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「やっ、」

うなじを強く吸われ、絢斗君の舌がぬるりと首筋を這う。

舌先の動きと連動するように、また胸元のボタンがプチンと外され。


身じろいでしまうけど、何とか声を上げた。


「あ、絢斗君っ、待って。聞きたいことが、たくさんあって……っ。教えて。松井さんのことや。写真とかっ、」


「真白が好きだからだ」


「で、でも……ッ!」


絢斗君の唇がうなじから、左耳下あたりの首筋に移動してまるで吸血鬼みたいにかぷりと、首筋に歯を立てられて背筋がぞわりとした。


前に回った手は緩やかに、はだけた胸元に侵入して、私の胸の谷間で手が止まった。

指先はほんの少し。ブラの隙間に差し込まれていた。それだけで胸の鼓動が加速する。


肌の刺激と目の前の写真に、気持ちが掻き乱される。


好きだからと言われてもさすがに、納得は出来なくて。松井さんのことも含めて、もっと別のなにか。根深いものを感じられずにはいられなかった。


胸に置かれた絢斗君の手を掴む。


「絢斗君っ、私の写真がこれだけあってびっくりしていて。正直どう、受け止めていいかわからない。松井さんのことは……どうして知っているの? 松井さんから何か言われたから、かな?」


胸の鼓動に合わせるように、少し口早に喋った。


「それは俺が──悠馬に真白を口説いてくれと頼んだからだ」


「っ!」


どうしてと思い、今度こそばっと勢いよく振り返る。


至近距離で見る絢斗君の顔はいつに無く、冷静なもので私を観察しているようだった。


「なんで、私を試すようなことをするの?」


一歩踏み込んで聞いたのに、体は一歩後ろに下がってしまう。


「それは真白のことが好きだから」


先程と同じことを迷いなく言われてしまい、すぐに返す言葉が思い浮かばなかった。


口籠もり。

迷ってやっと口を開こうとした、が。


『好きだったらなにをしても、良い訳じゃないと思う』


──そう思ったけど、私にはそれを言う資格が無いと思った。


私は最初から契約妻と言う甘い言葉に誘われて、ここまで来てしまっている。

ぐっと言葉を飲み込むと、絢斗君が一歩前に歩みよる。


思わず後ろにまた下がると、とんと背中に壁が当たる感触がしてドキッとした。


目の前にいる絢斗君のその表情はいつも通りで変わらない、いや。

僅かにだけども。長いまつ毛に彩られた黒い瞳が、憂いを帯びてこちらを見つめているのに気が付いた。


場違いにもこの人はこう言う、哀愁に満ちた表情が一番綺麗に見えるんじゃないかと思ってしまった。


ごくりと生唾を呑んで。

美貌に気圧されながらも、尋ね方を変えてみた。


「私のことが好きだから、写真を飾る。それは理解出来るけど、ここまで沢山あったら何か好き以外の感情を感じてしまう。それに、松井さんに口説いて貰うって……絢斗君がなんで、そんなことをするかわからない。私が浮気しそうに見えたのかな。だから、試した? それに、なんでこの部屋をわざわざ見せるようなことをしたの?」


背中におびただしい私の写真があると言うのは、居心地が悪い。

この部屋も松井さんのことも。私にさえバレなければ今まで通り過ごせたのにと思うと、眉根を寄せずにはいられない。


絢斗君はスッと眼鏡を外し。眼鏡のツルを口元に寄せ、ゆっくりと形の良い唇を開いた。


「俺はね、何度でも言うけど真白が好きなんだ。真白しかいらない。真白をいつだってそばに感じておきたい。本音を言うのならこの家に閉じ込めて、誰の目にも触れさずに俺だけのモノにしたい」


淡々と語る口調が、嘘じゃないと感じた。

それに絢斗君は以前から、そういった事を言ってたと思い出す。

目の前の絢斗君や表情や口調。憂いを含む眼差しが、気持ちの深さを表していると思った。


「──けど、真白はそうじゃない。別に俺に閉じ込められたいと思ってなんかいない。無理強いはしたくない。その俺の気持ちを紛らわせる為の一環も含むものが、この部屋の写真かな」


「……松井さんのことは?」


「悠馬のことだが。まず、真白の浮気なんか疑ってない。どんな場面でも真白は俺を選んでくれると信じている。ただ、それを実感したかっただけだ。それを悠馬に手伝って貰っただけ。俺は真白と肌を合わせて、真白の痴態を見るようになってから、前よりもずっとずっと。強く強く真白を求めてしまう。飢餓感にも似た底なしの想いがあるだけだ。だから──全部曝け出してみた」


口元に当てていた眼鏡をなんの躊躇いもなく、床にカシャンと落として。

一歩、私に近寄る絢斗君。


「真白は優しいから。きっと悠馬に口説かれた事を、俺に黙っているだろうと思った。俺もそれで良いと思っていた。だけど……真白を見て。真白が俺に言えない秘密を抱えさせてしまった罪悪感と。秘密にすら嫉妬してしまって、飢餓感が加速する気がした。だから全部、全部吐き出したらいいと思った」


肉付きの薄い。絢斗君のしなやかな指先がはだけた胸元にトンと触れた。その場所は心臓。それだけで、まるで心臓を鷲掴みにされた心地になった。


「真白なら全部受け止めてくれると思った。気分を害したのなら謝る。試すようなことをして悪かった。それぐらいに俺は真白が好きなんだ。俺は真白がいないと生きていけない」


指先がつつっと、心臓から鎖骨。首筋に這い上がり。

唇に触れ。

絢斗君が距離をさらに詰めてきて、上から顔を覗き込まれた。


「あやと、くん……」


顔を覗き込まれ、視界が陰った。

なんだか、その影に飲みこれてしまいそうだと思った。


間近で見る絢斗君の様子に嘘を言ってる様子は感じられない。ただ、いつものように綺麗な顔がそこにあるだけ。


なのに。

酷く遠い存在に思えた。

気持ちが混乱して言葉が紡ぎ出せないのに、頭はどこか冷静で。


絢斗君の気持ちを聞いたけども、何か違うと。心からの納得が出来なかった。

飢餓感と表現する程の強い気持ちは、昨日、今日で形成されるものじゃない。

きっと、ずっと前から。


ここまで絢斗君が私を想うのには、弁護士事務所で出会った時から──じゃなくて。


高校生の時。果たせ無かった約束のことを全部覚えていて。でも、それを私に言えない何かに囚われている気がしてならなかった。


私たち、何か最初から思い違いをしているからこんなことになった。


何も言い出せなかった私が、絢斗君を知らずのうちに追い詰めていたのではと、考えてしまう。


今度のドライブデートで打ち明けようと思っていたことを。今こそ、このタイミングで打ち明け、絢斗君の想いを聞くべきだと思った。


それがこの部屋のことも、全ての解決策だと思えてならなかった。

影に飲み込まれないように、ぐっと顔を上げて絢斗君を見る。


口元に添えられた手をゆっくりと掴み。

刺激しないように唇から手を下げた。


「ほ、本当に全部? これで曝け出したいことはなにもない?」


「ない」


「私はある。私ね。じつは高校生の時に、絢斗君と」


「それは──その過去は俺は要らない。もういい。俺は未来があればいい」


「なっ」


驚きの声を上げると絢斗君が眉根を寄せた。

それは普段私に見せないような、少し苛立ちが垣間見れるような表情。


その表情に、やっと絢斗君の本心に触れた気がした。


なのにそれ以上私に喋らせないように、絢斗君は私の腰を素早く抱き寄せ。唇を重ねた。


「んぅっ……!」


深く舌を絡め取られ。口腔内の粘膜を舌で擦り上げられてぞわりと、産毛が逆立つ。

唾液が交じりあって、すぐにぐちゅっと唇から音が漏れた。


このキスは私自身を絡めとるキスだと思った。

いつだって私は絢斗君の言葉と行動に翻弄される。


このまま身を委ねたら、絢斗君の本心がまた遠ざかる気がして顔を背け。初めて絢斗君に抵抗した。


「ふッ、だめっ。絢斗君っ……!」


絢斗君の腕の中から逃げようと手を前に押し出すが、絢斗君はくすりと笑った。


「なんて可愛い抵抗なんだろう。ぞくぞくする。真白、抵抗するならもっと本気でやらないと。男が少し本気を出せばこんなことも、たやすい」


「あっ」


前に付き出した両手は、絢斗君の片手であっという間に捕らわれ。壁に押し付けられて、頭上でひとまとめにされてしまう。

手首に絢君の指がしっかりと絡まり、抜け出せない。


当然のように足の間に絢斗君の足が割り入れられ。下半身も上半身も壁に縫い付けられたみたいで、身動きが出来なかった。


「真白、そんな不安そうな顔をしなくてもいい。俺は真白に気持ちの良いことしかしないだろう。でも、こうしていると自分本意のセックスを気が済むまでやってみたくなるな……」


また、プチンとボタンが外されて黒いブラが絢斗君の前に露出する。


意識が羞恥心に傾きそうになるのを堪えて、唇をぎゅっと噛んだ。


このままではダメだと思った。

絢斗君は私に過去のことを触れさせないように。わざと、私の羞恥心を煽るようなことを言っていると思えた。


だから、負けないようにとキッと絢斗君を見据える。


「……いいよ。私を無茶苦茶にしたいなら好きにしていい。私はそんなことで、絢斗君を嫌いになったりなんかしない。でも、なんで過去は要らないって言ってしまえるの? 私は、私は……過去を忘れたことなんか一度も無かった!」


「──!」


びくりと大きく絢斗君が揺らいだ。


「黙っていてごめんなさい。私は」

「違う。俺はっ」


お互いの声が重なった刹那に──スマホの着信音が部屋に鳴り響いた。


私も絢斗君もびくりと体を震わせ。


音が鳴ったほうに、視線が向いた。

その視線の方向はこの部屋の奥。

立派な机の上にあると思われる、スマホに意識が向いた。


絢斗君の様子から見てもこれは絢斗君が仕掛けたものでは無く、本当に誰からかの着信が入ったと思った。


着信音に絢斗君の意識が傾き、両手を戒める力が緩くなりばっと手を引き抜く。


すると絢斗君がハッとして。瞳や表情がいつも見る、理性的な絢斗君に戻ったと思った。


先ほどのように感情を大きく揺さぶるような本心は、もう見れず。本心が隠れてしまった気がした。


──ここじゃ、絢斗君の本音をちゃんと引き摺り出せない。こんな風にまた邪魔が入るかもしれない。


私もまだ気持ちが混乱していて、感情的に言葉をぶつけてしまいそうになる。


絢斗君の言葉には決していつだって、嘘はない。

ただ、真実を言わないだけ。

言わないから嘘も本当もそこにはない。


私たちが本音を曝け出し、真実に向き合うのはあの場所しかない。強くそう思い。


「ごめんなさい。絢斗君。今日は帰る。でも、聞いて欲しいことがあるからまた、絶対に連絡する」


ごめんなさいと、また謝りながら絢斗君の顔を見ずに。胸元を抑えて部屋を飛び出して行ったのだった。



弁護士・黒須絢斗は契約妻を甘く淫らに絡めとる

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