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こちらはirxsのnmmn作品(青桃)となります
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ご本人様方とは一切関係ありません
小児科医青×天才外科医桃
麻酔科医赤
小児科の看護師水
ICU専門医黒
緩和医療科医白
のお話です
桃視点
「しょう、寝てもた?」
食べ散らかした鍋の残骸を片付けながら、あにきがそう言った。
食器を重ねてシンクの方へ運びながら、俺はうんと頷く。
「泣き疲れたのと、おなかいっぱいになったのと両方だろうね」
食欲がないと言うしょうちゃんの口に、半ば強引に野菜と肉を押し込んだ。
辛いことがあったときはめいっぱい食べて寝る、それが一番だと思っているから。
「僕、心配なんだけど」
こたつの上に顎を乗せ、いむがぽつりとそう呟いた。
その目線は、隣で背中を丸め、横になって眠るしょうちゃんに注がれている。
「患者さん亡くなるたびにこんなに落ち込んでさ…もたないでしょ、しょうちゃんの心が」
それは多分、ここにいる誰もが思っている。
しょうちゃんは多分優しすぎる。
他人に本気で共感できるし、情にも厚い。
誰かを見捨てるなんてできない性格だし、両腕に抱えきれないくらいの人を救おうとする。
そこからこぼれ落ちそうな人すら、全て拾い上げようとする。
緩和病棟で医師としてやっていくには、向いてないとさえ評されることもあるだろう。
「でもな、初兎が一番向いてなくて一番向いとると思うで、俺は」
言いながら、あにきは毛布を手に持ってくる。
こたつ布団からはみ出したしょうちゃんの肩にそれを優しく掛けてやりながら、そんな言葉を継いだ。
「少なくとも、初兎に看取られて嬉しくなかった患者さんはおらんと思うわ」
それはそう思う。
仕事だからと言って作業的に淡々と死と処理する医師よりも、こうして陰で泣いてくれるしょうちゃんに最期を見送ってもらえて嬉しくなかった人はいないはずだ。
家族に見守られながら逝ける患者さんばかりではない。そういった事情を抱える人なら、尚更。
「しょうちゃん、何で緩和医療科で働こうと思ったんだろうね」
しんどくないのかな、といむは続ける。
患者さんにとってはいい医師でも、しょうちゃん自身が壊れてしまっては元も子もない。
いむが心配しているのはそういうところなんだろう。
「しょにだ、おばあちゃんっ子だからね。お年寄りと話したりするの好きなんでしょ」
缶チューハイに口をつけながら、りうらが言う。
ふーん、と納得したようなしていないような声を漏らして、いむはふとこちらを振り返った。
「そう言えば皆のそういう話聞いたことない。ないちゃんは何で外科医になったの?他の科じゃなくて外科を選んだ理由って何?」
「え」
急に振られた話題だったけれど、俺自身より先に答えたのはあにきだった。
「ないこのは何となく分かるわ。外科医になりたかったっていうより、『医者になろう』って思った時に『外科医が一番かっこよくね?』って思って選んでそう」
「あー分かるーファッション的に選びそう」
あはは、と、いむの甲高い笑い声が響く。容赦なく同調して、やけに楽しそうだ。
「失礼だな、お前ら」
「それか人を切り刻みたかったかだよね」
「…あの、りうらくん…? それも大概失礼ですけど…?」
急に横から被弾した。
聞き捨てならない言い方に思わずがくりと肩を落としたけれど、当の本人は笑うばかりだ。
「それで言うたらまろも謎よな。何で小児科医になったんか聞いたことないわ」
「まろこそ子どもが好きだからじゃないの?」
「『子どもかわいくなーい? いじめたくなるじゃん』とかよく言ってるよ」
あにきの言葉に、りうらといむが笑いながら続ける。
唯一まだここにいないまろの名前が出てきて、俺は思わず目を見開いた。
…言われてみれば、まろが何で小児科医を目指すようになったのか俺も知らない。
「ないくん聞いたことないの? まろから」
りうらの言葉に「…あ、うん…ない」と小さく答えると、いむがこたつの中に更に深く体を沈めながら「ふーん」と呟いた。
「ないちゃんでも知らないことあるんだね、いふくんのこと」
嫌味でもなんでもなく、ただ感想を口にしただけだろう。
それでも何故か胸に引っ掛かりを覚えて、俺は小さく息を飲んだ。
最後のまろが到着したのは、それから1時間ほど経ってからだった。
仕事がなかなか終わらなかったようで、辿り着いた時には相当疲弊しているように見えた。
リビングに入ってきて、すっかりできあがって眠りこけている年少3人組を見下ろし鼻で笑っている 。
「まろ、何か食う?」
キッチンから声をかけてきたあにきに「んー大丈夫」と、スーツを脱ぎながら返事をしていた。
「酒だけちょうだい。どうせもう鍋の具なんか残ってないやろ」
「空きっ腹に酒だけはあかんやろ。なんかつまめそうなもん作るわ」
子供組に占領されているせいか、またはズボンはスーツのままだったからか、まろはこたつには入らずテーブルの席についた。
立ち上がって隣の椅子を引いた俺は、自分とまろの前に酒を置く。
仕事上がりのチューハイに目をわずかに輝かせたまろは、その目線をそのままこちらに送った。
「しょにだ、大丈夫やった?」
尋ねられて小さく頷く。
「泣き疲れて寝ちゃったんだよね。明日になったらまた気持ち切り替えるでしょ」
そういうところはきちんと切り替えられるやつだ。
まろもそう思ったのか、「そうやな」と囁きにも似た同意が返ってくる。
キッチンからは、あにきが何かを炒めだしたらしくパチパチという音と共にソースの良い香りが漂ってきた。
鼻腔をくすぐるそれに一度鼻をすんと鳴らし、まろの隣で同じようにチューハイに口をつける。
飲み慣れたレモン味のそれは、爽やかな後味と適度な苦みを残した。
「そんで皆と話してたんだけどさ」
話を改めるように口火を切る。
「うん?」と相槌を打ち返したまろは、テーブルに肘をついた行儀の悪い態勢で酒を呷った。
「まろって、何で小児科医になろうと思ったん?」
言ったその瞬間、空気が止まったような感覚を覚えた。
手を止めたまろだったけれど、それも瞬きをする程度の一瞬。
すぐに缶をテーブルに戻してから、こちらを振り返る。
目を細めて口元に微かな笑みを浮かべた。
「さぁ、何でやったかな」
にこりと笑っているはずなのに、その目が笑っていない。
……あ、今線を引かれた。
それが分かったから俺は小さく息を飲んだ。
「あーにきー、まだ? つまみまだ?」
俺との話題を変えるように、いつもより数段子どもっぽい声でカウンターの向こうに呼びかけている。
「うるっさいなぁ、大人しく待っとれ」
キッチンからは怒鳴り返すような声が投げられてきたけど、まろは「んはは」と楽しそうに笑った。
線を引かれた上で、「絶対にこっちに踏み入ってくるな」とでも言うような無言の圧を感じた気がする。
物心ついた時から一緒にいた幼馴染。
知らないことなんてないと思っていた。
だけど今、初めて言いようのない不安を覚えた自分がいる。
何で、こいつのことなら何でも知っているなんて思いこんでいたんだろう。
自分が見えているまろが全てだと思えていたんだろう。一度崩れ去った自信は、ぽろぽろと脆さを露呈させていく。
やがてあにきが運んできたつまみに目を輝かせるまろの横顔を、じっと凝視して俺は胸の痛みに耐えるようにそこを服の上から押さえた。
「ないこ、もう寝る?」
ひとしきり大人組で酒を酌み交わした後、あにきは自室に戻っていった。
この家には客間みたいなものがあって、ベッドも一つなら置いてある。
「誰か勝手に使え」と言わんばかりに用意されているから、大体いつもそこを使うのは俺とまろだった。
子供組3人はソファかこたつで寄り添うように眠っている。
客間のベッドに倒れこんで、まろはそう言ってこちらを見上げてきた。
ベッド脇に立ったままの俺が微動だにしないものだから、不思議そうに見つめてくる。
「俺、今日向こうで寝る」
リビングのソファを顎で示し、無表情でそう告げた。
するとまろは「え、なんで」と目を丸くしている。
なんで、じゃないんだよ。
先に線を引いたのはどっちだよ。
先に自分の領域に入ってくるなと態度に出したのはどっちだよ。
そんな不満すら声にすることもできず、俺はそのまま踵を返そうとした。
「ないこ」
腕を掴まれ、バランスを崩しそうになった。
そんなこちらには構うことなく、まろはベッドの上に起き上がる。
そのまま倒れ込んだ俺の体をぽすんと受け止めた。
「え、何か怒っとる?」
「怒ってない」
「怒っとるやん」
何か、って何だよ。
あんな線引きしといて自覚がないのか?
怒ってるわけじゃない。
ただ言いようのない不安と悲しさを覚えただけだ。
ぐるんと態勢を入れ替えられ、シーツの上に沈められる。
両手首を顔の横で抑えつけられるような形で、まろが俺の上に覆い被さった。
頬に、鼻先に、唇に順に口づけられる。
だけどそのどれもがいつもより冷たく感じたのは、今の俺の心情のせいだろうか。
ずっと思ってた。
俺たちにはお互いにお互いしかいないと。
他の存在に嫉妬するような次元にはもういないと思っていたし、互いのことで知らないことなんて何一つないと思っていた。
でも、思い上がりだったんだな。
俺はお前に隠してることなんてないけど、お前はそうやってどれだけの本音を押し隠しているんだろう。
俺にはきっと測り知れないんだろう。
正直、「何で小児科医になったのか」なんてそれほど大それた話じゃないし、些細なことだ。
その答えが返ってこなかったことが不満なわけじゃない。
重要なのはそこじゃなくて、まろが俺に対して、見えないシャッターのようなものを下ろしたっていう事実の方だった。
「…え、ないこ…?」
無反応の俺を訝し気に思ったのか、まろが少し体を起こして俺と距離を取った。
そうして改めて俺の顔を見据えて、驚いたように名前を小さく呼ぶ。
だけどそれすら、誰か他の人の名を呼んでいるように他人事のように聞こえてしまう。
今まで信じてきたものが一瞬で無に帰したような感覚だった。
まろがごまかした、たったあんな一言で。
瞬きすら忘れた目が、まっすぐ無感情にまろを見据える。
無自覚に零れた雫が、目尻から耳の方へとするりと流れたのを感じた。
(続)
コメント
6件
短期間でこの文章作れるの天才すぎる!続き待ってます
コメント失礼します!最近このお話を見るようになったんですけど素敵で沼にハマってます✨これからも応援してます
投稿ありがとうございます がちこのお話だいすきです^ ^