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秋の匂いが混じった風が、烏野高校の体育館をすり抜けていった。
「影山!もう一本!」
日向翔陽は汗を額ににじませながら、ボールを胸で抱えて振り返った。
「お前、さっきから何本やってんだよ。…限界だろ」
「まだだって! 今日は絶対、あのタイミングをものにするんだ!」
影山飛雄は少しだけ目を細めて、いつものように苛立ち混じりの声で答える。
「フォームが崩れてんだよ。焦んな、バカ」
「崩れてない! たぶん……いや、ちょっとだけ……」
「はあ……ほら、構えろ」
影山がセットの構えに入ると、日向は反射的に走り出した。
――速攻。
何度も、何百回も繰り返した動きだ。だが、今日はどこかが違った。
影山がトスを上げる瞬間、日向の足が少しだけ、ほんの少しだけ遅れた。
「――ッ!」
タイミングがずれた。
しかし、日向は空中で無理やり体をひねり、ボールを押し込んだ。ガツンとネットを叩いた音が響き、ボールはぎりぎりで相手コートに落ちる。
「…セーフ、じゃねえか……」
「やった! 入った!」
息を切らせながら、日向はニカッと笑った。その笑顔に、影山は何も言わなかった。
ただ、ほんの少しだけ――口元がゆるむ。
「……でもよ。俺は“完璧な一本”が打ちてえんだよ」
日向の声は、夕暮れの光と一緒に静かに落ちていった。
影山は、その言葉を受けて、ゆっくりとボールを拾い上げる。
「……なら、もう一本だ」
「え?」
「“完璧”まで付き合ってやる。とことんな」
驚いたように日向が見つめる中、影山は背を向けてベースラインへと歩いていった。
体育館の窓の外、夕焼けの空には、少しずつ星がにじんでいる。
きっと彼らは、何度でも跳ぶだろう。
“空を見上げる理由”を、何度でも確かめるために。