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まさかの人物にノアが狼狽える間もなく、御者の手によって馬車の扉が開かれる。
ロキはよいしょと声を出しながら立ち上がると、さっさと降りてしまう。そうして入れ替わるように、アシェルが断りもなく馬車の中に入り込み、向かいの席に座る。
──キィ……パタン。
断りもなく扉が閉められ、ノアは強制的にアシェルと二人っきりになってしまった。
「……どうしてですか」
ポツリと呟いた瞬間、ノアを見つめるアシェルが苦しげに顔を歪めた。
怒るでもなく、困るでもなく、その表情は何かを悔いているように見える。
「殿下、あの」
「すまなかった」
おずおずとノアが切り出した途端、アシェルが強い口調で遮った。
(は?)
「は?」
うっかり思ったままを口にしてしまったノアは、こてんと首を傾げた。アシェルがなぜ謝るのかわからなかった。
(殿下は、何一つ悪いことなどしていないのに。一体、何に対して罪悪感を覚えているの??)
そんな気持ちは言葉にせずとも伝わったのだろう。向かいに座るアシェルは、急に立ち上がったかと思えば床に膝を付き、深く頭を下げた。
「ちゃんと言うべきだったんだ。君に呪いを跳ね返す力があることを。そしてきちんと助力を願わなくてはならなかった。私はノアに汚い部分を見せたくなかった。だから騙すような真似をしてしまった。……そのせいで君に愛想をつかされるなら、私は怖がらずに醜い自分をさらけ出すべきだったんだ」
血を吐くように言葉を紡ぐアシェルには悪いが、ノアはポカンとしている。
アシェルが謝っているのは、おそらく夜会での一件だろう。でもノアは利用されたなんて思っていないし、自分にそんな力があったなんて驚きだ。
とはいえアシェルからしたら、挨拶一つしないで城を去った自分は、逃亡かましたとしか思えないだろう。実際、逃亡したのだから。
でも、アシェルを嫌いになったからじゃない。逆だ、逆。彼のことが好きだから。大好きな人に自由に生きて欲しかったからだ。
だからノアは、この誤解だけは解消しようと慌てて口を開く。
「私、殿下のことが嫌いになったわけじゃないんです!私が城を去ったのは、精霊王が人の話を聞いてくれないからなんです!」
「は?」
勢いにまかせてそう言えば、アシェルは間抜けな声を出した。
「……ノアは精霊王と会ったのかい?」
「いいえ」
ゆるゆると首を横に振ったノアは、スカートの裾をぎゅっと握って俯く。
「じゃあ、何で精霊王の名前が出てくるんだい?」
「……」
「何があったんだい?教えてくれないか?」
「……」
アシェルはきっと夢の話だって、耳を傾けてくれるだろう。
でも、全てを語ることはできない。もし何もかも知ったアシェルに引き留められたら、その手を振り払うことはきっとできないから。
「話してくれないのかい?ノア」
「……」
なおも無言を貫くノアに、アシェルはとうとう半立ちになると、ノアの座席の背もたれに手をついた。
「話してくれないなら、力づくで話してもらうよ」
「っ……っ!?」
ぐいっと身体を押し付けられたノアは、咄嗟に顔を背けようとする。でもその前に、顎を掴まれてしまった。
「手荒なことはしたくないけれど、話してくれないノアが悪いんだからね」
とんでもないなすりつけだ。
けれどアシェルの瞳はギラギラしていて、これ以上、拒絶することができない。
普段の彼からは想像もできないその姿に本気を感じて、ノアはぺろった。
自分でも呆れるほど、あっさりと夢の中での出来事を全部ぺろった。
「そっか。そんな夢を見たんだね」
全てを語り終えた後、いつもの表情に戻ったアシェルはしみじみと呟いたが、次にとんでもないことを言った。
「あ、そうそう。言い忘れていたけれどね、ノアが気を失っている間に私は王位継承の儀を行ったんだけど、その時にね精霊王に会ったんだ」
言い終えた後、にこっと笑ったアシェルに、ノアはぎょっとした。
「殿下っ、大丈夫でしたか!?なんか嫌なこと言われませんでしたか!?殴られたり、蹴られたり、痛い思いはしませんでしたか!?あと、無事に王位継承できておめでとうございます!」
精霊王は、娘が泣いているのに無視をかます非情な男だ。憎い相手の子孫と会った日には、それはもう酷い目にあわすに違いない。
そう決めつけているノアは、心配のあまりアシェルの身体をペタペタと触る。
「大丈夫、怪我なんてしてない。ただ世間話をしただけだよ」
「……そんなはず」
あるわけない、と最後まで言えなかった。アシェルの親指の腹で、唇を押さえられたから。
「ノアこそ、ここどうしたの?切れているじゃないか。何があったんだ」
怖い顔をして尋ねられたって、答えることなんてできない。
だって口を開いたら、アシェルの指が口の中に入ってしまうかもしないから。
「これもだんまり?ならまた」
さっきみたいにギラリと眼光を鋭くしたアシェルから視線を外して、ノアは彼の手を自分の口から強制的に剥ぎ取った。
「……自分でうっかり嚙んだだけです。殿下、精霊王と何のお話をしたんですか?誤魔化さずに言ってください」
アシェルの手を握ったまま問いかければ、その手の持ち主はにこやかに笑う。
「だから世間話をしただけだよ」
「……一生精霊姫の生まれ変わりに尽くすことが世間話なんですか?」
「ああ、それは私が望んでいることだから、話題にも出なかったよ」
「なっ」
「あと今頃、精霊王とニヒ殿は和解してると思うよ。だって世間話の主な内容は”人間界における娘に嫌われる父親ランキング”だったからね。あ、親子間で和解ってのも変か。うーん。仲直りって言った方が良いかな?それとも関係修復?ちょっと言い方が硬いか。っというか、そもそも喧嘩をしていたわけじゃないから、他の言い方にするべきかな?」
「……」
真剣に和解の別名に悩むアシェルに、ノアは「そうじゃない!そういうことじゃない!!」と叫びたい。
でも、わかってしまった。アシェルがわざと話題を逸らしたのは、これ以上語る気がないからだ。
なら、もういい。一番聞きたいことを喋ってくれないならこっちも、好き勝手にさせてもらう。
「私は殿下に尽くされるのは嫌です。殿下には幸せになって欲しいんです。私なんかに縛られちゃ駄目です」
「どうして?」
「だ、だって王様になるんですよね?ならそれに相応しい人じゃないと」
「だからノアがいいんだ」
「いや、でも……っ……は?……はぁ!?」
なんだか愛の告白を受けている錯覚を覚えて、ノアは真っ赤になって、素っ頓狂な声をあげる。
「目が赤いね。泣いたの?」
顔を赤くしたノアの頬に、アシェルが手を置いた。痛ましそうに眉を下げるが、次に放たれた言葉は慰めるものじゃなかった。
「自惚れていいなら、それは私と離れるのが辛かったから?口の端が切れているのは、何かを我慢するために嚙んだから?」
嫌な質問だ。
的確なことばかり言ってくるアシェルに、ノアは誰が答えてやるもんかと意地を張って唇を噛もうとした。
でもできなかった。
なぜなら、アシェルがそれを阻止したから。あろうことか彼は、己の唇をノアの唇に押し当てたのだ。