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時は10年以上遡り、ナジュミネがまだ幼い頃の話である。
「お父さん、遊ぼーよー!」
昼も過ぎ、夕方になる手前の頃、ナジュミネは黙々と部屋で作業をしている父親に向かって、そう叫びながら彼の大きな背中を目掛けて体当たりをした。しかし、ビクともしないので、彼女は彼の背中をぺちぺちと叩いて気付いてほしそうにする。
「そうか。わかった」
「やったー!」
ナジュミネは満面の笑みを浮かべる。ナジュ父は作業を止め、背中にへばりつく彼女を背負ったまま、立ち上がる。
「外でケンケンパしよー? このまま、玄関に行ってー」
「そうか。わかった」
ナジュミネの両腕はナジュ父の太い首に巻き付いて、彼の手は彼女を支えるように持つ。そして、彼は彼女に言われるがままに玄関に向かって歩き出した。
「あ。お母さん! おーい!」
「あらあら。ナジュ、お父さんはまだ仕事中なのよ?」
ナジュ母は玄関周りの掃除を終えて、玄関に戻ってきたところだった。ナジュ父とナジュミネの姿を見て、微笑ましく思うもまだまだ仕事は残っているはずと思い、彼女を嗜めようとする。
「かまわん」
「あらあら。ごめんなさいね」
ナジュ父は表情こそ憮然としたものだったが、その4文字の言葉には棘がない。それはナジュ母にしか分からないが、優しさに溢れているものだった。
「お父さん、おろしてー。ぞうり、履くー」
「そうか。わかった」
ナジュ父がしゃがみ込むと同時にナジュミネがぴょいと飛び降りて、小さな足音を立ててからぞうりを履き始める。代わりに、ナジュ母はぞうりを脱いで上がって台所の方へ急ぐ。
「えへへー。お父さんも早くー」
「そうか。わかった」
そして、ナジュ父が自分のぞうりに目を落とした瞬間にそれは起こった。
「きゃあっ!」
突然のナジュミネの悲鳴。ナジュ父がその悲鳴に反応して、顔を上げると、玄関先に毒蛇がおり、彼女のふくらはぎに噛みついていた。
「ナジュ!」
ナジュ父は蛇の身体を手刀で切り落とし、頭を丁寧にナジュミネのふくらはぎから取り除いた。
「痛い、痛い、痛いよー!」
「動くなっ!」
「ひぐっ!」
ナジュミネは激しい痛みに涙を流し暴れようとするので、ナジュ父は大きな声で制止した。彼女は稀にしか聞かない父の怒声に驚き、動きが止まった。彼は彼女の太ももを手拭いできつく縛り、傷口に自分の口を当てて毒を吸い出す。
「ひぐっ……ううっ……痛い……痛いよ……」
「ど、どうしたの? 何があったの?」
悲鳴を聞いて血相を変えて戻って来たナジュ母がナジュ父に訊ねる。
「医者を呼んでくれ!」
ナジュ父はナジュミネの足を下にした状態で抱える。
「分かったわ!」
しばらくして、ナジュ母の呼んだ医者が洗浄や投薬などの適切な治療を施す。しかし、ナジュミネはまだ発熱が収まらない。
「できうる限りの処置をしました。完全に毒が抜けているわけではないので、発熱も数日は続くでしょう。ただ、今のこの高熱、子どもの体力だとあるいは……今晩を越せればおそらく大丈夫なのですが」
医者も絶対に大丈夫とは言わない。ナジュミネの息は荒く、玉のような汗も幾粒も出ている。ナジュ母は汗を拭きとり、ナジュ父は医者の言葉をしっかりと聞いていた。
「では、私はこれで」
「ありがとうございます」
「ありがとうございます」
医者が立ち上がり、2人はお礼を言う。ナジュ母は引き続きナジュミネの傍におり、ナジュ父は一旦医者を玄関まで見送る。そして、彼は戻って来てから、どかりと座り込んだ。
「わしがきちんと見ていたら」
苦しそうにしているナジュミネを見ながら、ナジュ父はぼそりと呟く。ナジュ母は首を横に振る。
「仕方ないわ。蛇なんてどこにでもいるもの。あなたのせいではないわ」
「…………」
ナジュ父は沈黙したまま、ナジュ母は彼を優しく見つめながら、2人でナジュミネの看病を寝ずに続けた。