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【If side】
猫を、飼い始めた。帰っても1人の家に嫌気が差して。
疲れて帰ってきた俺を迎えてくれる、暖かい体温が欲しかったから。
道端で段ボールに入れられていた仔猫を拾ったのが全ての始まり。ちょうどスーパーに鬼の仮面が置いてある2月の初めの時期だった。
雨に濡れて薄汚れた仔猫は、腹を空かせたのか寒さでなのか細く鳴き、こちらを見つめていた。その時俺の中で、何かがこいつを拾えと命令したのだ。俺はその指示のままに仔猫を拾い、うちへ連れ帰ってミルクを与えた。
身体を洗ってタオルで優しく拭いてやれば、鼠色だと思っていた毛はもっと美しい桜色をしていた。よく見れば瞳も強い桃色をしている。
俺はその仔猫に『will』と、そう名付けた。桜色の目がずっと片想いしているあいつを思い出させてしかたなかったから、いつかあいつと一緒に生きていけたら、と思って付けた名前だった。
男同士で、しかも同じグループ内のメンバー。好意を伝えるには、障害が多すぎた。俺はこの想いを墓場まで持っていくつもりだったが、この猫にだけは、少しだけ話してもいい気がした。猫……ウィルを呼べば、出会ってすぐの俺にも懐いたようで、俺の手のひらに頭をぐりぐりと押しつけて目を細めた。思わず笑みがこぼれる。いれいすの活動以外で笑ったのなんていつ振りだろう。ウィルとのこれからの生活を想像して、俺はまた笑った。
ウィルとの生活も1ヶ月が経った。親バカとはこういうものなのだろうか、ウィルはそんじょそこらの猫とは比べ物にならないくらいに賢くて、かわいらしかった。
俺が玄関の鍵を開けて家に帰ってくればとてとてと短い脚を必死に動かしてお出迎えしてくれる。俺が家を出る時はまたとてとてとついて来て、玄関の前で止まっていってらっしゃいと手を舐めてくれる。疲れていれば顔を舐め、眠そうだったら膝に乗る。俺が何か話したそうにしていたら音もなく隣に香箱座りで座り、こちらをじっと見つめる。まっすぐな目は俺の心を射抜くようで、ウィルには隠し事なんてできなかった。最近あったいいこと悪いこと、愚痴やないこの惚気を話すと、ウィルは満足げにぺろぺろと顔を舐める。俺は信じられないスピードでウィルに心を開いていった。
ウィルは魚(というか寿司のネタ)が好きで、特にサーモンとハマチに目がなかった。あるとき俺が寿司を食べていたら、それを目敏く見つけてあっという間に机に乗った。あんまり目をキラキラさせるから、俺はサーモンとハマチをシャリから外して、少し洗ってからウィルにやった。初めてそれを食べた時はウィルは目を見開き、まるで「なにこれ美味しい!?」と言うかのようにこちらを見る。俺はあっという間にウィルのかわいらしさに堕とされていた。
ついでに言うと、最近は写真フォルダが爆速で埋まっていく。全部ウィルの写真だ。キャットタワーを買ったらはしゃいで落っこちそうになるウィル、サーモンを食べて目をかっぴらくウィル、もこもこの暖かい毛布にくるまって目を閉じているウィル、シャンプーされて少し顔を顰めるウィル……写真フォルダが桜色に染まっていき、俺は作業部屋で笑みをこぼす。そうすると、開いていた扉からウィルが入ってきて机に飛び乗り、「どうしたの?」と聞くかのようにこちらを向いた。
「ん?俺の写真フォルダがウィルの写真でいっぱいやから。大好きやで、ウィル」
優しく撫でるとウィルは「みゃぁ〜」と鳴き、また手のひらにぐりぐりと頭を押し付けてきた。そんなウィルを撫で回しながら、1人考える。
――このままウィルにないこを重ねていて良いのだろうか。この1ヶ月気づかないふりをしていたが、大きくなるウィルを見るたびに考えてしまっていた。ウィルは「will」という名前を付けられた猫だ。ないこではない。ウィルにないこを重ねることは、同時にウィルの存在を否定してしまっているのではないか。俺の中に、そんな疑問が湧いてくる。いれいすの活動も多忙を極め、メンバー会議の時と配信の時くらいしかないこと話していない。それが余計にウィルとないこを重ねてしまうのだった。
《翌日》
次の日はないこはうすで会議の日だった。昨日の悩み事もまだ全然解決しておらず、正直すごく気まずい。ウィルには可哀想だが、精神安定剤としてないこはうすに連れてきた。
「ウィル、ラヴィと仲良くせぇよ」
頭を撫でてケージから出すと、ウィルはするりとケージから抜けてラヴィのもとへててーっと駆けていく。会ってまだ2週間しか、もっというなら毎日会っているわけではないから下手すれば1週間未満だと言うのに、ウィルとラヴィはめちゃくちゃ仲がいい。会議が始まればウィルはラヴィのお腹の辺りに丸まって一緒に寝ている。何故なんだ。
「あれ、今日はウィル連れてきたんだ」
「おう、ウィルが行きたがってたからな」
大嘘だがないこにはバレなかったようだ(ウィルはこっちを向いた。中に人でも入ってるのか?)。
「それにしても仲良いよね、ラヴィとウィル」
「せやなぁ……なんでやろ」
「ウィルもラヴィもお互いのこと好きなんやない?」
会話に割り込んできたあにきが言う。その言葉に俺は一瞬固まった。まさか飼い猫が飼い主の好きな人の飼い犬(ややこしい)のことを好きだと言うのか。まるで俺とないこではないか。
「早いねwまぁ仲がいいのは良いことだし、そのままでいいんじゃない?」
ないこの笑った声で現実に引き戻される。
「うぇるかむとぅーざないこはーぅす!ないくんごめーん遅れた!」
「ないちゃーん!」「ないこー、遊びにきたでー」
騒がしい子供組がないこはうすに入ってきた。
「遊びにきたんじゃないでしょ!ほら早く、会議するから!」
ぺちっとしょにだの頭を叩くないこ。ずるい。まろもしてほしい。ぎゃあぎゃあ騒ぐ子供組とそれを一喝するないことあにき。会議はそうして始まった。
「まろなんか今日元気ないけどどないしたん?」
「ん?なんもないで〜」
会議が始まって1時間ほど。あまりにほとけが騒ぐので、一旦休憩になった。いむしょーは飲み物を買いに行き、赤組は別の部屋で何やら話し込んでいる。しかしアニキに見抜かれるとは。流石最年長、格が違う。
「嘘ついとるやろ、俺わかるで」
「……ちょっと、悩み事あって」
「珍しいな、まろが悩みなんて。全部聞くで」
「……ええの?」
「勿論や!なんてったってあにきっずの頼みやし」
あにきは殊の外乗り気だ。俺が普段そういう悩みを話さない分、全部ぶちまけて欲しいのだろう。
「あにき、ちょっと話長くなるけどええ?」
「ええで。今話しや」
こうして『あにきっずの悩みに答えます!』というコーナーが始まった。
「……好きやねん、ないこのことが」
「………………」
「働いててリーダーもやって忙しいはずやのにみんなに当たり散らかさんし、それでいて優しいし、俺はないこのことかほんまに好きなんよ」
いつもは軽快に話すまろが、今日は苦しそうに口を開く。その言葉にきっと嘘はなくて、まろがこんな風に悩みを話すのは、初めてのことだった。
「1ヶ月くらい前に猫を飼い始めたって話したやんか。あの猫がな、ないこにそっくりやねん。毛の色といい好きなものといい、ほんとにそっくりやから、ないこのことその猫に重ねてしまうんよ。でもな、そしたら猫の……ウィルの存在を否定してるみたいで、それ考えた途端にウィルの存在も信じられんくなって……俺……どうしたらええのかわからんくて……」
今にも泣きそうなまろはとても辛そうだった。
「告白するって案は、無いんか?」
「…………それも考えたんやけど、これ以上ないこのこと困らせたらあかんし…それ以上にないこ忙しそうやから……」
「……それでまろはないこのこと諦められるんか?」
「………………」
「俺はまろやないからまろの気持ち全部分かるとは言わん。でも、まろの『好き』って気持ちはきっとまろにしかなくて、その気持ちはないこにしか向いとらんのやろ?その気持ち蔑ろにしたら勿体ないで」
まろを諭すように言うとまろは暫く俯いた後、口を開いた。
「でも俺もないこも男やし、ないこがこういうの無理なんだって言ったら、俺は立ち直れる気がせぇへんのよ」
「それでも……まろは自分がないこのこと好きなのわかっとるんやろ?その気持ち伝えるだけでも俺はええと思うな。少なくともまろがないこのことをどれだけ想ってるかは伝わる訳やし」
「……………………わかった、伝えてみるわ」
「頑張れ。応援しとうからさ」
「応」
ちょうど別の部屋から来た赤組を見て、まろは自席に戻った。
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