一、身に危険が及ぶ事があれば、
シンさんのところか冒険者ギルドに逃げ込んで』
だって。
ナルガ辺境伯様が捕虜になった際、
公都とは親密になったらしいから―――
そこは絶対安全だってティーダ君が」
そこで男女問わず全員が獣人族の少年を取り囲み、
「マジ頼むぜー、イリス!」
「あんただけが頼みの綱なんだからね!」
「アタシも母様から、万一の時は亡命しても
いいって言われているから」
彼らは獣人族を中心に奇妙な一体感を
形成して―――
夜は更けていった。
「……ふーん。
じゃあワイバーンたちの通訳は明日からなんだ」
「言いたい事、伝えたい事は山ほどあるで
あろうしのう」
「ピュ!」
自宅で、家族と一緒に遅めの夕食を
取りながら―――
本日の出来事を報告・共有する。
「他の子たちは?」
「多分、『ガッコウ』で勉強を続けるだけだろう。
そういえば、今は公都にポルガ国の
元伯爵様もいるし―――
彼に紹介してもいいかな」
メルの質問に、飲み物に口をつけながら
答える。
「ロッテン殿か。
そろそろ、ラミア族の住処の近くに作った
別荘へと移るという話じゃが」
「ピュピュ」
アルテリーゼとラッチも会話に同調する。
本格的に冬から春へと移行しつつあるという
事もあって―――
・ロッテン元伯爵様の別荘
・東の村と公都の中間の麺類製造専門施設
・ドーン伯爵領とブリガン伯爵領の間の新規開拓地
これらの計画が同時進行で行われており、
現在、建設ラッシュ中なのである。
もちろん、アルテリーゼ・シャンタルといった
ドラゴン組は、物資輸送のメインとして
活躍していた。
メルも飛躍的に伸びた身体強化を生かして、
率先して荷物運びを手伝っている。
「そうか。
しかし……2人とも大丈夫か?
疲れてない?」
私の問いに、2人はクスッと笑う。
「シンがお休みを徹底させているから、
大丈夫だよー」
「確かにのう。
当初は一気にやってしまえばよかろう?
とも思っておったが……
適度に休む方が効率は良いと、今は皆わかって
おるからな」
ブラック企業という言葉が浸透した国から来た
私に取っては、労働環境の改善は至上命題でも
あるからなあ。
それに、初めの頃は氷魔法使いの人たちに、
無理をさせたという反省もあるし。
「じゃあ、悪いけど……
明日、ワイバーンの女王の元まで、イリス君を
連れて行く事になると思う。
2人とも、頼むよ」
「りょー」
「任せておくがよい」
「ピュ!」
元気良く3人が返事をし、
「ありがとう。
あ、今日は私が後片付けをするから」
こうして―――
私は家族との食事を終え、明日に備える事にした。
「じゃあ、頼んだぜ」
「はい。
留学組をお願いしますね」
翌日の昼―――
私はメルと、ドラゴンの姿になったアルテリーゼと
一緒に、出発の準備を整えていた。
ギルド長と、これから向かうワイバーンの女王との
話し合いの打ち合わせをしていると、視界に何かが
入ってきて、思わず見上げる。
「……アレも話し合わないと、ですねえ」
「そうだな」
私とジャンさんが見上げる先は―――
子供のワイバーンが、小さな人間の子供を乗せて
飛び回る姿。
レイド君のワイバーンライダーの姿を見て、
幼いワイバーンも人間の子供もそれを真似して……
ああやって飛ぶようになってしまったのだ。
「飛ぶなとは言わねぇが……
やっぱり危ないよなあ、アレは」
「かと言ってどう注意したものか、
困ったものです」
せめて低空飛行でもしてくれればいいのだが、
そもそも通訳がおらず、またどうやって
『大人は良くて子供はダメ』と伝えるか、
頭を悩ませていた。
「まあ、アレは帰ってからにしましょう……ん?」
その時―――
上空のワイバーンに対し、急激に接近する
影が一つ。
それはワイバーンの背をかすめ、猛スピードで
離れていく。
「っ、ありゃガルーダか!?
やばい、上の子供がさらわれたぞ!!」
ワイバーンの方は、落下とはいかないまでも
徐々にその高度を落とし始めていた。
「アルテリーゼ!! メル!!」
言うが早いか、アルテリーゼは首を
地面に着け―――
私とメルはそれに飛び乗る。
「シンは子供を頼む!
ワイバーンの方はこっちで保護する!
パック夫妻にも連絡しておくから―――」
「お願いします!」
ギルド長に、ケガをしたであろうワイバーンの
子供を任せ……
こちらは人間の子供を取り戻すべく、追跡に
入った。
「見えた!
アレが……ガルーダか」
アルテリーゼが30秒も猛追すると、すぐに
その姿が明らかになる。
地球でいうところのオオワシ、とでも
いうのだろうか。
体長は、翼の大きさだけならワイバーンの
大人と遜色は無い。
それが足のカギ爪で、少女と思われる子供を
獲物として捕まえながら飛んでいた。
「どうする、シン?」
メルの質問に、私は下のアルテリーゼに向かって、
「まずはガルーダの下に潜り込むように
飛んで―――
そこで上を『無効化』した後……
落ちて来たガルーダを子供ごと、アルテリーゼが
両手でつかまえてくれ」
次にメルに向かって、
「もしガルーダが子供を離したら、メルが
受け止めてくれ。
出来るか?」
私の指示に2人は、
「これくらいの高度なら落ちる時間も確保出来る。
造作も無い事よ」
「身体強化を使えば―――
落ちてもまあ大丈夫かな。
ケガしても軽く済むと思うし。
子供だけは絶対助けてみせるから」
救出の手はずを指示して合意を取ると―――
言葉通り、アルテリーゼはガルーダの直下へ。
そして私は見上げて独り言の様につぶやく。
この場合、自分たちを乗せたアルテリーゼも
同条件で空を飛んでいるため―――
うかつに魔力・魔法の無効化は出来ない。
なので上空のガルーダに限定して、『無効化』を
発動させる必要がある。
「猛禽類だが、翼のサイズが小さ過ぎる。
小鳥なら体格比で1kg程度の負担でも―――
白鳥クラスになると10倍以上に増加する。
ましてや、ワイバーンにも劣らない大きさで、
通常程度のサイズ比しかない翼で飛ぶ『鳥』など、
・・・・・
あり得ない」
私の言葉が終わると同時に、上空で変化が起こり、
「キェエエエー!?」
恐らく、翼の負担が一気に地球標準に
なったのだろう。
ガルーダの叫びと、同時に何かを砕くような音が
空に響き渡る。
翼の骨が折れたのだろう。
ガルーダはキリモミ状態になって、頭から
落下していく。
「よっと!」
すかさずアルテリーゼがその首を捕らえる。
絶命はしていないが、息も絶え絶えといった
感じで、ブラン、とその足を垂らす。
その足、かぎ爪の先には少女が引っ掛かっていて、
「服が……
これはちょっとマズいな。
アルテリーゼ、このまま高度を落として。
ある程度下がったところでメルが子供を確保
してくれ」
「わかったぞ」
「りょー」
そして、地上からの高さが10メートルほどに
なった時、メルがガルーダの体つたいに、
足元まで移動して―――
爪から少女を外し、彼女を抱えた後に飛び降りた。
その後、地上で合流し、まずアルテリーゼが
ガルーダにとどめを刺し……
「女の子の具合は?」
「気絶しているだけ。
ただ、背中に傷が……」
「早く公都に戻り、パック殿に診てもらおう」
少女を保護すると―――
アルテリーゼの背に乗せ……
下は獲物であるガルーダをつかんで、公都へ向けて
飛び立った。