🔥 第三章:夜の密談と重すぎる庇護愛夜の団長室
サクラは、訓練の疲れからすぐに眠れるはずだった。しかし、体は疲労で鉛のように重いのに、興奮と緊張で全く寝付けない。150cmの小さな体が、大きな調査兵団のベッドの上で落ち着かない。
喉が渇いたサクラは、水差しを持って部屋を出た。廊下は深く静まり返っている。しかし、エルヴィン団長の執務室の前を通りかかったとき、中から抑揚のある、低い声が聞こえてきた。
「…団長。今日の訓練での態度は、甘すぎます」
それは、リヴァイ兵士長の声だった。サクラは思わず立ち止まり、壁に背を押し付けて身を潜めた。
「リヴァイ。君の言いたいことは分かる。だが、サクラは他の新兵とは違う。彼女は、我々の目的を達成するための鍵になり得る」エルヴィンの声には、いつもの冷静さの中に、わずかな苛立ちが混じっていた。
「鍵だと?ただの、記憶を失った子供でしょうが。あの子を危険に晒す訓練をするなら、俺が常に傍で監視しなければ気が済まない」
リヴァイは、サクラの訓練中の小さなミスさえも、大きな危機として捉えているようだった。
「君は、私より彼女に執着しているな、リヴァイ」
エルヴィンの声が、わずかに低くなった。
「執着だと?…それは団長、あなたも同じでしょう。訓練後の手当てや、深夜の個人授業。あなたは、彼女を私物化しているように見える」
廊下で聞いているサクラの心臓は、激しく脈打った。二人が、自分を巡って言い争っている。しかも、その口調は、戦場での命令とは全く違う、私的な感情が込められたものだった。
「リヴァイ。私はただ、彼女がこの世界で生き残るための、最高の環境を提供しているだけだ。そして、私は彼女の言葉から、この壁の秘密を解き明かすヒントを得ようとしている。君のように、ただ**『清潔で無傷』**な状態に閉じ込めておきたいわけではない」
「無傷でいられれば、それが一番だ。あの子が傷つくくらいなら、俺は壁ごと破壊しても構わない」リヴァイの声は、もはや怒りというよりも、深い、強い**『守護の感情』**に支配されていた。
「…君のその感情は、彼女の未来を閉ざす。サクラは、我々の希望だ。そして、私にとっての安らぎだ」
エルヴィンの言葉には、一種の独占欲が滲み出ていた。サクラの存在が、この重圧に耐え続けるエルヴィンの心を繋ぎ止めている。
「団長…」リヴァイの言葉が途切れた。おそらく、その感情の強さに、彼自身も言葉を失ったのだろう。
「彼女は、我々のものだ。リヴァイ。共に、彼女を守り、育てよう。だが、君の過剰な庇護は、時に毒になることを忘れるな」
盗み聞きしたサクラの心情
サクラは、冷たい壁に張り付いたまま、全身が凍りつくような感覚を覚えた。
(…なんで、どうして、私のことで…)
二人の会話は、サクラが転生前に読んでいた『進撃の巨人』の物語から、あまりにもかけ離れていた。人類の自由のために命を賭ける、鋼の精神を持つはずの二大巨頭が、16歳の自分という**「外部の要素」**によって、これほど感情を乱し、対立している。
恐怖と罪悪感が、サクラの胸を締め付けた。
恐怖: 彼女が「鍵」や「希望の光」として見られていること。それは、自分の命運が、彼らの巨大な野望や計画に組み込まれていることを意味する。もし自分の知識が役に立たなくなったら?彼らはどうするのだろうか?
罪悪感: 彼らの貴重な時間、エネルギー、そして感情を、ただの転生者である自分のために使わせていること。彼らが言い争う原因が自分であること。
「私…ただ、静かに暮らしたいだけなのに…」
二人の愛は、あまりにも重い。リヴァイの、まるで雛鳥を守るような、完璧さを求める過剰な庇護。エルヴィンの、自分の野望を叶えるための**『希望』**としてサクラを必要とする、支配的なまでの庇護。
サクラにとって、それは甘い溺愛ではなく、まるで透明な檻に入れられているかのような、息苦しい感覚だった。
(私は、彼らの『救い』になりたいわけじゃない。ただ、私の存在が、彼らを狂わせている…)
サクラは、自分がこの世界に転生したこと自体が、大きな間違いだったのではないかという絶望に襲われた。水差しを持ったまま、サクラは静かに自分の部屋へと引き返した。
彼女は、自分を巡る二人の英雄の、あまりにも深く、あまりにも重い愛から、どうやって自由になるのだろうか。それとも、この愛の重さに耐え、彼らの望む「希望」として生きるしかないのだろうか。