テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
第二話 四人目のフレーム
―中編―
午前中の授業は、
自己紹介や教科書の配布ばかりで、
あっという間に過ぎていった。
新しい教科書のインクの匂い。
ページをめくる音。
先生の「まだ授業はしないから安心して」という
言葉に、教室のあちこちから安堵の笑い声が上がる。
窓の外では、桜が春風に揺れていた。
湊はぼんやりとその景色を眺める。
すると、前の席の紬が振り返った。
「神崎くん。」
「ん?」
「さっきから何回桜見てるの?」
思わず苦笑する。
「そんなに見てた?」
「うん。」
紬はくすっと笑う。
「桜と話してるみたいだった。」
「……そんな人じゃないよ。」
「ふふ。でも、神崎くんって景色を見るときだけ、少し表情が変わる。」
その言葉に、湊は驚く。
昨日会ったばかりなのに、
そんなことまで見ていたのか。
「よく見てるんだね。」
「人を見るのが好きだから。」
照れたようにそう言う紬の横で、
美桜が机に肘をついた。
「紬はね、人間観察が趣味なの。」
「ちょっと、美桜。」
「ほんとのことでしょ?」
美桜はいたずらっぽく笑う。
そのやり取りを見ていた蓮が、突然口を開いた。
「じゃあ朝比奈さん。」
「はい?」
「俺はどんな人に見える?」
「え?」
紬は少し困ったように笑う。
「そんな急に言われても……。」
「第一印象で!」
蓮は机に身を乗り出した。
少し考えてから、紬は口を開く。
「……明るい人。」
「うんうん。」
「でも。」
そこで言葉が止まる。
「でも?」
「人に気を遣いすぎる人。」
教室が静かになった。
蓮の笑顔が、一瞬だけ止まる。
「え、なんで分かったの?」
思わず本音が漏れた。
美桜が目を丸くする。
紬は少し照れくさそうに笑った。
「なんとなく。」
「笑う前に、一回だけ周りを見るから。」
蓮は苦笑した。
「参ったな。」
「初日で見抜かれた。」
その空気を和らげるように、美桜が笑う。
「じゃあ私も!」
「私は?」
紬はすぐに答えた。
「元気。」
「それだけ!?」
教室中が笑いに包まれる。
「あと、おしゃべり。」
「否定できない……。」
美桜は肩を落としながら笑った。
そんな二人を見て、湊も自然と笑っていた。
――笑った。
自分でも少し驚く。
まだ新学期二日目なのに、
こんなに自然に笑えたのは久しぶりだった。
*
昼休み。
チャイムが鳴ると同時に、
蓮が勢いよく立ち上がる。
「よし!」
「今日から四人で昼飯食おう!」
「決定!」
「えっ、もう決定なの?」
美桜が笑う。
「いいじゃん!」
「私は賛成!」
紬も小さくうなずいた。
「私も。」
三人の視線が湊へ向く。
「神崎くんは?」
少しだけ戸惑う。
一人で昼食を食べるのが当たり前だった。
でも――。
三人の表情を見ていると、
不思議と断る理由が見つからなかった。
「……いいよ。」
その一言で、蓮がガッツポーズをする。
「決まり!」
「屋上行こう!」
「え、屋上?」
「昨日神崎に教えてもらった。」
湊は少しだけ笑う。
昨日までは、一人だけの場所だった屋上。
今日は四人で向かう。
同じ景色なのに、見え方は少し違う気がした。
重い扉を開ける。
春風が四人を迎える。
「わぁー!」
美桜が真っ先に走り出す。
「景色いい!」
「気持ちいい!」
紬はフェンス越しに街を眺めながら、
静かに息を吸った。
「ここ、本当に素敵だね。」
湊はその横顔を見つめる。
すると紬がこちらを振り返り、目が合った。
「神崎くん。」
「ありがとう。」
「こんな場所、教えてくれて。」
その笑顔を見た瞬間。
湊は、ふとカメラバッグに目を向けた。
――撮りたい。
昨日とは違う。
今度は、一人じゃない景色を。
四人で笑う、この春を。
そんな気持ちが、
心の中に静かに芽生え始めていた。
コメント
4件
いえいえー! ほんとですか! ならよかったです! はい!湊にも、4人の関係性にも、注目して見ていただけたら嬉しいです!
おはようございます、M.Sさん。第2話中編、拝読しました。春の教室の空気がよく伝わってきて、懐かしい気持ちになりました。特に紬さんが蓮くんの「人に気を遣いすぎる」ところを見抜くシーン、初対面なのにあそこまで見抜かれるってちょっとドキっとしますよね。そして湊くんが久しぶりに自然に笑えた、という一文にぐっときました。屋上で「一人じゃない景色を撮りたい」と思う心の変化が、とても繊細で素敵です。四人の距離が少しずつ縮まっていく感じが、読んでいて温かくなりました🌷
ruruha
821
あおい
27
雛
224