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橘靖竜
第215話 番地のずれ
【異世界・転移した学園/校庭・朝】
サキのスマホ画面で、reが小さく揺れていた。
黒い地図の上に、細い線がいくつも浮かぶ。
校庭。
体育館。
校舎。
外周。
それぞれの線は、本来なら別々に伸びているはずだった。
だが今は、ところどころがねじれている。
校庭の線が体育館へ入り込み、校舎の線が外周へ触れ、
外周の線が現実側の南西外周へ引っ張られている。
サキは息を呑んだ。
「増えてる……」
ハレルは主鍵を支えたまま聞く。
「何が見える?」
「穴が、一つじゃない」
「校庭と体育館だけじゃない」
「校舎も、外周も……少しずつ、違う場所に繋がりかけてる」
ノノの声が飛ぶ。
『こっちでも確認!』
『下層ノイズ、複数化!』
『たぶん、C側がreの反応を見て、穴を増やしてる!』
ハレルは眉をひそめる。
「C?」
ノノが一瞬止まる。
『ごめん、仮称』
『まだ正体は分からない』
『でも、パイソンでもジャバでもない』
『場所の下を触ってるやつ』
アデルが外周から低く言った。
「名があるのか」
セラの声が入る。
『まだ、こちらには聞こえていません』
『でも、音の形はあります』
『短い。ひとつの文字のような音です』
サキは画面を見つめた。
reは、ひとつの穴の前で止まっている。
そこは、校庭と校舎の線が混ざりかけている場所だった。
サキは叫んだ。
「校舎側!」
「リオの線が、校庭に引っ張られてる!」
リオの副鍵が、強く震えた。
「くっ……!」
ハレルが動きかける。
『動かないで!』
ノノが叫ぶ。
『中心はハレル! リオはリオで押さえる!』
リオは膝をつきながら、歯を食いしばった。
「俺は、一ノ瀬涼」
「校舎側の線を支えてる」
「ここは校舎側だ」
「校庭じゃない」
校舎棟から、香川先生たちの声が重なる。
「ここは校舎二階!」
「二年一組は、校舎二階東側!」
「階段は右奥!」
サキも声を重ねる。
「校舎は校舎!」
「校庭とは違う!」
「でも、同じ学園の中にある!」
reの光が、少し強くなった。
ねじれた線が、ゆっくり戻る。
ノノが叫ぶ。
『校舎側、ずれ幅低下!』
『リオ、持ち直してる!』
リオは息を荒くしながら言った。
「……まだ、いける」
ハレルは主鍵を握り直した。
「次はどこだ」
サキは画面を見た。
reが、今度は外周側へゆっくり揺れた。
◆ ◆ ◆
【現実世界・旧学園跡地周辺/仮設指揮所・朝】
佐伯の端末には、異世界側から送られてくる地図と、
旧学園跡地の外周図が重なって表示されていた。
その上を、赤い警告線が走る。
「外周側、また来ます!」
村瀬が画面を拡大する。
「南西だけじゃない」
「外周全体が、少しずつ別の場所を指し始めています」
城ヶ峰は即座に無線を開いた。
『全外周班、場所確認を継続』
『自分の場所を言え』
『旧学園跡地のどこにいるかを言え』
『校庭、体育館、石造建物と混同するな』
各班から声が返る。
『北側二班、村井。旧学園跡地北側、光具維持!』
『東側三班、加納。旧学園跡地東側、封鎖継続!』
『南西外周、片桐。旧学園跡地南西外周、外周線維持!』
片桐の声には、明らかな緊張が混じっていた。
『一瞬、足元が石の通路に見えました』
『でも、ここは南西外周です』
『石造建物ではありません』
佐伯が言う。
「効いています」
「でも、下層ノイズはまだ落ちません」
村瀬が別の画面を見る。
「白いコアの移送ルートにも干渉が出ています」
城ヶ峰は顔を上げた。
「木崎たちは」
「出口まであと少しです」
「ただし、白いコアが外周線に引っ張られています」
城ヶ峰は低く言った。
「繋げ」
◆ ◆ ◆
【現実世界・学園跡地/石造建物・内部】
出口の光は見えていた。
だが、そこまでの通路が長くなっている。
さっきまで十数メートル先だったはずの出口が、歩いても走っても近づかない。
石壁は何度も白い研究施設に変わり、次の瞬間には学校の廊下に変わる。
日下部は封印容器を抱えながら叫んだ。
「距離が伸びてます!」
木崎は舌打ちした。
「通路までずらしてんのか!」
相馬が先頭でライトを振る。
「止まるな!」
「自分の場所を言え!」
全員が声を張る。
「相馬、石造建物内部、移送班先導!」
「木崎透、石造建物内部、出口へ移動中!」
「日下部、白いコア封印容器を保持!」
「学園帰還ラインには混ぜない!」
佐久間と宮野も続く。
「佐久間、成人遺体カプセル一号を移送中!」
「宮野、成人遺体カプセル二号を移送中!」
封印容器が、低く震えた。
日下部の頭の奥に、声ではない感覚が刺さる。
ここではない。
そこへ戻せ。
学園へ戻せ。
日下部は歯を食いしばる。
「違う!」
「これは学園に戻すものじゃない!」
「石造建物から回収するものだ!」
「封印して、現実側の管理下に置く!」
その瞬間、封印容器の震えが少し弱まった。
木崎が叫ぶ。
「その調子だ、言い続けろ!」
背後からOL影の声がした。
「管理下って、書類あります?」
木崎は振り返らずに言った。
「あとで作る!」
サラリーマン影が続ける。
「手続き、不備ですねえ」
「うるせえ!」
相馬が前方を指す。
「出口、近づきました!」
今度は確かに近づいている。
声で場所を固定するたび、伸ばされた通路が少しずつ縮んでいた。
◆ ◆ ◆
【異世界・転移した学園/体育館・朝】
体育館にも、ずれは届いていた。
床が揺れるたび、入口の向こうに校庭が見えたり、校舎の廊下が見えたりする。
生徒たちが震える。
「出口、変わった……?」
「ここ、体育館だよね……?」
青山先生は強く言った。
「ここは体育館です」
「出口の先は、体育館前の通路です」
「校庭ではありません」
「校舎二階でもありません」
ダミエが結界を支えながら続ける。
「見えているものに引っ張られるな」
「いる場所を言え」
生徒たちは声を重ねた。
「森下カナ、体育館中央にいます!」
「藤井タクト、体育館中央にいます!」
「安西リナ、体育館中央にいます!」
セラの声が入る。
『見える景色を信じすぎないでください』
『今、場所の番地がずれています』
『自分の足元の名前を信じてください』
青山先生は頷く。
「聞こえましたね」
「足元の名前を信じて」
体育館の白い線が、ぎりぎりで踏みとどまる。
◆ ◆ ◆
【異世界・転移した学園/校庭・朝】
サキのスマホの中で、reが三つの点を示していた。
校舎側。
外周側。
そして、現実側の石造建物に繋がる細い線。
サキは息を呑む。
「現実側にも、穴がある」
ノノが叫ぶ。
『見えてる!』
『白いコアの移送ルートだ!』
『C側が、白いコアを学園帰還ラインに戻そうとしてる!』
ハレルは主鍵を強めた。
「戻させない」
「それは、学園に戻すものじゃない」
リオも続く。
「白いコアは、回収するものだ」
「校舎に戻すものじゃない」
アデルが外周から言う。
「外周にも混ぜるな」
「私が支える外周は、学園の境界だ」
「白い研究施設の出口ではない」
サキはスマホを握りしめる。
「re、そこを見てて」
「私、伝えるから」
reが小さく揺れた。
その光は、返事のようにも見えた。
獣影が、また地面を踏む。
だが、今度はサキが先に叫んだ。
「来る!」
「外周じゃない、石造建物の方!」
ノノの声が跳ねる。
『現実側、回収班!』
『今、そっちに負荷が行く!』
『場所確認、強めて!』
◆ ◆ ◆
【現実世界・学園跡地/石造建物・内部】
通路が大きく揺れた。
封印容器が、日下部の腕の中で跳ねる。
日下部は倒れかけたが、木崎が肩を掴んだ。
「倒れるな!」
「はい!」
相馬が叫ぶ。
「ここは石造建物内部!」
「出口へ向かっている!」
「学園の校舎じゃない!」
全員が続く。
「白いコアは封印済み!」
「成人遺体二体は回収対象!」
「学園帰還ラインには混ぜない!」
声が重なった瞬間、通路の景色が戻る。
石の壁。
地上へ向かう出口。
外の朝の光。
木崎は叫んだ。
「抜けるぞ!」
回収班は、出口へ飛び出した。
◆ ◆ ◆
【現実世界・旧学園跡地周辺/仮設指揮所・朝】
画面上で、白いコアの反応が石造建物の外へ出た。
佐伯が叫ぶ。
「回収班、地上へ出ました!」
村瀬がすぐに続ける。
「白いコア、帰還ラインから切り離し成功!」
「成人遺体二体も、外部管理ラインへ移動中!」
城ヶ峰は短く息を吐いた。
「よし」
だが、安心する暇はなかった。
佐伯の端末が、また警告音を鳴らす。
「三点同期率、五十を超えます!」
村瀬が顔を上げる。
「学園の輪郭、さらに濃くなります!」
城ヶ峰は通信を開いた。
『異世界側』
『白いコアの切り離し成功』
『回収班は地上へ出た』
『三点同期を続けろ』
◆ ◆ ◆
【異世界・転移した学園/校庭・朝】
ノノの声が響いた。
『白いコア、切り離し成功!』
『回収班、地上へ出た!』
『三点同期、五十突破!』
ハレルは息を吐いた。
一つ、重荷が外れた。
だが、獣影はまだいる。
その奥で、女の声がまた聞こえた。
「では、次です」
ハレルの背筋が冷えた。
今度は、はっきり聞こえた。
若いようで、年老いたような女の声。
サキのスマホが震える。
画面の中で、reが強く光った。
ノノの声が震える。
『今の声、拾えた』
『音声じゃない』
『座標の下から直接入ってる』
『表示名……不明』
『でも、ひとつだけ文字が出た』
サキが画面を見る。
そこには、小さく一文字だけ表示されていた。
C。
ハレルはその文字を見つめる。
「C……」
獣影の奥で、ジャバが笑った。
『やっと気づいたかよ』
Cの声が、静かに響いた。
「気づいたなら、続けましょう」
「まだ、帰還は途中です」
校庭の下で、針のようなノイズがさらに深く刺さった。
◆ ◆ ◆
白いコアは、切り離された。
成人遺体二体も、現実側の管理下へ移された。
だが、Cは止まらない。
場所の番地をずらし、守るべきものを増やし、境目を揺らす。
そして、ついにその名の一部が、ハレルたちの前に落ちた。
C。
まだ姿は見えない。
何者かも分からない。
だが、名前のない敵ではなくなった。
学園帰還は、まだ途中だった。
コメント
1件
第215話、読み終えました!「番地のずれ」ってタイトルがもう怖いけど、すごく好きです。みんなが自分の居場所を口に出して宣言することで、ずれを止めてるのが印象的でした。特に日下部さんが「学園に戻すものじゃない!」って言い切ったところで、封印容器の震えが弱まった描写がゾクッとしましたね…。そして最後に「C」って名前が出てきた瞬間の緊張感!まだ姿も正体も見えないのに、ジャバが笑ってるのが不気味すぎます。次が気になりすぎます!