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クレムリンにある大統領補佐官の執務室。夜のモスクワの夜景がよく見える位置にある部屋であるが、主であるイワンは一切の関心を示さず部屋は数多の資料で埋め尽くされ、夜景の見える窓も本棚で塞がれている。まるで部屋の主の性格を反映したような室内で、イワン補佐官は執務に励んでいた。 彼の心酔する大統領は多忙のため既に身体を休めている。数少ない休養の時間こそ自分が励み負担を少しでも減らさねばならない。彼はそのような使命感を胸に政務に励む。
ブリテンで行われた大規模な作戦は、残念ながら失敗に終わったとの連絡が出された。直ぐ様関与している人員のデータ、及びどうしても必要だった通信履歴の完全な削除を速やかに指示し、それは直ちに実行された。
使用された通信機は全て破壊したし、エージェント達のプロフィールを纏めていた機具も物理的に破壊した。異星人の科学技術は銀河の反対側へ簡単に行き来できるほど優れているのは明白だが、対抗する手段が無いとは思えない。何故露見したのか疑問ではあるが、今回はジョンブル共の防諜が一枚上手であったと諦める他無い。
失敗が確実視された瞬間、主君である大統領閣下は直ぐ様声明を出されブリテンを牽制しつつ異星人への気遣いを示した。
この迅速なまでの判断は主人の有能さを示し、自らの忠誠が間違いではなかったことが証明されイワンはより一層職務に励むのだった。
そんな時、ドアがノックされる。この時間に来客予定はなく、既に主人は休んでいる。或いは緊急の案件かと身構えた。
「入りたまえ」
「こんばんはー☆」
入室を促すと、幼い少女の声と共に幼子が部屋に入ってきた。美しい金の髪を持ち、地球人とは思えないほど整った顔立ちは、美しさと同時にまるで人形を見ているような気味の悪さをイワンに与えた。
だが同時にその背中にある一対の純白の翼は、彼女が地球人でないことを顕著に示していた。
イワンは直ぐ様記憶を探り、目の前の存在が来訪者であるティナの妹ティリスだと直ぐに思い至った。何故ここに?と疑問も浮かんだが、ウクライナの件もあり瞬時に好きな場所へ移動できる力があると想定されていることも同時に思い出した。
その絶大な力は是非とも我が国に、信奉する大統領にこそ必要なもの。そう判断したイワンは、滅多に使わぬ頬の筋肉を動かして出来る限りの笑顔を浮かべた。
「これはこれは、ようこそ我が連邦へお越しくださいました。ティリス殿であるとお見受けしますが、相違ありませんか?」
「あれ?私の名前がわかるんだ?」
「もちろんですとも。あなた方アードは我が地球の良き友人であると我が国は考えておりますので」
「へぇ、お姉ちゃんに悪いことをする地球人も居るのに☆」
「残念ながら、理解の及ばない存在に敵意を抱くような人間は少なからず存在します。まして、あなた方が滞在された合衆国は人種の坩堝。自由の名の下に数多の愚行を繰り返してきた国なのです。先日合衆国で起きたテロ事件、そして昨日発生したロンドンでの騒ぎに我が国の国民は心を痛めています」
「ブリテンじゃ、連邦のせいだって噂が流れてるみたいだよ?☆」
「あの国らしいやり方ですな。自分達の失策を他者のせいにして、自らの立場を高める。あの国の常套手段でありますが、まさか宇宙からのお客様にも同じ様な対応をするとは。
やはり西側は信用なりません。我が国は国民一人一人に至るまで皆同じ理念を抱いております」
「ふーん?じゃあ、おじさん達はお姉ちゃんに悪いことをしない?」
「無論ですとも。今は生憎夜分でありますが、お忍びではなく正式に来訪していただければ国を挙げて誠心誠意歓迎させていただきます。我が国は世界最大の国土を誇り、それ故に美しく伝統に満ちた観光地も多数存在します。きっとご満足頂けるでしょう。もちろん、堅苦しい会談などは一切ありませんよ」
既に連邦は、ブリテンの外交攻勢に対してティナが辟易としていたという情報を掴んでいた。
「ふーん……分かった!お姉ちゃんに連邦は安全だって保証してくれたって伝えるね!☆」
「ええ、大統領補佐官の私が保証しましょう。来訪を心待ちにしていますよ」
異星人とは言え、所詮は子供。御することなど容易い。笑みを浮かべながらイワンは、ティナ達が抱いているであろう西側への不信感をより増加させることに成功したと確信し。
「うん、伝えておくよ……お前がアオムシじゃなければね」
「なっ!?」
突如としてティリスの雰囲気が変わり、次の瞬間青い光の鎖が無数に延びてイワンを縛り付ける。
「なにをなさる!?」
「サイレント」
「……!?……!!」
喋ろうにも言葉が出ず益々彼を混乱させ、そんなイワンを無視してティリスは翼を広げて飛び上がり、背の高いイワンの目の前へ移動する。
「大丈夫、痛みはないよ。ドレイン」
その小さな人差し指がイワンの額に触れた瞬間、未知の感覚がイワンを襲う。確かに痛みはないがまるで頭の中、脳を吸い上げられるような感覚に彼は暴れようとするが身動きも取れず声も出ないためされるがままとなった。
数分後、ティリスが手を離すと脱力したイワンはその場に倒れた。
「ふむ、なるほど。やっぱり黒幕は大統領か」
ティリスはイワンの脳から直接記憶を吸い上げたのである。尋問などに使われる魔法であり、当然ながら抵抗する魔法も存在するがマナを持たない地球人に抗う術は存在しない。
『では、クレムリン一帯に艦砲射撃を行います。許可を』
「駄目だよ、ティナちゃんが悲しむ」
『では、どのような制裁を?』
「地球人は傷つけない。それにこんな大国だ。今の大統領が降りて次の奴がアオムシだったら意味がない。二度とバカなことを考えないようにしてやらなきゃいけない。だから、コイツを使うよ」
ティリスは見た目に似合わぬ淫靡な笑みを浮かべながらイワンを見下ろす。
「ボルテージ」
翌朝早朝。
「大統領閣下!大統領閣下!」
「何事か」
「広場をご覧ください!補佐官が!イワン補佐官が乱心を!」
「なに!イワンが!?」
連邦首脳陣が直ぐに赤の広場へ向かうと、そこには人集りが出来ていた。その中心には。
「恐れを抱く必要はありません。宇宙の果てから降臨された神を讃えるのです。さすれば神は、銀河一美少女ティリスちゃんはその慈悲を我々愚かなアオムシ、地球人へと授けてくれるでしょう」
そこにはデカデカとティリスの顔がプリントされた痛Tシャツを纏いまるで宣教師のように演説するイワン補佐官の姿があった。
「あの無神論者のイワン補佐官が!?」
「なにが起きている!?」
誰もが唖然とする中、ブレンチョフ大統領は。
「これは私に対する警告か」
「閣下?」
「……現刻を持って全ての異星人作戦を中止。チャイナに我々は降りると伝えろ。メディアを総動員して友好キャンペーンを展開。不穏分子は直ちに処理せよ」
「しかし!」
「国が滅ぶぞ」
「……はっ」
ティリスによる制裁は、誰一人傷付けずに大国へ警告を与えた。