コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
国という存在は非常に奇妙なものだ。
ある時には突然現れ、ある時にはぱったりと消滅する。神様、不老不死、化け物、不死身。彼らがそんな呼ばれ方をするのもまた必然的だったし、恋愛感情は存在しないだの、独裁政治をしようとしてるなどと、音も葉もない噂を信じる輩も少なくはなかった。
そんな国にはある都市伝説があるのはご存知だろうか。
いや、きっと国民は誰も知らない。
もしかしたら国自身も知らないかも知れない。
もしもの話、この都市伝説が本当ならば、きっと世界は人間の私利私欲で滅びると確信できているからだ。
だから誰もそのことは口にしないし、触れてもいない。
なにか特別なことが起きない限り、は。
2XXX年.某月某日。
極東に位置する米国の51個目の州に彼はいた。
桜の木の下には名前が彫られた墓石があり、散った桜の花弁が墓石を撫でるようにヒラリと舞い落ちた。その墓の前には数多くもの国花が供えられており、自分も彼の大好きだった花と国花を添えた。
よく飽きないと、自分でも思う。
「君がいなくなって随分絶ったね。みんな元気にやってるよ。あの頃が嘘みたいに…平和な世界になったよ」
そんな自分の独り言は虚しくも春風に飲み込まれ宙に飽和していく。 期待しても返してくれる彼の言葉などなく、桜が風に吹かれている音を抜きにしたのなら、辺りは静寂そのものだった。
辛気臭いのは好きじゃない。両手を上げて背筋を伸ばした俺はもうすぐ始まる世界会議に向けて体を持ち上げた。
「……さーって!今日も世界の平和のためにHEROが大活躍するんだぞ!見ててくれよ!き、」
そこで言葉が途切れた。立ち上がって目にした人物は、桜景色によく似合っていて、自分をじっと見つめている。
「…菊、?」
その人物は、消滅したはずの日本の化身、本田菊だった。
1945年8月14日に戦争終結が公式に表明された。
日本はアメリカの統治に置かれ、やがて併合し、正式なアメリカの51個目の州となった。
反対した。
日本と併合するということはつまり、日本という国がなくなり国の化身である彼の居場所をなくすということを暗示しているからだ。
併合なんかしなくたって統治すればいい。上司の耳にタコができるぐらい訴えたが、そんな俺の意見には耳を傾けてくれなかった。
日本にも言った。
いなくならないでくれ。俺は君と併合なんかしたくない。って。
でも彼は正式に併合を決めた。
あの時は感情的になってしまって泣きながら責め立ててしまったけど、今思えば日本も相当思い参っていたんだと思う。自分が日本だったせいで負けた。これは罪滅ぼしだ。って、まるで死刑囚みたいに呟いてた。
日本という国がなくなっても、日本自身そんなに苦ではなかったらしい。なんなら嬉しそうだった。
年をとったら見た目が変わり、怪我をしたら跡が残り、重傷の傷を負ったなら治ることはない。そして最後には儚く散っていく。そんな普通の人間に憧れていたんだと話してくれた。
俺は日本よりずっと年下だから、その考えは理解できなかったけど。
傷の治りが遅くなったら、胸を撫で下ろしたように笑う彼が嫌いだった。
なんでそんな顔ができるんだ。って言った時もあった。
彼はもう消える覚悟があるのに、俺はずっと引きずっていて、馬鹿みたいだった。
だけど併合されてから1年も経たずに日本は消滅した。頭と目の前が白くなるってこういうことなんだなって思った。
だけど涙は出なかった。悲しいはずなのに、一滴も。 数日経った日になってやっと泣いたのを覚えている。
涙が出なかった理由なんて、今だから分かる。あの時俺は日本がまだ生きてるかもって勝手に思ってしまっていたんだ。自虐的なことばかりを簡単に話してしまう彼だからきっとまた戻ってくるって、勝手に思い込んでいた。
思い込まないと気が動転してしまいそうだったから。
気持ちの整理もついた、あれから何百年と経った今日、消滅したはずの日本が自分の目の前に現れた。
アメリカでは珍しい黒髪に、黒がかった茶色い瞳。丸顔だけれど、輪郭は滑らかにつくられていて小柄な体型。日本だと確信するのに十分なその見た目に、思わず視線が釘告げになった。
「…祖国様?」
日本にそっくりな彼はそう言って、呆然と立ち尽くす俺の顔を心配そうに覗きこんだ。
「ぇ…あ、日本…なのかい…?」
絞り出した言葉は情けなかった。目の前の事態が信じられなくて、無意味に手は彼へ伸ばしていた。
「日本?昔の国がどうかしたんですか?」
その言葉でアメリカはハッと我に返った。あぁ、そうだ。彼がいるわけない。後ろにある墓石を思い出して、冷静になるため深呼吸をした。伸ばしかけた腕を下ろし、ジャケットを正す。それから彼に笑顔で話しかけた。
「ごめんよ。ちょっと寝ぼけてたみたいなんだ」
「そうだったんですね、それなら良かったです。祖国様に何かあったらどうしようかと、」
「心配いらないよ!俺はHEROだからね!」
「ふふ、それでこそ祖国様です」
「ところで名前はなんて言うんだい?」
「菊、本田菊です」
「…OK。菊だね」
それから、日本にそっくりな彼が気にならないわけもなく、彼と散歩をしないかと提案してみた。私で宜しければ。と懐かしい言い回しで応えてくれた彼と歩きながら会話を交えた。
どうやら彼は、今では希少となった日本人とアメリカ人のハーフらしい。アメリカ人にあたる父親は昔からヨーロッパ方面で仕事をしているらしく、小さいことから面倒をみてくれたのは日本人の母親だという。 どおりで雰囲気や立ち振舞が日本風なわけだ。顔立ちからしても日本人の母親似だろうし、見れば見るほど俺が知ってる日本そのものだった。
「菊は不思議だよね。昔いた俺の知り合いにそっくりだよ」
「そうなんですか?…そんなこと言ったら、祖国様も不思議だと思いますよ」
「…国、だからかい?」
「いえ。失礼ながら、貴方とは始めて会った気しないんです」
私の祖国様だからでしょうか。笑いながら彼は言うけど、俺にとってその言葉は救いだった。彼の言う通り、俺が菊の祖国だから近親感を覚えただけかもしれない。それでも、そうじゃなくても嬉しかった。
もしかしたらと思えた。もしかしたら菊は、
「…ねぇ、菊。君が好きな食べ物当ててあげるよ。鮭だろう?」
「え!?正解です、なんで分かったんですか?」
「…HEROだからね」
日本の生まれ変わりなんじゃないかと。
そうなれば話は早かった。名前も、見た目も、声も、性格も、好みもすべて同じとなれば、きっと、いや絶対に彼は日本の生まれ変わりなのだと確信した。
生まれ変わりなんて科学的根拠もない言い伝えだけど、事例はある。0ではないのならと思うのが心の支えだった。
「きっと何かの縁かもしれないね!どうだい?俺と世界会議に出てみないか?」
無理矢理で突発的な提案だった。その証拠に、案の定彼は目を丸くしているし、歩く足は止まっている。だけど、わずかな希望が見えたんだ。菊に前世の日本の記憶が残っていたとしたら、思い出深い世界会議を見たら、その記憶を思い出してくれるんじゃないかって。聞いたこともない作戦だったけど、どうしても思い出してほしいという一心でそう言った。
「でも、一般人の私が出席しても迷惑では…」 「そんなことないよ。みんな優しいからね!」
彼は顎に手をあて数秒考えた末、照れくさそうに言ってくれた。
「それでは、行ってみたいです…」
「うん、ありがとう」
思い出してもらうのは、日本のため。
それはどこか、自分への戒めのように聞こえた。