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放課後の校舎は、昼間とは別の顔をしていた。
授業を終え、寮へ戻ろうとしていたリンクは、
廊下の奥から聞こえてくる足音に気づく。
――走っている。
次いで、規則正しく、冷たい足音。
リンクは足を止め、柱の影から様子を窺った。
見えたのは、ミス・サークルだった。
手には、あの大きなコンパス。
その前を、必死に逃げる一人の生徒がいた。
制服は乱れ、呼吸は荒い。
「落第者は、ここで終わりです」
感情のない声。
逃げ場のない廊下。
リンクの身体が、考えるより先に動いた。
――あれは、授業ではない。
周囲を見回す。
武器になるものはない。
だが、廊下の隅に――清掃用具と一緒に置かれた鍋があった。
リンクは素早く近づき、鍋のフタだけを掴み取る。
軽い。
だが、十分だった。
ミス・サークルが、生徒に追いつき、コンパスを大きく振り上げる。
その瞬間。
リンクは前に出た。
――ジャストガード。
振り下ろされたコンパスの先端を、
鍋のフタで正確に受け止める。
金属音が、廊下に響いた。
「な――」
衝撃を流し、反転させる。
円を描くような動きで、力を返す。
コンパスは弾かれ、
ミス・サークルの身体は後方へ吹き飛んだ。
「……!」
そのまま、積まれていた段ボールの山へ直撃。
箱が崩れ、粉塵と埃が一気に舞い上がる。
視界が遮られる。
リンクは迷わなかった。
「来い」
短く言い、生徒の手首を掴む。
二人は廊下を曲がり、非常階段へ。
足音を殺し、影に紛れる。
背後では、段ボールが崩れる音と、
教師たちの声が響き始めていた。
「何があったの!?」
「サークル、大丈夫!?」
リンクは振り返らない。
しばらくして、安全な場所まで来ると、
生徒は震えながら礼を言った。
「……ありがとう」
リンクは首を横に振る。
「もう、行け」
理由は説明しない。
説明できる言葉を、まだ持っていなかった。
生徒が去ったあと、リンクは一人、廊下に戻る。
鍋のフタは、元の場所にそっと戻した。
痕跡は残さない。
後日。
「昨夜の件だが」
ミス・ブルーミーが職員室で言う。
「誰かが生徒を連れ去ったみたいなのよ。でも、姿は見てないの」
ミス・サヴェルが静かに続ける。
「犯人は不明。生徒の証言も混乱している」
リンクは、その場にいた。
だが、誰も彼を疑わない。
優秀で、静かで、問題を起こさない転入生。
――それが、彼の“仮面”だった。
その夜、寮の部屋で、リンクはポーチに手を触れる。
マスターソードは、抜かれていない。
だが。
この世界は、
守らなければならない相手がいる場所だと、
彼は初めて理解し始めていた。
異常の輪郭が、
ほんのわずかに、形を持ち始める。