異星人対策室のジョン=ケラーだ。ブリテン首都ロンドンで発生した同時多発テロ事件から現地時間で三日が経過した。当初の混乱から世間は落ち着きつつある。詳細についてはメリルやミスター朝霧から個別に連絡があったが、その内容に胃が痛くなったのは言うまでもないだろう。 遂に連邦が一線を超えてしまったのはもちろん、度重なる警告にも関わらずブリテン当局の危機感が低すぎたことも災いした。いや、異星人警護など我々でさえ手探りなのだから仕方がない面はあるのだが。
今回はアリアすら察知できなかったらしく危ないところだった。フェルが地球人への警戒心を強めていたことで事が発覚したらしい。不幸中の幸いとは言え、地球人として歓迎できるものでないことは確かだ。彼女の地球人に対する不信感がたまたま良い方向へ働いただけであり、さらに警戒心を強めただろう。全く頭の痛いことだ。
そして事件発生時ティナ達は既にロンドンではなく軌道上の軍艦に戻っていたみたいだ。それをブリテン当局は把握しておらず、メリルとミスター朝霧にのみ伝えられた。事件を止められず、結果的に少数ではあるが犠牲者が出てしまったのは痛ましい限りだ。
これに対する報復が行われたみたいだが、連邦に目立った変化はない。ただ、CIAの連中が常に大統領の側に居たイワン補佐官がここ数日姿を消していると話していたな。何らかの関係があるのは間違いあるまい。
やれやれ、ブリテン行きを推挙したのは我々合衆国だ。ティナは気にしないだろうが、フェルやティリス殿がこの事態をどう見ているか。考えただけで頭が痛くなるよ。
さて、私が今なにをしているかと言えば。
「よっと」
「カレン、逆立ちはやめなさい。はしたないよ」
「はーい」
十八メートルに巨大化したカレンが逆立ちをするものだから、それを嗜めている。彼女は十八メートルまで自由自在に身体のサイズを変更できるが、何故か着ている服も一緒にサイズが変わる。それ故に愛娘の柔肌を衆目に晒すと言う、父親としては絶対に避けたい事態が発生しないことは幸いだ。
私達は合衆国北部に存在するスペリオル湖、ミシガン湖、ヒューロン湖、エリー湖、オンタリオ湖からなる通称五大湖の一つ、エリー湖の近くの平原に足を運んでいる。
私達父娘だけではなくて、大勢の異星人対策室職員や軍関係者、そして大量の資材と工具や機材が続々と届けられている。何故か?
先日発生した爆破テロは、ティナ達はもちろん私達にとっても衝撃的な出来事だった。何らかのテロ活動は覚悟していたが、まさか白昼堂々と、しかも本部ビルの前で行われたのは完全に想定外の事態だった。
あの事件を契機に国内の不穏分子の活動が活発化しているらしい。いや、公然と批判している団体や個人ならば対処はそこまで難しくない。監視したり、拘束したりすることが出来る。
だが、今回の犯人のように内心に秘めたままのテロリストが一番厄介なのだ。皆の心の内側を覗き込むなんて、少なくとも地球人の私達には無理な話だからね。
ではどうすれば良いか。ティナ達はもちろん、持ち込まれたアードの物品や名が知れてしまったカレンを護るための手段として異星人対策室本部の移転が速やかに検討されて実行に移された。
この辺りはデトロイト市があるとは言え、過疎化が進む一方で人の出入りが極端に少ないし、人里からもかなり離れている。つまり、身を隠して護るには最適な場所なんだ。元々建設していた例の秘密基地も近いからね。
交通手段が貧弱ではあるけど、この問題はティナが持ち込んだ転移ポートで解決した。彼女はこの転移ポートを、ワシントンにある本部ビルと新たな本部を繋ぐ為に使うことを許してくれた。
こことワシントンを瞬時に移動できるだけでも素晴らしいが、ワシントンの本部ビルに居ると思わせることで彼女達の安全を確保できるわけだ。もちろん観光中はどうにもならないが、安心して休める場所が地球にあれば彼女達も過ごしやすくなるだろう。
まあ、カレンを極力危険から遠ざけたいと言う個人的な願望もあるのだがね。
「ケラー室長、資材の搬入は順調です。そうですな、お嬢さんの頑張り次第ですが、今日中には少なくとも宿舎が組み上がるかもしれません」
進捗表を見ながらジャッキーが現場を差配してくれている。まさか建設の差配まで出来るとは思わなかった。彼に出来ないことはあるのだろうか?
まあ、取り敢えず。
「カレン!準備は良いかい?早速始めようじゃないか」
「分かった!皆危ないから離れててー!」
「なぁに、うちの連中は下手を打ちませんよ。お嬢さん、どうぞそのままで!」
「じゃあ、私はカレンのサポートに徹するとしよう。ジャッキー、差配は任せたよ」
「ご期待以上の成果をご覧にいれましょう」
現場に届く建材は予め加工されている。まあつまり現場でこれらの建材を組み上げていくわけだ。工作ドローンも多数用意したし、なにより。
「よいっ……しょっとぉ!」
巨大化したカレンの身体能力はまるでスーパーヒーローのように向上していて、数トンはある建材を軽々と持ち上げて組み上げていく。
足場を組む必要もないし、クレーンなども必要ない。カレンが組み上げたものを内側からしっかり補強して内装を整えれば良い。これによって工期の大幅な短縮が見込めるのだ。各パーツもカレンが組むことを前提に加工しているからね。
さて、娘にばかり働かせるわけはいかん。私も汗を流すとしよう。
「ふんっ!!」
「よいっしょー!」
「はぁ!」
「ここかなー?」
「やれやれ、室長も大概人間離れしている自覚を持って貰いたいものだ。計画を早める!今日中に次のステップまでいけるぞ!家具類の搬入を急げ!次の建材も早く持ってくるように連絡する!」
「分かりました!」
既に宿舎の外壁が組み上がり、内側からジョン=ケラーが拳を叩き込み接続部をしっかりと噛み合わせて固定。
「あっ、屋上の工事?はい、乗って!」
高所工事は、カレンの手の平に乗せて貰った工員達が手早く済ませていく。
「どんどん持ってきてくれ。ああ、君達は一階を頼むよ。重いものは私が運ぶから安心してくれ。怪我をしては大変だからね」
数人がかりで運ぶ重い家具などを片手で運ぶジョン=ケラー。どう見ても人間離れした二人の存在は想定以上に工期を早めることになる。
「ケラー室長、余り張り切っては身体に障ります。若い奴の仕事を取らないでくださいな」
「後ろで見ているのは性に合わなくてね。ジャッキー、済まんが新しい家財道具の搬入も始めてくれ。カレンが頑張っているからね。それと適切な休憩を心がけて、体調を崩したら直ぐにドクターに診て貰うように手配も頼むよ」
「既に手配していますよ。全く、父娘揃って働き者だ」
率先して先頭に立つジョン、アドバイスを受けながら建材を組み上げていくカレン。ケラー父娘の働きを見て、ジャッキー=ニシムラ(太陽の党名誉会員)は気合いを入れるため赤マムシドリンクを一リットル飲み干すのだった。
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