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――「時間がある時、一緒にご飯を食べてもらっていいか」。
そんな提案をされ、なんだか中村先輩を意識することになってしまった。この状態でマンションまで送ってもらうのは……車の中では二人きり。なんだか緊張してしまいそうだった。
お台場から家まで電車でも帰れる。
だから「寄りたいところがあるので、電車で帰ります」とまさに言いかけたのだけど――。
「イントロクイズに使えそうな曲を選んできた。実際にイントロを聞いて、どれにするか決めながら帰ろう」
そう提案された。
ボジョレー・ヌーヴォーの余興のイントロクイズで使う曲は、どのみち決める必要がある。よって確かに実際に曲を聴きながら選べるのは……丁度良かった。そしてその作業をしていれば、変に緊張することもないと思える。
こうしてマンションまで送ってもらう車の中では、イントロクイズで使う曲選びで、大いに盛り上がることになった。
「よし。15曲も用意すれば大丈夫だろう。難易度の高い曲もあるから、これで上位3名も決まるはずだ」
私のマンションが見えてきたところで、余興で使う曲選びが完了した。
「採用する曲のリストは、聴きながら作ったので、中村先輩に送る形でいいですか?」
「ああ、そうしてくれ。俺の方で編集して、当日再生しやすいようにしておく。明日の日曜日にもやっておくよ」
「ありがとうございます。お願いします」
そこで行きと同じ場所に、車を止めてくれた。
「今日はありがとうございました。結局あの高級なお寿司もおごっていただき、申し訳ないです」
「いや、久々に夕ご飯を誰かと食べることができて、良かったよ。結局俺の周りの友達は既婚者ばかりで、昼食はよくても、夕食は家族と食べるからって奴ばかりでさ。……まあ、俺のリハビリにもなるから、これからもよろしくな」
「了解です」
こうして車を降り、運転席の中村先輩にお辞儀をした。
車は行きと同じように、ゆっくりと発進し、マンションの前から去って行く。
マンションのエントランスに入り、鍵をかざし、オートロックを解除しようとしたところ。
背後で自動ドアが開く気配がして「鈴宮さん」の声に振り返ると、そこに悠真くんがいた。
「悠真くん……! こんばんは、おかえりなさい!」
グレーのパーカーを着て、そのフードを被り、マスクをつけた悠真くんは、実に芸能人っぽい。これでサングラスをつけたら、絶対に変装している芸能人に思える。
「ただいまです。まさかここで鈴宮さんに会えるとは思わなかったですよ」
モスグリーンのカーゴパンツにブーツの悠真くんは、そう言いながら、スーツケースを押して私の所へやってきた。ドリンクやパンの入った袋も持っている。どうやらコンビニに寄っていたのだろう。
それぞれ鍵をかざし、マンションの中へと入る。
「ロケはどうでしたか?」
「今回は初めての番宣を兼ねた旅番組でしたけど、温泉にも入れたし、大変だったけど、楽しかったですよ」
それは送ってくれたメッセージからも伝わっていた。
一日一回だけだけど、あの腹筋写真、豪華な夕食、山奥の絶品スイーツの写真が、メッセージと共に送られてきていた。
「……鈴宮さんはお出かけですか?」
エレベーターが来たので、二人して乗り込む。スーツケースがあるのに、ちゃんとドアを押さえ、降りる順番を考え、自分が先に乗り込むなど、悠真くんの配慮はピカイチだ。
「来週の金曜日、会社で飲み会があるんですよ。ボジョレー・ヌーヴォーが解禁になるので、部署のみんなで飲みに行くことになっていて。これは毎年の恒例行事なんですよ。系列会社にアルコールを扱う会社もあるので、会社から飲み会の補助もでます。その飲み会では余興が恒例で。私は幹事だったので、景品を買いに行っていました」
「なるほど。って到着です。鈴宮さん、明日、家にいます?」
悠真くんは「開」ボタンを押し、私に尋ねる。
「はい。スーパーに行きますが、基本、一日家です」
「了解です。温泉土産、届けにいきます。連絡入れますよ」
「お土産! ありがとうございます」
エレベーターを降り「じゃあ鈴宮さん、また明日」「はい、また明日、おやすみなさい!」「おやすみなさい」と挨拶をして、扉が閉じる。
悠真くんが手を振り、私も手を振って、エレベーターは上昇していく。
ガラガラガラと悠真くんがスーツケースを押して歩いていると分かる音がする。それにあわせるように私も廊下を進む。
カチャン、カチャンと音を響かせ、二箇所の鍵を開ける。
カタンという音とドアを開け、閉まる音。
悠真くんと同時だった。
今、この玄関の真上に悠真くんもいるんだ。
あの青山悠真が、真上に住んでいる。
夢のような現実に、思わず笑みになってしまう。
***
日曜日。
普段より寝坊をして、起きると……。
スマホにはもう悠真くんからメッセージが着ている。
「おはようございます!
10時に駅近くのペットホテルに
シュガーを迎えにいくんです。
鈴宮さんも一緒に行きます?」
メッセージの時間を確認すると、それは7時。
悠真くん、疲れているだろうにちゃんと朝から起きてえらい!と思わずにいられない。そして今、時間は……8時!
良かった。これで10時過ぎていたら……。
すぐに「おはようございます! シュガーちゃん、会いたいです。一緒についていってもいいですか?」と返信をする。すぐにレスがあり、9時45分にマンションのエントランスに集合となった。
急いで準備をすすめる。
白のカットソーにデニムのワイドパンツ、それにキャラメル色のチェスターコートを合わせることにした。
エントランスに着くと、そこにはオフホワイトのパーカーに、オリーブグリーンのアウター、マロン色のコーデュロイパンツというカジュアルにきめた悠真くんがいた。ズボンとお揃いの色の、コーデュロのキャップが、とてもオシャレ! さらにウェリントンの眼鏡をかけているだけで、雰囲気がいつも違う。
「おはようございます、鈴宮さん」
「おはようございます、悠真くん。その眼鏡は伊達メガネ?」
「はい。一応サングラスなんですよ、色なしですけど」
そんなことを言いながら、歩き出す。
「泊りの仕事って、あまりないんですけど、目覚めた時、部屋にシュガーがいないとめっちゃ寂しいです」
「それは……そうよね。昨日帰宅した時に、シュガーちゃんがいないのも、寂しかったのでは?」
「!! そうなんですよ。めちゃくちゃ寂しくて。寝る時も『ああ、シュガーって』」
完全にシュガーが悠真くんの恋人状態ね、と思ってしまう。
「悠真くんも寂しいけど、シュガーちゃんも寂しがっていそうよね」
「ですよね。早く会いたいな、シュガーに」
「駅前に、ペットホテルなんてあったんですね」
すると悠真くんは、そこは動物病院に併設されているホテルであり、パッと見た時、ペットホテルがあるとは分からないのだという。さらに話を聞いているうちに、そこがスーパーのすぐ近くであることが分かった。
「もしかして生活とくとくスーパーの近くの動物病院ですか?」
「正解です! 鈴宮さん、昨日、スーパー行くっていっていましたよね?」
「はい、そうです」
「ペットホテルのチェックアウトをした後、無料で健康チェックをしてもらえるんですよ。多分、それ、十五分ぐらいかかるんです。その間にスーパーで買い物をして、それでタクシーで帰りましょう」
なんて素晴らしいプランなのだろう! 行きは歩きだが、帰りはシュガーを早く部屋に連れて帰りたいから、タクシーを使うとのこと。私としては、スーパーで買い物をして荷物が増えた後、タクシーで部屋まで戻れるなんて! 実にラッキーとしかいいようがない。
ありがたくそのプランに、乗っからせてもらうことにした。
というか、もしかしてスーパーでの買い物、悠真くんも一緒に付き合ってくれるのかしら……?