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王ヴァルト・イル レオネスは、玉座の間で静かに目を閉じていた。
大理石の床に、臣下たちはひれ伏している。
だが彼の耳には、その敬礼の音すら届いていなかった。
「言葉が、国を蝕む。ならば声を殺せばいい」
そう呟いた王の瞳が、冷たく開かれる。
同時に、空間がわずかに歪んだ。
その瞬間、隣に控えていた大臣が僅かに頭痛を訴え、口元を抑えた。
自分でも何を言おうとしたか、分からなくなるような感覚
「……お言葉に、従います……」
王が持つ禁忌の力《深層制律》。
それは、命令の言葉を脳内に直接書き換える能力。
命令への忠誠を意識下で絶対化することで反抗をできなくする”。
その力を、今、ヴァルトは民衆へと向ける覚悟を決めていた。
「白冠を通して、制令を出せ。公の場でノアの名を語ることは禁忌とせよ。
そして……この国に芽生えた火は、根から断つ」
騎士団の者たちが跪き、無言のまま頷いた。
だがその中に、ひとりだけ伏せたまま目を閉じる者がいた。
ミレイユ・カーネリアス
彼女の手は静かに震えていた。
(ノアの名を禁じる……?)
演説を聞いた夜。
そして雨の中、彼と交わしたあの言葉。
「願いを見失うな、白の剣士よ」
「正義はいつも、名乗らない者の中にある」
王の異能を前に、騎士団の誰も声を上げない。
それどころか、制令は瞬く間に全国へ広まり始めた。
同時刻、王都外れ。箱舟《アーク》。
ノアは、契約者たちとともに新たな作戦の準備に入っていた。
だが、思わぬ異変が起きていた。
「ノア。市民の一部が、演説の記憶をぼんやりとしか覚えていないと言い出している」
契約者No.4のユーンがそう報告する。
その目は不安に満ちていた。
「……映像は完全に保存されている。それなのに言葉だけが薄れていく……?」
ノアはすぐに察した。
これは、王が能力を使ったのだと。
「記憶の封じ込めではない。認識そのものに干渉してる……言葉への理解を遮断する力」
箱舟の仲間たちの間にも、沈黙が落ちる。
もしそれが本格的に民衆へ広がればいかなる演説も届かなくなる。
「このままでは、思想そのものが殺される」
そのとき、セラが立ち上がった。
喉の療養中だった彼女が、かすれた声で言う。
「それでも……声を、絶やしてはいけない……」
ノアはゆっくりと頷く。
「……ああ、沈黙に屈するわけにはいかない。
声は、絶望よりもしぶといんだ」
新たな計画が始動する。
今度は、言葉そのものが奪われた世界で、映像や象徴を使って訴える作戦だ。
ノアは黒い仮面を再び手に取りながら、心の中で一人の人物の顔を思い出していた。
ミレイユ
「君は……まだ、自分の願いを持っているか?」
王宮 夜
ミレイユは、かつてクロウが残した懐中時計を密かに取り出していた。
止まったままの時刻。
まだ、あの男と再会したときには動かなかった。
でも今、心のどこかでわずかに音が聞こえた気がする。
その願いが、再び動き出す日が来る。