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『小さな希望』
その日の夜。
みすずはベッドに横になりながら、天井を睨んでいた。
眠れない。
目を閉じても、なぎの顔が浮かぶ。
「……どうすればいい」
小さく呟く。
ここに来てから、まだ一度も外へ出ていない。
扉はいつも鍵がかかっている。
窓も開かない。
スマートフォンはなぎが持っている。
食事を持ってくる時間も、部屋を出る時間も決まっている。
「……でも」
みすずは身体を起こした。
考えろ。
絶対に、どこかに隙がある。
「なぎは……朝、七時くらいに来る」
朝食を持ってくる。
昼は十二時。
夜は七時。
そして夜中は、ほとんど来ない。
「……夜」
みすずは呟いた。
夜なら、なぎが寝ている可能性が高い。
問題は扉。
鍵を開ける方法がない。
「鍵……」
なぎはいつも鍵を持っている。
ポケットに入れているのを見たことがある。
なら。
「……奪うしかない」
けれど、どうやって。
みすずは眉を寄せた。
なぎは警戒心が強い。
スマートフォンも。
鍵も。
財布も。
全部、自分から離さない。
「……でも」
ふと思いつく。
「寝てるときなら……」
鍵を盗む。
扉を開ける。
玄関まで行く。
外へ出る。
そこから道路を探す。
「……いける」
ほんの少しだけ、希望が見えた。
「いけるかもしれない」
みすずはベッドから降りる。
部屋を見回す。
窓。
扉。
クローゼット。
そして――机。
「……これ」
机の上に置かれていたペン。
みすずはそれを手に取った。
「鍵を落とさせるとか……」
いろいろ考える。
なぎが部屋に入ってきた瞬間。
隙を作る。
鍵を奪う。
扉を開ける。
走る。
「……よし」
小さく頷く。
久しぶりに、少しだけ心が軽くなった。
「明日……」
明日、実行する。
絶対に。
そう決めた瞬間。
コンコン。
「……っ!」
扉が二回、叩かれた。
みすずは凍りついた。
「みすず?」
なぎの声。
「……何?」
「まだ起きてる?」
「……寝ようとしてた」
「そっか」
扉の向こうで、なぎが笑った。
「じゃあ、おやすみ」
「……おやすみ」
足音が遠ざかっていく。
みすずは胸を撫で下ろした。
――バレてない。
そう思った。
けれど。
廊下を歩いていたなぎは、角を曲がったところで足を止めた。
笑顔が消える。
ポケットから鍵を取り出す。
その鍵には、小さなタグがついていた。
そしてその裏側には。
部屋の番号。
「……やっぱり」
なぎは小さく呟く。
「逃げること、考え始めたんだ」
誰もいない廊下で。
なぎは嬉しそうに笑った。
「そろそろかな」
その手には、もう一つ。
別の鍵が握られていた。
「君が逃げたくなることくらい、最初から分かってるよ」
なぎは鍵をしまう。
「だから――」
静かな廊下に、声だけが響く。
「逃げようとした君が、どこまで行けるのか」
「ちゃんと見てあげる」
その頃。
何も知らないみすずは、ベッドの中で明日の計画を何度も繰り返していた。
鍵を奪う。
扉を開ける。
玄関へ。
外へ。
そして――
「……絶対、帰る」
みすずは小さく拳を握った。
まだ知らない。
自分が「逃げる」と決めた瞬間から。
その逃走劇さえも。
なぎにとっては、待ち望んでいたものだったことを。
コメント
1件
第5話、読みました。みすずが「逃げる」決意を固めて、具体的な計画を練り始めたところに胸が熱くなりました。ペン一本で隙を作ろうとする健気な発想に、思わず応援したくなります。でも、その決意の裏でなぎが全部見透かしていて、しかも嬉しそうに「待ってた」と言うラスト……。あのゾクッとするような不気味な余裕、めちゃくちゃ印象的でした。みすずの希望が、誰かの掌の上で踊らされているかもしれないという緊張感が心地よい。次が気になります。