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Side美緒
「おつかれさまでした」
一日の業務も終わり、事務のスタッフが帰るのを見送った。
私と里美の二人で、手分けをして、片付けと業務報告を本社に上げ、戸締りをすれば岐路につける。
「じゃあ、美緒先輩は、三崎先生に送ってもらう事になったんですね」
「そうなの。三崎先生に、甘えすぎだなって思うんだけどね」
私の言葉に、里美はクスッと笑う。
「まあ、いいんじゃないですか。三崎先生にしてみれば、頼られて嬉しいってのもあると思いますよ」
「でも、何も返せてないのに、悪いような気がして……」
「美緒先輩、ぐずぐず言っている場合じゃないんですよ! 危ないから三崎先生は、送ってくれるって、言ってんです。ちゃんと危機感持ってくださいね」
と、里美は強い口調で言った。
確かに、理由があって三崎君は送迎をしてくれることになったんだ。
「そうだね、里美。ありがとう」
「さっ、本社への報告も終わったし帰りましょう。三崎先生が待ってますよ」
店舗の電気を消し、シャッターを下ろした。
すると、待っていましたとばかりに、白い高級車が店舗の前に横づけされる。
帰り際に、患者さんだったら困るなと思っていると、車のドアが開き、パンツスーツの女性が降り立つ。
「ちょっと話があるんだけど」
と言う野々宮果歩は、相変わらずの上から目線だ。
だけど、私だってやられっぱなしではいられない。
果歩にだって、言い返してみせる。
「私としては、直接お話しするつもりはありません。弁護士を通して連絡してください」
冷静に言葉を返すと、果歩は明らかに苛立ちながら私に詰め寄ってきた。
「そんなんじゃ埒が明かないから、こうして来てるんじゃない! たいしたケガじゃなかったんだから、被害届を取り下げてよ!」
一歩間違えれば命を落としていたかもしれないほどの大ケガを、《《たいしたケガじゃない》》と言い放つ果歩。その無反省で謝罪の一言もない態度に、私は思わずカチンときた。
それでも、ここで感情的になっても仕方がない。
果歩と同じ土俵に乗りたくない一心で、とにかく関わらないのが一番だと自分に言い聞かせる。
「もう、話す事もありません。失礼します」
短く言葉を切り、果歩から距離を取ろうと後ずさった。
それでも果歩は諦めきれないのか、しつこく食い下がる。
「何よ!逃げるつもり⁉」
すると、その瞬間、私の横からスマホを構えた里美の声が響いた。
「はーい、ヤバい場面に遭遇しています! 傷害事件の加害者が被害者を脅している現場をライブでお届けしまーす!」
突然の出来事に果歩の表情がみるみる険しくなる。
「ちょっと! 何してるのよ!」
そう言いながら、果歩は里美の手元のスマホを奪おうと掴み掛かってきた。
「キャー! 助けて!」
里美の甲高い叫び声が辺りに響き渡る。周囲の静寂を破るその声に反応したのか、バタバタと複数の足音が近づいてくる。
「何をしているんだ!」
その声は三崎君だった。
三崎君の声に、果歩の動きが一瞬止まる。
その隙を見逃さず、私は里美の手を引いて果歩から距離を取った。
「大丈夫ですか?」
三崎君が私たちを庇うように間に立ち、果歩をじっと睨みつけた。
「何をしに来たんだ」
「そっちこそ、何なのよ!」
果歩は、肩で息をしながら三崎君に向かって声を荒げる。
しかし、彼の鋭い視線に気圧されているのか、どこか動揺している様子だった。
「何をしに来たのかと聞いているんです」
三崎君の声は低く、冷静だったが、そこには明確な怒りが込められていた。
「傷害事件の加害者が、被害者をさらに追い詰めるなんて……。あなた、それがどれだけ卑劣な行為か分かっていますか?」
果歩は口を開きかけたが、三崎君の言葉に遮られる。
「あなたの行動、全部録画されていますよね? これ以上、事態を悪化させるつもりですか?」
里美が得意げにスマホを掲げた。
「もちろん、バッチリ撮影しました!このデータを警察に提出すれば、どうなるかはお分かりですよね?」
警察という言葉に、果歩の顔色がみるみる青ざめていく。
「……何よ!私を脅すつもり!?」
「脅しているのはどっちですか?」
三崎君は淡々と言い放つ。
その冷静さに、果歩は完全に言葉を失ったようだった。
果歩は周囲から視線を感じたのか、何も言い返せないまま、悔しそうに顔を歪めた。
「……くだらない」
そう吐き捨てると、果歩は乱暴に踵を返し、その場を去ろうとした。
しかし、その背中にはまだ怒りと悔しさが滲み出ている。
「覚えてなさいよ!こんな事で終わらせないんだから」
去り際に放たれたその一言は、果歩の執念深さを物語っていた。
その果歩の後ろ姿に向かって、里美の声が飛ぶ。
「次に来たら、ライブ配信ですからねー」
果歩の車が走り去り、周囲が静寂に戻ると、私は肩から力が抜け、思わずふらついた。
「大丈夫?」
三崎君が優しい声で問いかけてくる。
私は震える声で答えた。
「……ありがとう。助けてくれて」
「当然のことをしただけだから、気にしないで」
その言葉に胸が熱くなったが、同時に自分の不甲斐なさにも苛まれる。
里美がスマホを手に、ニヤリと笑う。
「いやー、録画してて正解だったわ!ほんと、あの女、ヤバすぎる」
「録画データ、どうする?」
三崎君が私に尋ねる。
「警察に相談してみようと思う。これ以上放置しておけないし……。」
私は決意を込めて答えた。
このままでは果歩にいつまでも悩まされ続けるだけだ。
こうなったら、とことん戦うつもりでいる。
その日の夜、私は三崎君と里美に付き添われて警察署を訪れた。
里美のスマホに保存された動画データを確認した警官は、目を見開きながら頷いた。
「これだけはっきりした映像があれば、十分な証拠になりますね。早急に対処します」
その言葉を聞いて、ようやく肩の力が抜けた気がした。
この前提出した傷害事件の告訴の裏付けにもなるし、捜査が早く進むかも知れない。
果歩の執着と暴走はここで終われば良いと思った。
胸の中にほんの少し希望が灯る。
警察署を出ると、外は夜風が冷たく肌に触れる。
駐車場までの道を歩きながら、私はふたりに言葉をかけた。
「本当にありがとう。里美と三崎君がいてくれなかったら、私はどうなっていたか……」
三崎君は優しく笑い、首を横に振った。
「美緒さんの助けになれたなら良かった」
その言葉に、私は胸がじんわりと温かくなるのを感じた。
すると、里美が小さくガッツポーズを取りながら、軽快な口調で言う。
「ま、警察も動くって言ってたし、これでひとまず安心ですね!もし、あの女がまた何かしてきたら、今度はライブ配信で完全撃退してやりますよ!」
里美の冗談混じりの言葉に、笑いが広がる。
私も久しぶりに笑みを浮かべることができた。