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公都に戻り、少女をパック夫妻の自宅兼病院に
緊急搬送した後―――
待合室で私は、メルと一緒にただ待っていた。
10分もすると、筋肉質のアラフィフの男性と
合流し、
「おう、シン。
アルテリーゼはどうした?」
「彼女なら、そのままガルーダの
解体処理の手伝いに―――
それより、どうしてこんな事が」
そこでギルド長は頭をガシガシとかいて、
「詳しい話はギルド支部でする。
それより、まずは子供の安否を」
ちょうどそこへ、シルバーのロングヘアーを
後ろでまとめた夫妻がやって来て、
「あの少女は無事ですよ。
命に別状はありません。
ケガも軽傷でしたし―――
すぐに治癒魔法で治しましたので、
痕も残らないでしょう。
ワイバーンの子供も元気です」
「とはいえ、今日一日は病院で寝かしておいた方が
いいでしょうね」
それを聞いたジャンさんはフー……と大きく
息を吐いて、
「とにかく、チエゴ国の留学生たちに
伝えてやらねえと」
「へ? もしかしてあの女の子、
留学組だったの?」
黒髪・セミロングの妻がきょとんとして聞き返す。
「まあその辺りも含めて話すよ。
取り敢えずギルド支部へ行くぜ」
こうして私とメルは、ギルド長と一緒に
場所を変える事にした。
「あ……こ、今回はご迷惑をおかけして」
応接室に入ると―――
一緒にワイバーンの女王の元まで行く予定だった
獣人族の少年がいた。
ティーダ君が犬タイプだとすると、彼は狐タイプ
だろうか。
長い耳と、赤茶のやや長い髪をしていて―――
「いや、こっちの不手際だ。
すまなかった。
そちらが気にする事はねえ。
あと、あの―――
ミエリツィア伯爵令嬢も無事だ」
ジャンさんが片手を大きく振って、話に入る。
「でもどうして彼女は、ワイバーンの子供に
乗っていたんですか?」
私が説明を求めると、イリス君が顔を上げ、
「他の留学組から聞きましたが―――
この公都の子供たちがワイバーンに乗って
遊んでいるのを見学していたところ、
『自分も!』となってしまったらしく……」
「他国からのお客様で、しかも貴族様だ。
周囲の大人も、それで注意が遅れたんだと」
やれやれ、とギルド長が両手を広げる。
「まーそれは仕方無いかなー。
あんなの見ていたら、乗りたくなるのは
無理も無いって」
イリス君の緊張を和らげるためか、メルも
同調する。
「イリス君には通訳で同行してもらう予定
でしたが―――
後日にしましょう。
取り敢えず、今日のところは留学組を
落ち着かせてください」
「は、はい!
失礼します―――」
少年は何度もペコペコと頭を下げると、
応接室を後にし、
「……しかし、ガルーダか。
どうしてこんな時に」
イリス君が退室したのを見計らうようにして、
ジャンさんが両腕を組む。
そこへノックがされ、
「おー、シン、メルっち。
ここにおったか」
黒髪ロングのもう一人の妻が、部屋に入ってきた。
その後ろにはパック夫妻も来ており―――
「……支部長室に部屋変えるか」
施設の最高責任者の一言で、全員が上の階へと
移動する事になった。
「……ではジャンさんは、ガルーダの襲撃に
疑いを持っているんですか?」
「確信は無いが―――
ガルーダの飛来なんて、少なくともココじゃ
記録が無ぇ」
支部長室に移り、ギルド長自らが用意した
飲み物に口を付けながら、話し合いが
スタートした。
「そういえばそうだね。
私にも覚えが無いし」
メルは冒険者になってからこの地へ来た
人間だが、私よりは先住していて長い。
「新生『アノーミア』連邦の件もあるし、
神経質かも知れんが、どうしても
勘ぐっちまう」
「まあ気持ちはわかるがの」
アルテリーゼは否定でも肯定でもなく、
ただジャンさんの気持ちを察して答える。
「確かに、ガルーダの襲撃自体珍しい事ですが……
意図的に、となると―――
もし使役する事に成功していたとしても、
単体で、しかもこんな日中・昼間から
動きますかね」
パックさんの指摘に、ギルド長の顔から
険しさが消え、
「確かにそうだな。
一匹だけ効果的に使うのであれば、
夜間に動かすだろう。
いやでもガルーダって鳥だよな?
夜は視力が―――
……まあアレコレ考えても仕方がねぇ事で、
時間をかけるのは無駄だな。
いったん保留だ」
そこでようやく室内の空気が和らぐ。
「とはいえ、偶然だったとしても……
珍しい例ですから是非、肉や羽や骨の一部は」
さっそく学者魂に火が着いたシャンタルさんが、
研究材料を無心する。
「肉は一番、あの子供とワイバーンが食べる
権利があろう。
何せ食われかけたのだから」
アルテリーゼが意地悪そうに笑うと―――
つられて全員が苦笑した。
―――2日後。
ワイバーンの巣で、私と嫁2人、そしてラッチは
イリス君を通訳にして、女王と話し合っていた。
こちらからは……
ワイバーンの巣の周辺で採取された薬草や鉱石が、
非常に希少なものであり、王都他で新しい薬や
魔導具の開発に役立っている事、
ワイバーン騎士隊の創設により、各国との同盟を
積極的に進められている事などを、通訳の
イリス君を通じて告げた。
「フム、役立っておるようで何よりじゃ……
と言っておられます」
ワイバーンの女王からは―――
定期的にもらえる魔物鳥『プルラン』の卵の
おかげで、今のところ飢えずに済んでいる事、
最近は奇妙な飛翔体は現れず、獲物の数は
元に戻りつつある事などを告げられる。
「だが、子供の食料は慢性的に不足気味じゃ。
人間のように、穀物を混ぜたり出来れば……
と言っております」
ワイバーンの体では、料理も栽培も出来ない
だろうしな……
穀物は運べるだろうけど。
「いっそ、人間の拠点をココに作るのも
アリかも知れませんね。
峡谷なので動けませんが―――
料理人に来てもらって、材料はその都度
搬入という形で」
「それは―――
もし可能であれば、大変ありがたいのだが、
と……」
その提案に喜びながらも、女王は即答を避ける。
それは、人間との完全な共同生活の一歩であり、
今後の群れの行先を左右するもの。
また地球とは重要性の度合いが異なるが、
食料インフラの一端を握られる可能性がある……
それくらいの事は考えているだろう。
「安全保障―――
そう考えれば、悪くは無いと思いますよ。
人間側はワイバーンに守ってもらえる。
ワイバーンは人間に食料を提供してもらう……
そもそも戦力的には、人間の方がずっと
弱いですからね。
一方的な関係にはならないかと」
ワイバーンの女王は、しばらく首を振り子のように
左右に動かしたり、両目を閉じたりしていたが、
「もし来てくれる料理人がいるのなら、
受け入れる用意がある、との事です」
「では、基礎的な工事はラミア族に任せるとして、
職人や物資もこちらから―――」
イリス君を仲介して、話し合いはスムーズに
行われていった。
「ガルーダの行動―――
ちと気になる、と申しております」
話の流れから、ワイバーンライダーの真似をした
子供たちがガルーダに襲われ、ケガをさせて
しまった件について触れたのだが、
「ガルーダは匂いに敏感なのだと……
ドラゴンもいる場所へ、それも単身で襲撃
するのは解せないと」
イリス君の通訳に、家族も首を傾げ、
「そういえばアルちゃんもいたもんね」
「速さで我から逃げおおせるはずも無し。
確かに不自然だのう」
「ピュ」
ドラゴンの匂いは、魔物や動物を退けると
聞いた事があるが……
確かにガルーダも大きな魔物だったけど、
鳥とドラゴンなら敵ですらないだろう。
「その時、他のワイバーンは何をして
おったのだ? と聞いておりますが……」
イリス君が恐る恐る言葉を伝えるが、
「あ、それはこちらの都合で……
各地へ建築資材の運搬のため、出払って
いたんです。
ですから、子供を預かっておきながら
危険な目にあわせてしまったのは、
完全に人間側の失態でして。
申し訳ありません」
私が頭を下げると、女王は動揺したように
首を左右に振り、
「何も責めておるわけではない。
言葉も通じぬのだから、注意も出来なかったで
あろう、と―――
女王が厳しく言っておったと、そう子供らに
伝えてくれと申しております」
「そうですね。
ただ禁止するのではなく、公都の空限定で、
低空だけにしてもらえれば」
こうして、いくつかの言伝を頼まれた後、
パック夫妻から『もし具合の悪い子供ワイバーンが
いたら、公都で受け入れる』との申し出により、
3匹ほどアルテリーゼの『乗客箱』に乗せ……
私たちは飛び立った。
「お疲れさん。
しかし……
ガルーダの件、ちと臭くなってきたな」
翌日……
公都に戻った私たちは、まずギルド支部へ
報告しに行った。
ワイバーンの巣に人間の拠点を作り、
そこで料理を提供する事や、ワイバーンの子供の
飛行制限などを伝えたのだが……
「あのお嬢さんが?」
話が例の伯爵令嬢に及んだ時―――
ギルド長から『現状』を説明された。
「起き上がれなくなっているらしい。
パック夫妻によると、ケガは完全に治って
いるから、精神的なものじゃねぇかと―――
まあ、あんな目にあえばな」
フー、とため息をつくジャンさんに、
「他の子たちはー?」
「一応、『ガッコウ』と児童預かり所の往復の
毎日だが……
心ここにあらず、何も手がつかないって感じだ」
メルの質問に、疲れた感じでアラフィフの男が
答える。
「あまり良くはないのう」
「ピュ~」
アルテリーゼとラッチが心配そうに続く。
「……まあ、そんな留学組を慰めるためか、
ここのチビどもや魔狼、ラミア族―――
それと土精霊様が頻繁に見舞いに行っている。
一緒に飛んでいたワイバーンの子供も、
その令嬢に付きっ切りって話だ」
それはまあ、何ていうか。
同じ『仲間』として、危険な経験をした彼らを
守ろう・かばおうとしているのだろう。
「私の家に招待しても構いませんか?
手料理でもご馳走しようかと」
「そりゃいい考えかも知れんな。
お願いするぜ。
留学組は今の時間なら―――
まだ『ガッコウ』のはずだ」
こうして私たちは『招待』のため、『ガッコウ』へ
向かう事になり、支部長室を後にした。
「フーム……」
一人残ったギルド長は、立ったまま自分の机を
指先で叩く。
彼は、女王から伝えられた情報を元に―――
ガルーダの分析に思考を巡らせていた。
女王は、『ガルーダは匂いに敏感』と言っていた。
それが……
ドラゴンのいる公都で、上空にいるワイバーンの
子供を襲った。
そこまではいい。
例えドラゴンがいようが、弱い個体が不用意に
目の前で飛んでいたのだ。
チャンスと見れば襲うのは何も珍しくない。
狩りとはそういうもの。
ノーリスクで獲物を仕留められる事など、
ほとんど無いのだ。
相手がドラゴンでなくとも、親がいる場合もある。
だから何も不思議ではない。
・・・・・
ここまでは。
引っ掛かっているのは―――
人間だけを攫った事だ。
あのガルーダの大きさからして……
ワイバーンの子供を放置した事が、
疑問として残っていた。
弱い個体を優先したといえばそれまでだが、
そもそも上空において、人間の子供は脅威でも
何でも無い。
それにワイバーンの方が食いでがあるだろう。
現に襲われたワイバーンの方は、落下とは
いかずとも、何とか地上に着陸するのが
やっとだったと聞いた。
だが、ガルーダはそちらには目もくれず、
獲物を捕まえたまま飛び去った。
まるで彼女だけが標的であったかのように―――
考えがまとまりつつある中、支部長室の扉が
ノックされた。
「何だ?」
彼の問いに、向こう側から女性職員の声が、
「パック夫妻がお見えになっています。
それと、鑑定士の方も一緒に―――」
彼は扉の前に立つと、自ら開いて彼らを
招き入れた。
「わ~!」
「何コレ!?」
翌日の夕方、留学組はシンの屋敷へと
招待され……
彼の手料理を楽しんだ後、女子組はお風呂へと
案内された。
(男子組は寝室に備え付けのお風呂)
「ふっふっふ……
シンが我のために作ってくれた、
『特別製』じゃからのう」
「ピュ!」
「ここなら、10人20人は入れるしね」
アルテリーゼとメルが自慢気に答える。
「大きい~!」
「すごーい!!」
そんな浴場を見て、留学組は素直な歓声を上げ、
「大きい……!」
「すごい……!!」
一部は2人の大人の体を見て感想を漏らす。
「?? ホラ、早く体洗って入りなさい」
「えーと、アンナ……ミエリツィア伯爵令嬢と
言ったか?
一緒に来たワイバーンはお主が洗ってやれ」
指摘された、パープルの長いウェービーヘアーを
持つ少女は―――
自分にべったりとくっつくワイバーンの子供を、
抱き枕のように抱えながら、
「は、はい!」
彼女の返事が合図のように、少女たちは
体を洗い始めた。
「すいません、こっちのお風呂は狭くて」
私は、留学組の少年たちと一緒に、寝室の方の
『狭い』お風呂に入っていた。
「い、いえ。
ここも十分広いと思います」
「さすがに、児童預かり所ほどではないですけど、
この人数ならゆったり出来ます」
実際、大人でも一度に5・6人は入れる大きさに
なっている。
一応、将来の生活設計として……
メルとアルテリーゼに2人ずつ子供が産まれたら、
という予想に基づいた広さになっていた。
一夫一妻制ならそれで人口トントンだし。
「そういえば、あの料理……
とても美味しかったですけど、アレ全部
シンさんが考えたって本当ですか?」
「考えたんじゃなくて、私の故郷の料理を
ここで再現しただけなんですよね」
肩まで湯につかりながら、雑談に興じる。
「えーと……
シンさんは冒険者なんですよね?
ティーダ君に聞きましたけど、彼のお父さんと
戦った事もあるとか」
イリス君は獣人族でもあるし、そのつながりで
いろいろと聞いているのだろう。
「模擬戦で、ギリギリ勝ったという感じです。
多分、あと10年ゲルトさんが若ければ、
負けていたのは私の方じゃないですかね。
まあ私も、次のミハエルさんに負けましたけど」
『剣聖の姫・セシリア』……
『貫く者・ミハエル』、
『ナルガ家の牙・ゲルト』―――
元々、ナルガ辺境伯は武勇の名門として有名で、
この三人の異名は当然本国でも知られており―――
尊敬の眼差しでシンを見つめる。
「水路もトイレも、シンさんの発案という話
でしたが」
「それも故郷の物を再現しただけです。
実際にそれを理解して作ってくれたのは、
職人さんたちですよ」
それを聞いた彼らは互いに顔を見合わせ、何か
小声で話し合い始める。
「(ね、シンさんになら相談してもいいんじゃ
ないかな)」
「(そうだよな。
第一このままじゃ、アイツに何言われるか
わかったもんじゃねえ)」
「(つーか絶対言われると思う。
女子組には後で説明するとして、
話しちまおう)」
そこで私は、彼らからある相談を持ち掛けられた。
「あの~……」
「いいお風呂ですけど、どうしてあっち側って
あんなに深そうなんですか?」
一方その頃、女湯となった大浴場では―――
湯につかる少女たちが、奥を指差して聞く。
「実際に深いよー、あっちは」
「『特別製』と言ったであろう?
ドラゴンである我でも元の姿でお湯に
つかれるよう、深くなっておるのじゃ」
「ピュ~」
ドラゴンがいる。
冒険者の妻をしている。
それは、事前情報でティーダから伝えられて
いたし―――
事実ラッチは目の前にいるし、また大人の
ドラゴンも遠目で見る機会は何度かあった。
しかし今の彼女たちは、『ドラゴンがお風呂に?』
と、未知の説明に困惑し顔を見合わせる。
「あー、アルちゃん。
実際にやってみたら?」
「そうじゃのう。
その方が話が早いであろう」
そしてアルテリーゼだけ、深みのある場所へ
向かうと―――
「きゃっ!?」
「ふえええっ!?」
その体積が増えると同時に、小さな津波のような
お湯が、メルと少女たちを襲う。
そして流れが一段落した時、彼女たちの
目の前には……
巨大なドラゴンが湯舟から首を出していた。
「うわ、うわわわわ……」
「ア、アルテリーゼ……様……
本当にドラゴンだったんですね……」
彼女を見上げながら、少女たちは恐怖とも
驚きとも取れない声を上げるが、
「様付けなどしなくても良い。
我が子の友達であろう?」
「ピュッ!」
「そーそー。
いつも通りでいいよ」
シンの妻2人と子供が特別扱いを良しとせず、
これまでの関係を、と促すが、
「あ……あのっ!!」
そこで、アンナがワイバーンの子供を
抱きながら大きな声を上げ、
「お、お願いがありますっ!!」
そのまま、深々と頭を下げた。
「じゃあ、お風呂上りだし冷たい物でも」
食堂に戻った私は、少年たちに飲み物を
用意しようとしたところ―――
「あっ、男子組!
話があるんだけど」
「みんなに話が―――
って、アレ?」
そこへ、お風呂上りの留学組の少女たちが
合流したのだが、
アンナ伯爵令嬢と、イリス君がほぼ同時に
互いに呼びかけ……
「あー、シン。
ちょっと話が」
「聞いてあげてくれんかの?
ちと困った事になっておるらしくてのう」
「ピュピュ~」
家族の申し出に、ひとまず全員が席に着いてから、
話を聞く事になった。
「う~ん……」
一通り話を聞いた私は、両腕を組んで考え込む。
そもそも彼ら留学組は、立場が弱いか低い人材で
あろうと、予想はついていたのだが……
今回、ガルーダの襲撃を受けた事で―――
どんな難癖を本国から付けられるかわからない、
と怯えていた。
「でもさー、魔物の襲撃って予期せぬ
トラブルでしょ?」
「それも、いわば被害者じゃ。
それなのに責められる事があるのか?」
嫁2人が言うように、いくら何でも理不尽だと
思うが、
「それが、あのお目付け役に通じれば
いいのですが」
「絶対、何か因縁をつけてくると思います。
そうなれば、本国で私たちの立場も……」
そういえば、彼らには引率者がいたという
話だが……
「君たちを率いてきた『代表』の事?
でも彼は今、王都にいるんでしょう?」
ひとまず落ち着かせようと、私は冷静に返すが、
「今回の事を知れば必ず動きます!
アイツはそういうヤツです!」
「チエゴ国への報告は、彼次第なんです。
だから失態や失敗は許されず、何が何でも
成果を上げなければならなかったのに」
確かに襲撃の件は、すでにワイバーン便で
王都には伝えられたはず。
不安そうに彼らは答え、中にはすでに
涙声の子もいて―――
その子の元までラッチがふよふよと飛んで行き、
頭を猫のように摺り寄せると、抱きしめられた。
貴族様の世界も大変なんだなあ、と思っていると、
「ねーねーシン。
とにかくまずは、この子たちの安全確保って
事よね?」
「そうだね」
メルの質問に答えると、彼女は次にアルテリーゼの
方を向いて、
「じゃあさ、アルちゃん。
こういうのはどう?」
「フム?」
メルの提案に、留学組も耳を傾け―――
段々とその表情を明るくしていった。
「まったく、しぶとく生き残りマシタカー。
ちゃんと死んでくれれば良かったものを……
これだから無能は何をやらせても
ダメナンデスヨー」
公都『ヤマト』へ向けて走る馬車の中、
片眼鏡、八の字のヒゲのある30才前後と
思われる男が、悪態をつく。
「まあまあ。
でもこれで、ウィンベル王国から何らかの……
謝罪や譲歩を引き出す手札にはなるでしょう」
従者らしき細身の男は、下品な笑いを顔に
張り付けながら答える。
「あの捨て駒どもに『使い道』を与えてやったと
いうのに、どこまで役立たずなら気が済むん
デショウカネー?」
「しかし、ご主人様も人が悪い……
留学組にあまり活躍させ過ぎるな、という
連中の依頼を利用して―――
自分の手柄にもしようってんですから」
チエゴ国から派遣された子供たちは、貴族の出でも
実家の中では立場が低く―――
その中に、期待以上に成果を出す事を警戒する
勢力も当然いた。
「これくらいは役得というモノデスヨー。
思ったより上手くいってマセンケドネ。
まあ、イイデショウ!
後はこのワタシの手腕で、祖国の交渉を
有利に導いてミセマース!」
高々と宣言のように話す彼を乗せて―――
馬車は公都へ近付きつつあった。
「……これは?」
留学組が泊まっていった翌日―――
夕食後にギルド支部に呼ばれた私は、支部長室で
ある物を見せられていた。
目の前には、細い輪っかのような物があり―――
「あの留学組が身に付けていた腕輪だ。
チエゴ国から来た証、という事で持っていた
ようだが……」
ジャンさんの後に、黒髪・短髪の褐色肌の
青年が続き、
「ヴォルドさんの鑑定の結果、魔物を呼び寄せる
効果があるとわかったッス」
「アタシが『記憶魔法』を使えますし、
高価な魔導具ならこちらで預かります、と言って
回収しました」
ライトグリーンのショートヘアの彼の妻が、
丸眼鏡を光らせて怒りを表す。
「つまりこれが、伯爵令嬢がガルーダに
襲われた原因です。
数日か、数ヶ月か―――
どこかのタイミングで発動するように
仕組まれていると」
「事が事だけに、ヴォルドさんには
口止めしました。
子供たちにも伝えていません。
それで緊急に、シンさんをお呼びしたわけで」
パック夫妻が苦々しく語る。
私は次の言葉を待つまでもなく、手をかざし、
「魔物を呼び寄せる魔導具など―――
・・・・・
あり得ない」
急ぎ魔導具を無効化させると、ジャンさんに
振り向き、
「これはいったい―――」
「恐らくだが、向こうのちょいと知恵が回る
自称有能なアホが考えたんだろう。
このウィンベル王国で、チエゴ国の留学生が
ケガや死ぬ事でもありゃ―――
それを盾に、和平や同盟交渉で優位に立てると
思ったんじゃねーか?」
ギルド長の言葉に、レイド君とミリアさんが
ため息をつき、
「バカ過ぎるのも限度があるッス」
「今回、ワイバーンの子供も襲われて
いますからね。
いくらフェンリルが自国にいるからって―――
300体のワイバーンが敵に回るところ
だったんですよ?」
親ワイバーンだけならもっと数は減るだろうけど、
そこに女王も加わるとなると……
想像したくもない。
それにフェンリルのルクレセントさんは、女王と
『お互いに手を出さない』関係だ。
もし今回の事が女王に知られたら―――
チエゴ国は空からの一方的な攻撃で蹂躙される
だろう。
それ以前に、ウィンベル王国領を魔物に襲わせたも
同然だから、交渉そのものが吹き飛ぶ可能性が……
「しかしコレ……
留学組、全員にですか?」
状況を把握しようと、確認と分析のため
質問を振るが、
「多分な。
襲われるのは誰でも良かったし―――
成功するまで何度でも発動させる腹だったん
だろうよ。
成功が確認されたら、それを見計らって
抗議するためにやって来るっていう寸法だ」
私は深呼吸のように、大きく息を吸って吐いた後、
「……じゃあ、容赦はしなくてもいいですね」
「ン!? と言うと―――
もう何か考えがあるッスか?」
私の言葉に、レイド君が食い付いてくる。
「そもそも呼ばれるまでもなく、その事について
話そうと思っていたんです。
昨晩、彼らと話し合ったのですが」
そこで私は彼らに―――
メル・アルテリーゼと共に画策した『作戦』に
ついて説明した。
それから4日後……
「フーン。
王都から離れているにしては、なかなか
賑やかなところデスネー。
出来たばかりとはいえ、さすが『公都』と
いったところデショウカー」
尊大な態度を取りながら、従者を連れて
チエゴ国の『引率者』がやって来た。
中央広場で一応、歓迎の出迎えを行い……
公都長代理、ギルド長、そしてギルドメンバーと
留学組が出揃う。
ただ、アルテリーゼだけは、
・・・・・・
ある事のため欠席していた。
まずは公都の有力者があいさつして回り、
留学組の代表として―――
アンナ・ミエリツィア伯爵令嬢が前へ歩み出る。
「クルズネフ・ダシュト侯爵様……
ご足労頂き、ありがとうございます」
「オー、魔物に襲撃を受けたと聞キマシタヨ。
もうケガは大丈夫デスカー?
しかし、この公都にはドラゴンもワイバーンも
いると聞きましたのに、子供一人守る事も
出来ナインデスネー」
皮肉と見下しを込めた視線に、ギルド長が反発し、
「だからよ。
他国からのお客様で、注意が遅れちまったと
説明は行ってただろ」
王都へのワイバーン便で、詳細は正確に
伝えられていた。
ワイバーンライダーの適性テストとか、
ごまかそうという案も出たのだが―――
『真偽判断』を持つジャンさんから、
国相手だし、あちらにも俺と同じ魔法を持つ
ヤツはいるだろう。
下手に隠さない方がいい―――
そう指摘され、素直に情報を出す事に
したのである。
「それに、本来は子供たちを引率する責任者が
止めるべきだったろうが。
そいつらは何してたんだ?」
ギルド長は侯爵をにらみつけるが、
「責任転嫁デスカー?
ワタシは王都で貴方たちより偉い人と話し合って
イタンデスヨ。
しかし、子供たちだけにしたのは確かに
こちらも不注意だったかも知レマセンネー。
それなりに将来有望な若者を選んだつもり
ダッタンデスケドー」
それを聞いた留学組は思わず目を伏せる。
「(無能どもには、制止を聞かずワイバーンに
勝手に乗った責任ヲ―――
ウィンベル王国には、戦力がありながら
襲撃を防げなかった事に対して抗議ヲ……
どちらも美味シイデース!)」
ニヤニヤしながら、勝ち誇るように胸を張る
侯爵様に、私は片手を上げ、
「お言葉ですが、彼らは非常に優秀ですよ。
私が保証します」
「……ン?
誰ですか貴方ハー?」
私は大げさに頭を下げて、
「この公都の冒険者ギルド支部所属―――
シルバークラスの平民、シンといいます」
「……は?
たかが平民ごときが、この侯爵様に口ごたえ
スルンデスカー?」
こういうやり取りも何度かあったな……と、
私は苦笑し―――
メルを始め周囲もどこか、達観したような
暖かい笑顔で現場が包まれる。
「平民ごときに保証されるとは、我が国の
貴族も質が落ちたヨウデスネー。
やっぱりこの人選は間違ってイタノカモ……」
と、そこで―――
急に空が暗くなった。
そして風を切る音と共に、巨大な翼が舞い降りる。
「……ハ?」
至近距離でその着陸の衝撃の余波を受けた
侯爵様は、尻餅をついたまま見上げた。
「ドドド、ドラゴンデスカー!?
ど、どうしてここへ……!」
「落ち着いてください。
彼女は私の妻です。
ドラゴンが公都にいるのはご存知でしょう?」
彼やその従者が腰を抜かして立てない中、
アルテリーゼは首を留学組へと差し出す。
「アルテリーゼさん!」
「アルテリーゼお姉さん!」
すると留学組は、次々と彼女の周囲に集まり、
抱き着いたり顔を寄せたりし、
「おうおう、可愛いのう。
ちと狩りに行く途中だったのだが……
お前たちの姿が見えたのでな。
いつもラッチと仲良うしてくれて―――
ありがとう、礼を言うぞ」
口をパクパクとさせるチエゴ国の引率組。
それを見て私は彼女に向かい、
「アルテリーゼ、こちらチエゴ国の……
彼らの引率者であるダシュト侯爵様だ」
「ふむ?」
首をぐるん、とそちらへ向けると―――
彼らはビクッと肩を上下させる。
「これはこれは。
我はドラゴンのアルテリーゼじゃ。
そちらの国の子供たちだが―――
我が子と大変仲良くしてもらっており、
非常に嬉しく思っておる。
今後も友達として接してもらいたい」
言葉こそていねいだが、言外に……
『留学組は我が子の友達である。
この子供たちに不利益な事や、
立場を悪くするような事があった場合……
わ か っ て お る な ?』
と、プレッシャーをかけていた。
侯爵様と従者は、正座のように姿勢を正し、
アルテリーゼは続けて、
「あの子たちは亜人とも魔狼とも精霊とも
友好的であるし―――
幼いながらも、度量のある優秀な人間たちじゃ。
今後が楽しみじゃのう」
「はははっはい!
それはもう!!
仰る通りデス!!
彼らはとても優秀な人材でゴザイマス!!」
彼らは土下座のようにペコペコと頭を下げまくり、
「じゃあメルっち、行こうぞ」
「はーい、シン!
ちょっと狩りに行ってくるねー」
そして妻2人は上空へと舞い上がり―――
両手を地面についたままの侯爵様と、
立ったままの一行が残された。