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後日。
その日、阿部は佐久間と深澤の三人で居酒屋へ行っていた。
久しぶりに気兼ねなく飲んで。
話して。
笑って。
気が付けば、かなり遅い時間になっていた。
目黒が迎えに来た時には。
阿部はもう、店の奥の席でぐっすり眠っていた。
「……寝てるじゃん」
目黒が呆れたように言う。
佐久間が苦笑する。
「ごめん」
「楽しくなっちゃって」
深澤も少し気まずそうに笑った。
「思ったより飲んでた」
目黒は眠っている阿部を見る。
頬が少し赤い。
完全に眠っている。
「二人とも」
目黒が静かに言う。
「飲ませすぎ」
「はい」
佐久間が素直に返事をする。
「すみません」
深澤も頭を下げた。
「反省してます」
「最近やっと体調戻ってきたんだから」
「うん」
「分かってる?」
「分かってる」
「ほんとに?」
「めめ、怖いって」
佐久間が笑う。
目黒はため息をついた。
でも。
眠っている阿部を見れば。
怒る気も少し失せる。
楽しそうに飲めたなら。
それはそれで、嬉しかった。
目黒は阿部を抱き上げる。
当然のように。
「重くない?」
深澤が聞く。
「全然」
即答。
佐久間が笑う。
「出た」
「何?」
「充電器」
「今寝てるからちょうどいい」
「使い方違くない?」
目黒は気にせず、そのまま阿部を車へ運んだ。
まず佐久間を送る。
次に深澤。
車を降りる直前。
深澤が後部座席で眠っている阿部を見る。
「今日はほんとごめんな」
「楽しかったみたいだけど」
目黒も少しだけ笑った。
「それならいい」
「でも次はほどほどにして」
「はいはい」
深澤が手を振る。
「おやすみ」
「おやすみ」
ようやく家へ着く。
目黒は助手席側へ回り。
阿部を抱き上げた。
「あべちゃん」
呼んでも反応はない。
「ほんとよく寝てる」
少し笑う。
家へ入り。
そのまま寝室へ向かう。
ベッドへゆっくり寝かせる。
布団を掛ける。
阿部は何も知らず。
気持ちよさそうに眠っていた。
目黒はしばらく寝顔を見る。
「楽しかった?」
当然。
返事はない。
前髪を少し整えて。
額へ軽く口づける。
それから。
水を置いておこうと思い、立ち上がった。
その時。
ふと。
本棚が目に入った。
今まで。
ほとんど気にしたことがなかった。
阿部の本棚。
難しそうな参考書。
専門書。
分厚い本。
何が書いてあるのか分からないような本ばかり。
目黒はここだけはほとんど触らなかった。
「読んでも分かんないし」
そう思っていたし。
阿部が大事にしているものだということも分かっていたから。
でも。
今日は。
何となく目に入った。
「……どんな本読んでるんだろ」
完全な好奇心だった。
阿部は眠っている。
少しくらい。
見るだけなら。
そう思って。
一冊手に取った。
開く。
「……全然分かんない」
数ページ見て。
すぐ閉じる。
次。
また難しい。
その次も。
知らない言葉ばかり。
目黒は小さく笑った。
「やっぱり無理」
それでも。
一冊ずつ見ていく。
そして。
途中から。
少しずつ違うものが出てきた。
本の間に挟まれた写真。
二人で撮ったもの。
メンバー全員で撮ったもの。
目黒が寝ている写真。
「……これいつ撮ったの」
思わず笑う。
次の本。
押し花の栞。
見覚えがある花。
目黒が以前、撮影後に貰ったものだった。
「残してたんだ」
少し嬉しくなる。
別の本。
婚姻届。
しかも。
阿部の欄だけ全部書いてある。
目黒のところは空白。
「……またある」
壁に飾っているものとは別。
一枚じゃない。
何枚かある。
目黒は思わず笑った。
「俺より重いじゃん」
眠っている阿部を見る。
本人は何も知らない。
「起きたら絶対言お」
そんなことを思いながら。
次の本を開く。
その時だった。
一つの封筒が落ちた。
床。
目黒が拾う。
白い封筒。
表に。
見慣れた字。
『めめへ』
目黒の表情が少し変わる。
「……俺?」
何だろう。
少し迷う。
でも。
自分宛て。
それなら。
読んでもいいのかもしれない。
そんな軽い気持ちで。
封を開けた。
中の紙を取り出す。
一行目。
目黒の顔から笑みが消えた。
「……え」
もう一度読む。
間違いじゃない。
阿部が。
もし自分に何かあった時。
目黒へ残すために書いた手紙。
遺書だった。
目黒はその場から動けなくなった。
紙を持つ手が。
少し震える。
書かれているのは。
感謝。
謝罪。
一緒にいられて幸せだったこと。
目黒に出会えてよかったこと。
自分がいなくなったあとも。
ちゃんと生きてほしいということ。
目黒は途中で。
読むのを止めた。
「……なんで」
声が出る。
小さい。
掠れていた。
眠っている阿部を見る。
穏やかな顔。
今日も。
佐久間や深澤と笑って。
酒を飲んで。
酔い潰れて。
目黒に抱えられて帰ってきた。
今。
ちゃんとここにいる。
なのに。
この紙には。
いなくなった後のことが書かれている。
目黒は胸の奥が。
急に苦しくなった。
いつ書いたんだろう。
女の子になった時。
誘拐された時。
自分が記憶を失った時。
それとも。
もっと前。
分からない。
でも。
阿部は。
こんなものを一人で書いて。
本の中へ隠していた。
誰にも言わず。
目黒にも見せず。
自分に何かあった時のために。
「……あべちゃん」
呼ぶ。
阿部は眠ったまま。
目黒はベッドのそばへ行く。
椅子に座る。
いつも。
阿部が体調を崩した時に座る椅子。
そこへ座って。
手紙を見る。
そして。
また阿部を見る。
胸が痛い。
嫌だった。
こんなものを。
阿部が書いていたことが。
怖かった。
自分の知らないところで。
自分がいなくなる未来を。
阿部が想像していたことが。
怒りたい。
なんでこんなの書いたの。
なんで一人で。
なんで言わなかったの。
そう言いたい。
でも。
眠っている阿部を見たら。
何も言えなかった。
目黒はそっと。
阿部の手を握った。
温かい。
ちゃんと。
ここにいる。
そのことを確かめるように。
指を絡める。
「あべちゃん」
また呼ぶ。
返事はない。
「これ」
少し震える声。
「見つけちゃった」
目黒は手紙を閉じた。
もう。
続きを読む気にはなれなかった。
読みたくなかった。
そんな未来を。
言葉でも見たくなかった。
ただ。
阿部が今ここにいる。
それだけを。
確認していたかった。
しばらくして。
阿部が少しだけ動く。
「……めめ」
寝言みたいな声。
目黒がすぐ顔を上げる。
「いるよ」
阿部は目を開けない。
でも。
握っていた手を少し握り返す。
その瞬間。
目黒の目に涙が溜まった。
「……いる」
もう一度。
自分に言い聞かせるみたいに呟く。
「ちゃんといる」
目黒は立ち上がる。
そのままベッドへ入る。
いつものように。
阿部を抱き寄せる。
「充電」
今日は。
声が少し震えていた。
阿部は眠ったまま。
目黒の胸元へ顔を寄せる。
その温もりに。
目黒は目を閉じた。
本棚には。
まだ。
色々なものが隠れているのかもしれない。
阿部が一人で抱えてきたもの。
言えなかったこと。
残してきた気持ち。
でも。
今日はもう。
探す気にはなれなかった。
遺書だけは。
元の場所へ戻さなかった。
枕元。
目黒から見えるところへ置く。
明日。
阿部が起きたら。
ちゃんと話そう。
怒るためじゃない。
責めるためでもない。
ただ。
一つだけ。
聞きたい。
どうして。
こんなものを書いたのか。
そして。
一つだけ。
伝えたい。
目黒は眠っている阿部を少しだけ強く抱きしめた。
「ねえ、あべちゃん」
「俺」
「こういう手紙」
声が詰まる。
「いらないよ」
返事はない。
「最後の言葉なんて」
「いらない」
目黒は阿部の髪へ顔を寄せる。
「その代わり」
少しだけ息を整える。
「これからの話」
「いっぱいしてよ」
二人で書いた紙。
『これから二人でやりたいこと』
壁に飾ってある。
目黒はそこへ視線を向けた。
一番上。
『ずっと一緒にいたい』
一番下。
『これからも二人でやりたいことを増やしていく』
目黒は。
ようやく少しだけ息を吐いた。
「こっちだけでいい」
小さく呟く。
「俺は」
「あべちゃんがいなくなった後の言葉より」
「一緒にいる未来の方が欲しい」
その夜。
目黒はいつもより強く。
阿部を抱きしめて眠った。
まきぴよ
2,242
#💛💜
みら

19,503
#⛄️
kaede🍁
25,833
コメント
1件
ああもう、めちゃくちゃ胸が締め付けられたよ…😭💔 最初は阿部ちゃんが酔って寝てるのほっこりしたのに、本棚から遺書出てきた瞬間の空気変わり方やばすぎる!!「いらないよ」って声詰まらせるめめの心情が痛いくらい伝わってきてもうダメだった…一緒にいる未来の話だけでいいって締めくくるところ、本当に優しすぎる。阿部ちゃんが起きたらどう話すんだろう。続き気になる〜!✨