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思わぬ出来事に心を乱されたものの、平常運転の様子の常務を見て、私も心を落ち着ける。


いつまでも呆然と立ち尽くしているわけにはいかない。


ソファーに座りパソコンを覗き込んでいる常務の方へ移動し、私もソファーに腰掛けた。


そろりと常務の様子を盗み見る。


さっきの出来事なんてなかったかのような態度だ。


(常務にとっては気まぐれにちょっとからかってやろうと思った些細な出来事なんだろうな。だから私だけいつまでも意識してるなんてバカみたいだよね‥‥)


私も平常心を取り戻すよう努め、何事もなかったよう振る舞いながら常務に声をかけた。


「何されてるんですか?」


「あぁ、ちょっと仕事のメールを見てたんだ」


「普段から休日にもメールチェックされているんですか?」


「たまに急ぎの承認依頼が入ったりすることもあるしね。あと海外とのやりとりがほとんどだから、時差の関係で土日関係なくってことも多いかな」


確かに役員だとそういったこともあるのだろう。


以前の取材の時にも感じたが、常務の仕事への姿勢は素敵だなと尊敬の念を改めて感じる。


(こういうところも好きだな‥‥)


ふと自分の心に思い浮かんだ気持ちに愕然とする。


(え?今私、完全に”好き”って思ってたよね‥‥?)


ドキドキドキドキ


一度鎮めたはずの胸の鼓動が再び暴れ出した。


ただでさえ常務のマンションで2人きりという状況下だ。


意識しないなんてかなり難しい。



「さてと。必要なメール処理は終わったし、並木さんからのお詫びをお願いしようかな」


「な、何をいたしましょうか‥‥!?」


「普通に今日1日付き合ってくれればいいよ。何する?どこか行きたい?」


「服もメイク用品も手元にないので、出掛けるとなると一度家に帰って準備を整える必要があるんです。結構お待たせしてしまうかもしれません」


「それなら家で過ごそうか。ちょうど昨日は外に出てたから、今日は家でゆっくりがいいかもね。並木さんが嫌じゃなければ、ここで過ごしてもらってもいい?」


「あ、はい」



こうして日曜日はお詫びとして常務のマンションで1日付き合うことになった。


「それにしても、すごく素敵なご自宅ですね」


「ありがとう。日本に帰国したタイミングで購入したんだけど、叔父のお勧めでね。ちょっと1人には広すぎではあるんだけど」


「叔父様、つまり専務ですね。専務にはいつもマスコミからの取材に快くご協力頂いていて助かってます!」


「そうなの?」


「はい。ヒット商品の秘密に迫るとか、開発者インタビューとか、そういった主旨の取材の時に受けて頂いているんです」


「あぁなるほど。叔父は話すのも得意だし適任だろうね」


「そうなんです。容姿端麗でもいらっしゃるのでマスコミの方々も喜ばれて!今後は海外展開に関する取材依頼も多くなってくると思うので、その際はぜひ常務のご協力もお願いいたします!」


「それはもちろん。‥‥ふっ、ははは」



真面目な話をしていたら、急に常務が破顔した。


目尻に涙をうっすら溜めて笑っている。


私はなぜ笑われているのかサッパリ分からずキョトンとしてしまう。



「いや、ごめんね。家の話をしてたのにいきなり仕事の話になるし、それを真面目に熱く話すし、最後には俺の協力を取り付ける根回しし出すしで面白くて」


「根回しなんて、そんなつもりは‥‥!」


「俺もさっき休日にメールチェックしてたけど、並木さんも仕事脳だね。よく言われない?」


そう言われて思い返す。


確かに社会人になって彼氏に振られる時、いつも「俺のこと本当に好き?」と言われるが、あれは仕事を優先しがちなところも影響しているのだろう。


仕事はちゃんとしっかり責任もって遂行したいだけなのに。


「‥‥そうですね」


思い当たることがあるので曖昧な微笑みを返す。


「もしかして過去に彼氏にそれで振られたとか?」


「‥‥!」


どうして常務はいつも私の頭の中を簡単に読むのだろう。


透けて見えてしまってるのではないかと心配になる。


でも私のことを分かってくれているみたいで少し胸がキュンとなる。


(‥‥どうしよう。意識すればするほど好きな面が見えてきちゃう)


「その反応は図星かな」


「‥‥はい」


「具体的になんて言われたの?」


「‥‥”本当に俺のこと好きなの?”って。あと別れを受け入れると”なんとも思ってないんだね”って続けて言われました」


「いつの話?最近?」


「いつというか毎回です。いつも同じようなことを言われて振られちゃうんです。仕事ばっかりとは言われてないですけど、そのあたりも含めてだと思います。仕事優先しちゃったりしてるから」



なんでこんなことを常務に話してるんだろう。


仕事に誇りを持って取り組んでいる常務なら、なんだか分かってくれるんじゃないかという期待が心の根底にあったのかもしれない。


自然と燻っていた思いが口を突いて出ていた。



「そんな理由で並木さんを振るなんてもったいないね、その男たちは」


「そんなことないですよ。私なんて」


「また無自覚なの?」


「なんのことですか?」


「‥‥‥」


常務は口をつぐむと胡乱《うろん》な目を私に向けてくる。


私はよく意味が分からず、少し首を傾げた。



「まぁいいや。そういえば並木さんは長谷くんと同期なんだっけ?」


「はい、そうです。太一くん、‥‥あ、長谷くんから常務のことも時折り聞きますよ。すごく仕事ができる、すごい、尊敬するっていつも大絶賛です」


「へぇ、それは嬉しいな。仲良いんだね」


「長谷くんともう1人の同期でよく集まってます。長谷くんは海外出張も多いんで都合が合わない時も多いですけど、その分いつもお土産を買ってきてくれて。細やかな気遣いは営業向きですよね。常務も残業してた時、缶ココアを差し入れてくださって嬉しかったです」


「そう、それは良かった。長谷くんと同期ってことは入社6年目?27歳だっけ?」


「はい、入社6年目です。27ですけど、来週にはもう28です」


「え、来週!?来週が誕生日ってこと?」


「はい」


「来週のいつ?」


「えっと、来週の土曜日ですね」




言われてみれば来週は誕生日だった。


忙しくてすっかり忘れていた。


誕生日だとしても年齢を重ねるだけで、特に予定もないし普通に過ぎていくだろう。


(もし誕生日を常務と過ごせたらどんなに素敵だろう。でもそんなのありえない。住む世界が違う人だし、今こうしているのは色んな偶然が重なったからだ‥‥)


女性に困っていないこの人が、私なんて相手にするとは思えなかった。


胸が締めつけられるように切なく苦しい。


それはきっと私が常務のことを好きになってしまったからなんだろう。


身の程を知らず、でも認めざるを得ない。


私は恋をしてしまったーー。

私の瞳に映る彼。

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