やがて家が近づいてくると、まだ彼と離れたくない気持ちが募った。
起きて間もなくにホテルを出たことで、割りと早い時間なこともあって、
ブランチとか、せめていっしょにしてくれないかな……。それとも私の部屋に、来てもらっちゃうとか……。
そうあれこれと頭を巡らせていたら、自分の発想にぽわぽわと顔が火照ってきて、両手で頬を押さえた。
「うん? どうかしたのか?」
私の様子を見咎めた彼に、やや気づかわしげに尋ねられる。
「あ、いえ違います。どうかしたとかじゃなくて、その……」
こういう時、察してもらえたらとも思うけれど、貴仁さんはそういうタイプでもないかな……。……実際言っちゃえば、そうした計算のないところも、彼を好きな理由の一つでもあるのだけれど……。
でもだったら、昨夜のリベンジもあるし、私から言わなくちゃだよね? おウチに呼ぶのはちょっとハードルが高めだけど、外でのごはんくらいなら付き合ってくれるかな……と、食事のお誘いを仕掛けた、その矢先──
「今日は、この後に会社に寄って行くんで、あまり時間が取れなくてすまないな」
彼の方から、しゅんとなる一言を切り出されてしまった──。
日曜なのに、出勤なんだ……。仕方ないよね、彼はあの大企業のトップなんだもの……。
「いえ、そんな……今日は、ありがとうございました」
口では受け入れながらも、その実もっと一緒にいたい気持ちは胸の奥で燻っていた。
……もし、仕事終わりでもいいから会いたいって伝えたら、会ってくれるかな? とは一瞬考えるけれど、そう言えば、きっと立て込む仕事を切り上げてでも、彼は会いに来てくれるように思えた。
だけどそれでは、繰り越した分のしわ寄せで、次にはよけいに忙しくなるかもしれないことを考えると、わだかまる気持ちはありはしても、”会いたい”と言い出すことはできなかった。
ただ、デートで消化し切れないでいたことを、彼の優しい心づかいで拭えたからこそ、できるなら自分でも少なからずの挽回がしたかった……。
「じゃあまた、次に時間が空いたら、連絡をするから」
マンションの前で車を降りて、「はい……また」と、無理に笑顔を作り頷く。
貴仁さんの運転する車が、遠く走り去って行く。
その次第に小さくなる車体を見つめながら、『時間が空いたら……』って言ってたけれど、忙しい彼の次にっていつになるんだろうと感じた。
「……もう少しだけ、あなたといたかった」
立ちすくんで独り呟くと、ふと涙がこぼれそうになって、私は足早に部屋へ駆け込んだ──。
「こないだは数週間が空いたけど、今度はいつになるのかな……」
ひとりきりの部屋でポツリと口にする。
だけど、いくら会えなくたって、わがままを言ったりして、あまり彼の心を掻き乱したくもなかった。
寂しい……けど、私も仕事を頑張らないと。そうしないと、貴仁さんにちゃんと胸を張って会えないもの……。
そう思い至って、「ヨシッ!」と、自分自身に気合いを入れるように声に出す。
──と、ふいにスマホが、メッセージが届いたことを知らせた。
見るとそれは貴仁さんからで、私は急いでSNSの画面を開いた。
『言い忘れていた。今日は、私の方こそ、ありがとう』
そんな儀礼的なメッセージをわざわざ送ってくれるなんて、ホント律儀なんだものと、ふふっと笑みをこぼしていると……、
『仕事がなければ、もっと君といたかった』
ピコンという電子音とともに、まるで私の気持ちに応えるかのような一文が寄せられて、
彼のこういうところにキュンとさせられちゃうのは、やっぱり言うまでもないように感じた──。
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