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ある日。
晶哉は、いつものように仕事場へ向かった。
夏の朝、陽射しは眩しく、街はいつもと変わらぬざわめきを見せていた。
ただ、その“いつも通り”が……
今日を最後に壊れることを、この時の彼はまだ知らなかった。
ビルの前に着くと、入り口に立つ警備員が彼を呼び止めた。
{関係者以外立ち入り禁止です。}
聞き慣れた言葉のはずが、今日はどこか冷たく感じた。
「すいません。俺、Aぇ! groupの佐野晶哉です。」
名乗った瞬間、警備員は首を傾げた。
{Aぇ! groupに、そんなメンバーは居ませんよ?}
その一言に、時間が止まったようだった。
何を言っているんだ、この人は……。
「えっ?あっ、社員証持ってます!」
慌ててカバンの中を探る。
だが……どこにもない。
確かに今朝、入れたはずだったのに。
「ちょっと待ってください!」
声が少し震えた。
スマホを取り出し、公式サイトを開く。
ページをスクロールする手が止まる。
“佐野晶哉”の名前も、写真も、プロフィールも……
どこにもなかった。
「あっ……間違えました! すいませんでした。」
自分でも何を言っているのか分からない。
逃げるかのように、その場を離れた。
少し歩いた先のベンチに腰を下ろす。
足の震えが止まらない。
スマホを握りしめ、検索欄に自分の名前を打ち込む。
“佐野晶哉”検索結果、0件。
「……嘘やろ。」
芸能ニュースも、SNSも、過去の動画も、すべてから自分の存在が消えていた。
まるで、最初からこの世にいなかったみたいに。
「なんでなん……。どうなってんねん……。」
呟いた声が、自分の耳にさえ届かない気がした。
胸の奥がざらつくような、得体の知れない孤独が押し寄せてくる。
誰かに連絡を取ろうとしても、指が動かない。
“信じてもらえなかったらどうしよう”……
そんな考えが、喉を塞いでいた。
どうして、こうなったのか。
この現実を、誰に呟けばいいのか。
思考がぐるぐると同じ場所を回る。
頭の中が、音を立てて軋んだ。
その時……
ジジジジ……ジジジ……
蝉の鳴き声が、近くの木々から響いた。
まるで、晶哉を嘲笑っているかのように。
この世界のどこにも“自分”がいない現実を、バカにしているかのように……。